143 アルマたんがお見舞いに来ました
刺し傷の痛みも随分マシになり、魔力も体力もまずまず回復した春先、トランドル邸にアルマたんがやってきた。私はまだベッドにいるのでニックは遠慮したとのこと。連れてきたマルはココアの脚にへばりつき、シューはルーにキュンキュンすり寄って甘えている。
「卒業式?」
「うん。体調万全ではないと思うけど、私ずっとそばにいるから一緒に出よう?」
騎士学校の卒業式のお誘いだった。
「えーっと、トランドル領主として来賓?」
「バカ、卒業生だよ!」
「え……」
だって私は二年生の夏までしか学んでいない。閣下とのドタバタで退学処分に出来ず、ただ籍が残っているだけ。
「私には、資格がないって」
私なんかが卒業したら、真面目に四年間頑張ったみんなに申し訳ない。
「まあその気持ちもわからんではないけどさ。でも資格はあるから。事務に確認したらセレフィーってば一年次で340単位取ってるって。卒業のハードルは120単位なのに。そして免許皆伝は片手剣、短剣、槍、毒で4つ!あ、弓は残念だったね。そんなセレフィーが中退とかとんでもないよ?」
「出席日数が足りないでしょ?」
「うーん……実はそう。でも私たち同級生はみんなセレフィーと一緒に卒業したい。セレフィーがいなかった二年半、みんな私たちはセレフィーと同期だ!セレフィーと仲間だ、同期だからいつか力になって笑うんだって気持ちで過ごしてきたの」
「アルマちゃん以外も?」
正直私はアルマちゃんやニック、そして姉さんたちとばかり一緒にいて、あまりクラスメイトの顔を覚えていない。実技でペアを組んだ男子の顔が数名脳裏に浮かぶだけ。
「あったり前!これ見て!」
アルマちゃんはゴソゴソと綺麗に折りたたまれた厚手の紙をバッグから取り出して、私に手渡した。私は黙って開く!
「な……っこれ、唐傘血判状じゃん!!!」
江戸か⁉︎
『……血判ではないぞ?……おい、セレと一緒に卒業出来なきゃ全員で退学するだと。穏やかじゃないなあ。まあでも……あの男子会を考えるに当然の流れといえば当然か……』
「何やっちゃってくれてんのーー!!!」
「これを校長に出したらまー慌てる慌てる。軍事力が大幅にダウンしてるのに金の卵である私たちが入隊しないとなると、各方面大打撃だからねえ。で、次、これ」
アルマちゃんの差し出した封筒には、ジュドール王国の紋章の透し入り……
恐る恐る開けてみると、宰相閣下からの卒業式への参加のお願いだった。
新王の即位に伴い、宰相も変わった。アルマちゃんのお父様だ。アルマパパは侯爵家の出、家柄で文句を言えるものはいない。
「アルマちゃん、身内使うってどうよ?」
「使えるものは何でも使うよ?さあ、もう出席しかないよね?」
アルマたんが……したたかになっていた。
私の退路を塞いでくれた。
『良い友を持ったな』
ありがとう、アルマちゃん。
「よーし!じゃあ、ダンパに向けて体力つけてね!はいこれ、朝どりのモリモリ草!この二年、一人で踊らされて大変だったんだからー!」
え?ダンパから出るの?
◇◇◇
翌日、男性立ち入り禁止にした応接間に、マーカス夫人一門がやってきた。
「ぜ、ぜでぴおーでざまー!エルザさまー!」
いきなりの号泣。
おばあさまがソファーに優雅に腰をかけ、閉じた扇子で指図する。
「マーカス夫人、セレフィオーネはかなり筋肉が落ちてしまってるから採寸し直してちょうだい。そして傷も多いから締め付けず、動きやすいデザインに。色は……どうするの?」
「白黒でお願いします」
前回の、思い出のダンスパーティーのように。
下着姿になり、バンザイして採寸されながらお願いする。夫人は私の肌に残る傷を見つけるたびに涙ぐむ。
「マーカス夫人、どうして私の状況知っていたの?」
「市井を舐めてはいけません。魔法学院での戦闘、強力な魔法で大方の人間は逃げ出したようですが、ジャーナリストというものはそういう状況こそ熱くなるのです」
「『へーえ』」
「一人のジャーナリストが第一王子殿下の吹雪とセレフィオーネ様の熱の砂を浴びるところまで、子細にレポートし、翌日気を失って倒れているのを記者仲間に発見されました。彼はセレフィオーネ様の死闘も途中まで見ることができたとか。その目撃した一部始終を病床で一冊の本にまとめあげ、それが今ジュドールの書籍ドキュメンタリー部門で第1位!」
早!もう出版?まあ時期を逸したら売れないのか?
