144 ダンスパーティーに行きました
ドレスの採寸から私は発熱し、2日寝込んだ。パパンが慌ててやってきて私に治癒魔法をかける。血縁のパパンの魔法が一番私には効く。パパンは結局まだジュドールの財務大臣を続けてる。国民を見捨てるなんてできないのだ。ギルさん国王もアルマパパ宰相も実績しかないパパンのやり方に全く口を挟まないらしい。
「セレフィー、卒業パーティーに出るならもう少し回復しないとね」
パパンが眉毛をハの字にして心配している。
「お父様、パーティーどころか私、この部屋から一歩も出たくないです」
もう恥ずかしくて死ねると布団に顔を埋めると、パパンがポンポンと頭を叩く。
「気持ちはわかるけれど……セレフィーが幼い頃から努力に努力を重ねて掴み取った騎士学校、私は卒業してほしいな。リルフィオーネもおばあさまも卒業生なのだから」
そうだ……騎士学校こそが私の憧れであり、生き抜くための唯一の切り札だったのだ。
「お父様、卒業式、来てくれる?」
「もちろん!」
私のお父様はますますイケメンだ。
◇◇◇
トランドルの黒い馬車で学校の裏口に着く。家令のオークスに手を添えられてゆっくり降りる。
懐かしい……
迎えに来てくれたアルマちゃんがニコニコ笑って世間話しながら先を歩く。着いた先は西寮の三階、私の部屋。
「おかえり、セレフィー!」
開けてくれた扉の向こうは、私があの日あの朝登校したままだった。真っ白な絨毯の上には読みかけの本がぽとんと置いてあり、壁には手入れ途中のナイフが掛けてある。ベッドの上には私の水色の、既に小さくなったパジャマがちょこんと畳んであって、机の上にはお兄様への書きかけの手紙……。
「……アルマちゃん、掃除してくれてたの?」
っていうか、どうして撤去されてないの?
「セレフィーのこの部屋が……ここがなくなったら私……女子一人になっちゃうじゃない……」
ああ……こんなだだっ広い寮の女子フロアに……一人にしてしまって、本当にごめん。ごめんなさい……
「たっ、ただいまっ!!今日はっ、ダンパ終わったら、女子会しようねっ!」
女子会で始まった私とアルマちゃんの学校生活、女子会で締めよう。
「へへっ、美味しいケーキあるの?」
「うんっ!グスっ……マツキがたくさん持たせてくれたの!」
「やった!」
『やった!』
◇◇◇
私たちはお互い手伝って身支度を整えた。
アルマちゃんは背の高さを生かし、スッキリとした深いグリーンのドレス。そして私も白黒モノトーンのAラインドレス。私たちはもう17才、スカートはもう少女のように膨らませていない。ただ生地はたっぷり使っているから踊るのに支障なし。
髪は二人ともそこまで長くないので結える高さでまとめ、仕上げにおばあさまの髪飾りをお互いに、手を震わせながら、差し込んだ。
時間になって寮を出る。アルマちゃんが怪我人の私に合わせてゆっくりと歩いてくれる。
寮の玄関でニックがポケットに手を入れて、待ち構えていた。
「ニック……カッコいい!!!」
誰が言ったか、制服ってかっこよさ二割増しだ。
ニックは背は伸びて、しなやかに筋肉がつき、いい男になった。嬉しいぞ親友!!!
「セレフィー、アルマ……マジか……」
ニックは斜め上を見て、片手で口元を覆う。そんなニックの腕を背伸びして下ろし、ガッツリ腕を組む。反対の腕はアルマちゃん!
「うしし、両手に花だね!ニック!」
「ヤバイ!オレ、明日消されてるかも⁉︎」
三人で懐かしい中庭を思い出話をしながら突っ切る。
「ニック、軍に入らないの?」
「うん。メインは冒険者として上を目指す。で、あちこち旅して親方とトム兄さんの販路を広げたい。学校への恩は、生徒の演習の手伝いをすることで返すことにした。ギルドに指名依頼って形で出してくれるって」
「ふーん、将来ガレにも来てよ?親方の器、ガレでも売れる。てか私があっちでも使いたい」
「行きたいけどその前にゴールド取んなきゃ国境越えがなー」
確かに。
「アルマちゃんは?」
「私も腐った軍なら入らず、冒険者のつもりだったけど、父上が国政に入っちゃったから……一応入隊する。僅かでもお手伝いできるように」
アルマちゃんの目標はおばあさまのような参謀だったもんな……。
「じゃーん!」
アルマちゃんがドレスの共布で出来たバッグから、ニックの金のガラス玉を取り出して、夕陽にかざした。ならば私も!
