147 タブチさんが泣きました
ガンさんの船でマルシュ大陸へ!東海王者プレゼンツの追い風を受けてエンジンがついているかのようにぶっ飛ばす!
「姉さん……ヘビ姉さんは?」
ミユは今回ガンさんに姿を見せなかった。ミユの判断だ。私はノータッチ。
「ミユはいつも、ガンさんを見守ってるよ」
ガンさんは真剣な顔で頷いた。大陸の北に下ろしてもらって、手を振ってまたねと別れた。
移動にあたってサカキさんにもルーの背中に乗る?と聞いたら顔を真っ青にして断られた。
「と、とんでもないっ!」
『セレ、使役者の命令くらいでしか普通聖獣は人間を背になど乗せないぞ!オレ達は騎獣ではない』
「そーなの?何でルーは乗せてくれるの?」
『……昔っからセレはちっこくてノロくて見失うからだ』
いやーん!すまーん!
「あれ、でも女神の庭でマガン様の背中に飛び乗って、いっぱいモフモフスリスリしたけど怒られなかったよ?」
『ぐはっ!』
「ルー様っ!!!」
ルーは白目を剥いて卒倒し、小一時間目を覚まさなかった……。や、やばかったの?
サカキさんは優秀なスパイスキルでどこからか馬を手に入れてきた。待ち合わせの宿場町を決めて、マルシュに向けて発進。もちろん私とルーが先に到着し、部屋を借りて、お風呂をお先したころにグッタリとサカキさん到着。そんな旅を一週間続けて……マルシュの首都トウクンに到着した。
◇◇◇
「ヤマダくーん!」
「フィオ!」
トウクンの街外れの宿でサカキさんがあらかじめ連絡をつけてくれていたヤマダくんに会う。
ヤマダくんは少し背が伸びて……少しやつれていた。私は手作りの苦ーい滋養強壮ドリンクを問答無用で握らせる。
「さあさあグイッと!」
「うわ、まっず……ははっ、でもフィオの手作りだと思えば、嬉しいよ」
ヤマダくんは涙目。よしよし感動してるのね。
「ヤマダ、先に連絡していた通り、フィオはトランドルの主としてマルシュとの友好条約を締結しに来た。正直なところガレの属国であるマルシュにガレの次期皇妃であるフィオがそんな手間をかけんでもいいのだが、そこはフィオの気配りだ。イベントとして派手に調印したい。タブチ首相と渡りをつけてほしい」
タブチさんは今、ガレの同盟国という名の属国マルシュの首相という立ち位置だ。私が人柄に太鼓判を押したことと、他にどう考えても適任者がいないのでギレンも納得している。
新生マルシュはタブチさんを筆頭としてマルシュの各方面の代表者が集まり、合議制で政を行なっている。そこで決定されたことに、よほどのことがない限り、ギレンは口を挟まない。
でも、目に余る決議をした場合、ギレンは乗り込んでくるだろう。ギレン……ガレはそれだけのお金を出しているのだから。
マルシュにとってそれは絶対に避けたい展開。マルシュのメンツが潰されるのだから。
ということで、ギレン皇帝陛下はマルシュの重しの役割を果たしている。
「はあ……実はタブチ様、自宅で軟禁中なんです」
「え……レーガン島で噂は聞いたけど、まさかトモエ姫達によって?」
「トモエ姫がいらっしゃるかどうかはわかりませんが、ガレの傘下に下ったことへの不満を持つグループによってですね」
「でもそれって一部でしょ?タブチさんは人望があるもの。どうして助けないの?」
「それが、ご本人が当面このまま様子を見ると仰られて……」
きな臭い。
『見てくるか?』
「そうね。ヤマダくん、政務に現れないタブチさんの安否確認っていう依頼、ギルドに出しといて。報酬は100ゴールドでいいや。カッコだけだから。ランクはA以上。ヨーコさんに私が受けるって伝えて」
ギルドを通すことで私が好き勝手してるという疑いを持たれなくなる。復興中のマルシュのギルドの実績にもなる。
「100では流石にギルドにお金が落ちません。200でお願いできませんか?」
ヤマダくんも言うようになった。私がお財布を出そうとしたらサカキさんに止められた。ガレの内政調査として経費で落ちるそうだ。
暗くなってヤマダくんに教えてもらってやってきたのはトウクンの繁華街から随分と離れた小さな平家。
音もなくサカキさんが動き、家の周囲の見張り三人のクビの付け根を手刀で叩き、眠らせる。
気配の変化に気づいたのか、ドアが中からカチャリと開いた。タブチさんが眠そうに目をこすっている。
「こんな夜更けにごめんなさい」
「おやおや、セレフィオーネ様に西の御方、そしてサカキ。これはこれは……」
中に入れてもらった。
室内は10畳ほどのワンルームで木製のテーブルセットとベッドがちんまり置いてあるだけだった。私の騎士学校寮の部屋とたいして変わらない。
タブチさんがモタモタと不慣れな様子でお茶の準備を始めたから私は急いで取ってかわる。絶対自分で入れた方が美味しい。
「いやー、こうして雲の上のお人になられたと思っていたセレフィオーネ様のお茶を再びいただけるとは……ジュドールの騒乱、心配いたしましたよ?」
この人はどこまで知っているのかな。
「そっちはすっかり片付いたの。それよりタブチさんのほうこそどういうことよ?」
タブチさんが美味しそうにマルシュの緑茶を飲む。
「いえいえ、もう私のやり方は古いらしくてお呼びでないらしいのですよ。年寄りは年寄りらしく町の片隅で余生を過ごせと言われましてね。そんなもんかと」
タブチさんは湯呑みを両手で包み、茶柱をジッと眺める。
「私もいい加減疲れました。もうこれ以上嫌われるのもウンザリだ」