「……おばあさま、知ってた?」
「そこにあるわよ?発売前に献本してきたわ」
おばあさまが扇子で観音開きの本棚を指す。
「まあ、エルザ様に許可を取るとは抜け目のないこと」
「えーっと、中身、どうなってるのですか?」
「私がジークやコダックに聞いた話と概ね合ってるわ。あのクソ女がキャンキャンわめいていたこともそっくりそのまま書かれてて、その女に転がされていた子弟とその親は街中を顔出して歩けない状況よ」
「『へーえ』」
「で、その本は二部構成になっていてね。後半、記者が倒れてからはフィクションになっているの」
「はあ」
私は促されるまま靴を脱ぎ、足も採寸される。
「シュナイダー第一王子に傷だらけにされたセレフィオーネ様の窮地にギレン陛下が現れて、セレフィオーネ様のために剣を交える。あわやというところで、セレフィオーネ様の愛のパワーがギレン陛下を包み込み、ギレン陛下が勝利し……シュナイダー王子は実はセレフィオーネ様が好きだったと言い残して散る……そして、陛下とセレフィオーネ様が情熱的ならぶらぶチュッチュなキッスを……きゃーーーー!!!」
「「「きゃーあ!!!」」」
お針子さんたちも大合唱!
「ギャーー!何だそりゃー!!!おばあさまーー!!!」
「概ね合ってるでしょ?」
「合ってねえし!シュナイダー散ってねえし!情熱的どころか死にかけてたし!」
私も外歩けんよっ!
「セレフィオーネ、物事は大局を見なければ。あの本当の結末を公に晒すわけにはいかないでしょう?ラルーザが操られセレフィーを傷つけたなど。せっかく好意的に書いてくれているのです。利用しないでどうしますか?情報操作です。トランドルの領主としてイメージ戦略に乗っかりなさい!」
「でも……」
「ギルバートの即位についても丁寧に前向きに書かれているの。危機に瀕するジュドールの政、大好きなギルバートの王としての船出を少しでも温かいものにしてあげたいでしょう?」
「は……い……」
「ふふふ、さはさりながら、エルザ様、がっぽり稼いだのでしょう?」
「当たり前でしょう。トランドル領主の肖像権は安くなくってよ!オホホホ!」
やっぱお金が動いてるーう!
『ドンマイ……』
「せ、せめて、ガレに流出しないように手を打たなきゃ!」
「あ、あの?」
お針子さんの一人が手を上げて声をかけてきた。
「私、ガレ出身でマダムの元に修行に来ているのですが、その本、ガレでは『最愛の皇妃を守るため、あらゆる苦難に立ち向かう!』とタイトルを変えて出版されてます。あとがきはリグイド宰相閣下で、『この本で皇帝陛下の誤解が解け、不器用だけれど慈悲深い人間性が伝わるように』と書かれてて、建国以来の大ベストセラーです」
「リグイドーーーー!!!」
「皇帝陛下とセレフィオーネ妃のラブラブチュッチュグッズである青のペンダントと青の指輪のレプリカもニルバ孤児院で作られて大ヒット……」
「言うなー!それ以上言うなー!」
「グッズ?困ったわね。使用料相談してくださらないと……」
「おばあさま論点違うーー!ぎゃーー!いやーあ!!!」
『『『『ドンマイ!』』』』
私の傷口がまたパカっと開いた…………。
次の更新は週末予定です。