「じゃじゃじゃーん!」
普段、ナイフを仕込んでいる手首から、銀のガラス玉を取り出し、アルマちゃんのものとピッタリ引っ付けた。
「アルマ、セレフィー……」
オレンジ色の太陽の光がガラスの中で砂金と砂銀をますます煌めかせる。
「キレイね!」
「うん素敵!この瞬間、絶対忘れない!」
「へへっ……俺、天才だろ?」
三人でわいわいおしゃべりしながら到着した講堂の玄関には大勢の人々が集まっていた。
下級生に先生方、卒業生まで……
「セレフィー、いい見世物だな」
ニックがニヤッと笑う。ムカつくからヒールで思いっきり踏む。
「うぎゃっ!」
「バカニック……」
アルマちゃんがため息をついた。
「セレフィオーネ!」
「コダック先生!!!」
コダック先生が大股で歩み寄ってきた。いつものくたびれた格好ではなくてグレーのスーツ。赤い髪は後ろに撫で付けている。怖えよマフィアかよ?
「お、だいぶ顔色いいな。で、本当にオレでいいのか?」
「もちろん!」
私は今日のエスコートを先生に頼んだのだ。
「ヘーカにちゃんと言ってるのか?」
「……言わなきゃバレんし」
しばらく、ガレの話はしないでくれ!恥ずかしいから……
コダック先生がフッと凶悪な顔を綻ばせた。
「お手をどうぞ、我らの姫」
私はニックから離れてコダック先生の手に手をのせた。
「せ、セレフィオーネ嬢!」
振り向くと、学校長が震えながら立っている。コダック先生を見上げると、静かに首を横に振る。
学校長は私が消えたとき、きちんとした対応を取れなかった。グランゼウスとトランドルは未だ学校を許していないスタンス。私個人としては生き延びただけでもうどうでもいいんだけど、立場上、簡単に許しちゃダメだろう。頼りになる大人たちの一貫性のある処理の途中。
情けない顔をした教師陣にごめんねと心で謝り、私は小さい会釈を一回するだけに留めた。
二組のカップルで講堂に入った。
講堂はいつもの無骨な雰囲気から、きらびやかに輝く空間に変わり、早くも数組の男女がクルクルと踊っていた。前回のダンスパーティーを思い出す。あの時はエリスさん、ササラさんがすごく大人に見えた。今の自分と同い年だと思うと不思議。
「セレフィオーネ嬢、踊っていただけますか?」
「はい!喜んで!」
居酒屋みたいな返事をして、コダック先生とダンスの輪に加わる。先生は私の体から上手いこと重心を引き取って、優しく楽しく回してくれる。
「先生、あの日、みんなを安全な場所に誘導したあと、再び戻って駆けつけてくれたって聞いた。心配かけてごめんね」
「おう、お嬢が出世したら、酒を奢ってくれればいい」
コダック先生はいつも豪快で、優しい。早く成人して先生と酒盛りしたい!
「先生は私が卒業したらどうするの?」
「実はこの春、女子生徒が四人入学するんだ。お嬢や聖女に憧れた子供たちが、必死に鍛えて入試に臨む年頃になったんだ」
「四人も!すごいね!」
「で、お嬢とアルマを卒業させたオレに、もう一度担任しろってエルザ様の命令だ。騎士学校に怒りはあれど、やる気のある女子を伸ばしてやるのは別問題だそうだ」
「ふふふ、私コダックさん、先生天職だと思います」
「ええ?そんなことないだろ!教職してると滅多なとこで飲めないのがツライんだよなあ」
私のたった一人の先生。座学も実技も共同生活の常識もギルドのマナーも全てコダック先生が教えてくれた。文字通り、教え子を体を張って守ってくれた、全ての人生の中でダントツで最高の師。
「卒業おめでとう、セレフィオーネ」
「私が先生と呼ぶのは、一生コダック先生だけです」
先生が私の頭をクシャっと撫でた。
アルマちゃんとパートナーチェンジして、ニックと踊る。ニックのダンスは技巧などなく、ただ右左と揺れてツーステップするだけ。それが楽しい。
「ニック、アルマたん泣かせんなよ!」
「こっちのセリフだ。セレフィーこそアルマを泣かせるようなこと二度とすんな!」
痛い。まっすぐ突き刺さった。ニックに言い負かされた。
「ニック、伝達魔法覚えた?」
「うん、ララさんに教えてもらった。待ってて……よいしょっ!ほら!」
ニックの伝達魔法はオレンジの小鳥だった。
「かわいー!ギルドに顔出す時はこの子で教えてね。私も時間合わせて行くから」
「オーケー!セレフィーの水色の蝶、いつでも待ってる!」
「私にも連絡くださいますか?」
「「エベレスト!!!」」
真面目な学級委員長エベレスト氏。私に話しかけるなんて珍しい。