確かにずーっとお疲れ様だけど、突然政務を引くって納得できない。だってタブチさんだよ?過労死寸前なのに、気合だけで混乱のマルシュの政務を引き受けてきた……。
私はルーをちらりと見て、了解を取る。
「ルーが本音を話せって。引き下がったきっかけは何なんだって?」
ルーが水色の瞳でタブチさんをジッと見つめる。
聖獣が見えるタブチさんが聖獣に逆らえる訳がない。汚い手を使ってゴメンね。
タブチさんがブルリと震えた。何度も瞬きをしてルーから視線を外し、左右に頭を振ったあと両手で顔を覆った。ふーっと細く息を吐いた。
「……私には娘と孫がおりまして、革命の折、政争の具にされぬように密かに他国に逃がしました。その子たちが、まあ有り体に言えば人質になっております」
……すっかり忘れてた。タブチさんの娘さんは確か……前王の側妃で第四王子を産んで、その子を王座に担ごうとしている……ていうのが当時のトモエ姫の言い分だった。
「娘の輿入れも王家を裏切らないように人質のようなものでした。娘にもツライ思いをさせました。これまで国のためを思い、私情を捨て、娘を犠牲にしてきました。しかし、もう……」
タブチさんの肩が小刻みに震える。
タブチさん、気持ちが切れたんだ。むしろここまで切れなかったことが不思議なくらいだ。
大人だって、どんなに才能がある人であっても背負える荷など限られている。娘さんたちが捕まっていること、その原因が自分であることも辛いけれど、こうもこれまで身を削ってきたことが報われないと……
「キリカ様とカナイ王子は今どちらに?」
サカキさんが静かに尋ねる。
「デンブレに匿い、そこで見つかり、そのまま軟禁されているようだ」
サカキさんのカエルがピョンと跳ねた。
「サカキ!止めろ!迂闊なことをして、あの子達の身に何かあったら!」
「陛下は迂闊なことなどしない」
「人間、窮地に立たされると想像もつかないことをしでかすものだ!!!そもそも娘達のこと、口に出せば殺すと言われているというのに……」
どうしようか……。
私はおばあさまを真似た、大人の顔つきを意識して、低い声を出す。
「タブチ首相、今すぐ首相の権限を持ってトランドルとの同盟を結びなさい」
「……は?」
「軟禁されていようがいまいが現時点であなたが首相であることには変わりない。さあ、サカキさん調印の準備して?」
「お、お待ちください!」
「待たないわ。タブチさん。契約者セレフィオーネの命令です」
私が強気で言い切ると、タブチさんは目を大きく見開いた。
トウクンの街はずれで、ひっそりと調印式は行われた。
「さて、私はマルシュの三倍の軍事力を誇る同盟国トランドルの主。タブチさんは私の命令を聞かざるを得ない状況です」
「……はい」
「その同盟国トランドルの主セレフィオーネに逆らえないタブチさんは無理矢理現状を吐かされました」
「……はい」
「そして無理矢理、家族の居場所を聞き出されました」
「はい」
「で、烈火のごとく怒っているトランドルの主を止めることなど、国力の落ちているマルシュには不可能だったのです。以上!了解?」
「了解……です」
窓の外がキラリと光った。サカキさんが動く。
「何?」
「宰相閣下の〈コガネムシ〉です」
『リグイドの伝達魔法はコガネムシか……開き直ってるな』
「何だって?」
「デンブレにおいてキリカ様とカナイ元王子の身柄を確保、お二人とも無事とのことです」
お仕事早いわー!
立ち上がって調印していた私たち、タブチさんが膝から崩れ落ちる。
「は……はは……」
「あちらさんの本拠地もデンブレ?」
「いえ、国内ですね……まさか、姫自ら動く気ですか?」
「あったり前!あっちはね、王族っていう権威だけが正当性の拠り所なわけでしょ?もっと大きな権威を直接見せつけるほかないじゃん。行くよ!サカキさん!人質取り返されたこと、気づかれる前に叩いたほうがいい!アジトどこ?」
「はあ……トウクンの東、イワマ領です」
「セレフィオーネ様!!!」
「タブチさんは一回休みよ。これも命令」
「……かしこ……まりました」
タブチさんは震えながら、声を絞り出した。
私が早速出向こうとすると、サカキさんに止められた。
「フィオ、悪い、ちょっと地味な服に着替えたい。ルー様と外で待っててくれるか?」
確かにサカキさんの服、白っぽい。
「りょうかーい」
私はルーとともに外に出て、イワマへのルートを確認した。
◇◇◇
サカキはタブチを抱きかかえ、ベッドに腰掛けさせた。
「宰相閣下、何故、何故こんなになるまで無理をした?」
「…………私の窮状など……誰も……問題になど……国の……存続に……比べれば……」
「……うちの皇帝陛下は三年前、窮地に陥り死にかけたセレフィオーネ姫の元にかけつけられなかったこと、その後も心細い思いをさせたことを激しく後悔されている」
「………?」
「セレフィオーネ姫の心細いマルシュでの生活を支えたあなたに、深く感謝している」
「…………」
「セレフィオーネ姫は……ギレン陛下の全て。姫の恩人の窮状を助けないなんて選択、陛下にはありえない。必ず助けるさ」
「…………」
「閣下は一人じゃない!今も、気配を消して、閣下を心配してひそんでるやつが二人もいる!セレフィオーネ姫も閣下が大事だからこそ直々に動く!閣下はまだまだ必要だ!一人で背負い込むな!みんなで……明るいマルシュを、これからも、作りましょう?」
「サカキ……う、うう、う…………」
次回の更新は週末予定です




