142 帰宅しました ( 本編 完結 )
シュナイダーとマリベルとの決戦から数日。
生き返ったときのロマンチックな流れで私はギレンの腕の中……になどいない。
私の覚醒の陰で、もう一つの荒ぶる魂が覚醒していたのだ!
「てめえらーーーー!!!大の男が雁首そろえて、セレフィオーネを死なせるところだっただとお?恥を知れーーーー!!!」
バチーーーーン!!!ズバーーン!!!ドカーーーン!!!ボコーーーン!!!
おばあさまの鉄拳が発動した……らしい。私は寝てた。ミユに聞いた。四天で女王のミユたんがブルブル震えていた。被害者はパパン、アニキ、ギレン、ジークじい。皆抵抗しなかったらしい。やっぱこの世界最強はおばあさまだったよっ!
というわけで、王都のトランドル邸で、おばあさまと優秀で誠実な看護師ココアに甲斐甲斐しく看病されています。胸の刺し傷の治りは遅く、お父様から全治三カ月の診断。ミユが摘んで来てくれた野花に囲まれた寝室で、うつらうつらしながらベッドに横たわって過ごす。窓から差し込む日の光は柔らかくなった。春も近い。
「セレフィオーネの治癒術のおかげで、私の身体の隅々までセレフィオーネの魔力が流れているのです。あれほどまでのセレフィオーネの悲痛な叫びを感じて、目を覚まさないわけないでしょう?」
私がしっかりと意識が回復したときには、既におばあさまはいつもの美しいおばあさまに戻ってて、真っ白な御髪はなんだかますますおばあさまを神秘的に、年齢不詳にみせている。私の頭をふんわり撫でて、早く良くなれと何度も何度も頭のてっぺんにキスしてくれた。もちろん寝ている私の胸元にはルー。
まどろんで、起きると必ずルーがいる。私は手を伸ばしぎゅっと抱きしめて、その度告げる。
「ルー、ごめんね」
『いいよ、セレ』
また寝る。
ごめんね、は、勝手に我慢できず飛び出し、勝手に命を張り、勝手に『時戻し』に同意し、勝手にルーとさよならし……たくさんのごめんを込めている。
それを全部まとめてルーはいいよと言う。全部わかってくれてる。きっと私と一緒に消える運命を受け入れるつもりだったルー。だって立場が逆だったら私もそうしてた。
どんな私も受け入れて、引き受けてくれるルー。
「ありがとう、ルー」
『セレも、戻ってきてくれて、ありがと』
……大好き、ルー。
◇◇◇
「おばあさまがよーくお仕置きしておきましたからね。だから……ラルーザを許してあげなさい」
さすがおばあさまだ。私とアニキの落とし所を作ってくれた。
意識が戻ったと聞いてお見舞いに駆けつけてくれたお兄様は、美しい面立ちの原型がないほどボコボコに顔を腫らしてた。ワザとだね、おばあさま。お兄様が少しでも罰を受けたという気持ちになれるように。誰もが絶句し同情するレベル。
「セレフィオーネ……」
アニキはそう言うとドアのそばから一向に動こうとしないので、私はだるい身体を無理矢理起こし、兄の元に行こうとするマネをする。
「ダメだ!セレフィオーネ!まだ動いては!!!」
急いで駆け寄るアニキの体に敢えての倒れこみ!
そして離れられないように胸に顔を押し付けて抱きしめる。
「お兄様、大好きです」
お兄様におまじないをかける。お兄様の胸の痛いの痛いの、バカシュナイダーとアホマリベルに飛んでいけ!!!
「セレフィオーネ……ああ……私もセレフィオーネとルー様が大好きだ。私を救ってくれて……ありがとう」
私の頭が……しとしと濡れる。
雪の、あの兄妹の絆を掴んだ日が頭をよぎる。よかった、私たちの思いはあれから寸分も違えていない。
私の肩に飛び乗ったルーがお兄様の一番腫らした頰にワザとネコパンチする。
『ラルーザ、これでおしまいだ。これ以上くよくよするくらいならもっと建設的なことを考えろ!とりあえずエルザとセレに代わってトランドルの独立がらみの問題を片付けてこい。仕事は山積みだ』
「ルー様……」
『お前が魅了にかかったのは……オレの判断ミスでもある。オレがお前にもマリベルやセレの『前世持ち』について話せばよかったのだ。よってラルーザ、お前は無罪だ。いいな?』
聖獣の言うことに否など言えない。
「……はい」
私の通訳を聞き、お兄様は涙目で笑った。
そうは言ってもお兄様のお顔には憂いが残った。これは……しょうがないのかもしれない。優しいアニキが私に死に至る怪我を負わせたこと、スッパリ気持ちを切り替えるなんて無理だ。時間しか解決しない。そして早く私が前より元気になって、気にする必要がないってわからせるしかない!
「お兄様、書類仕事よろしくねー!ギルさんや各国に妥協しちゃダメよー!あとギルドもよろしくー!ギルさんと私が抜けたS級の穴、埋めてきてー!」
「はいはーい、頑張るよ〜」
お兄様はとうとう頰の火傷の傷を治させてくれなかった。
私は体調を崩したことで、あっさりおばあさまに領主を返上しようと思ったんだけど、そんな簡単なものではないらしい。がっくり。
「セレフィーちゃんに領主返上させたら、次いつなってくれる気になるかわからないもの。だからおばあさまはあくまで先代として業務を代行するわ。それにしても、独立!でかしたわ!セレフィオーネ!あースッキリした。これで無能な輩との付き合いもおさらばねー!ラルーザ、ほら!手が止まっていてよ?あら?独立したのに領主っていうのも変だわねえ。まあトランドルは未来永劫トランドルでしかないけれど」
喜んでいただき何よりです。
◇◇◇
体を起こせるようになってから、ようやくルーが集合をかけた。あの日の情報をすり合わせるために。私も体調が万全ではないという理由で、私が倒れた後の詳しい話を未だ聞いていない。
出席者は私とルーとミユとアスとギレン。私が知った神々のこと、むやみに話せるわけがない。聖獣と〈使役〉者ギレンだけ。
「ごめんね、呼び出しちゃって」
ベッドの上から、マーカス商会の水色の前ボタンパジャマ姿のままで詫びる。モフモフ三柱もベッドの上。ギレンは私の横に椅子を寄せて座った。
『セレちゃまセレちゃま!』
ミユはますます強くなろうと闘志を燃やし、レーガン島のレンザくんのところとトランドルのパパの元を行ったり来たり。でも一緒にいる時は私の腰に巻きついて離れない。契約者である私が死にかけたこと、余程の恐怖だったようだ。ごめんね……。美しい蒼い鱗を撫でる。
『仕方あるまい。神殺しのオリハルコン製の剣で突かれては……完治にはもうしばらくかかるだろう。まあそれでもだいぶ元気になったようだな。それにしてもセレ!美しい髪だ!』
「アス……恐れ多いよ……」
私はあの時、アスの傷口から直に血を含まされた。首を落としてそこからの血を飲むと不死身になるというおっそろしい血を!そんなの飲ませんなよ……妖怪になっちゃうよ……
その結果アスとの絆をめっちゃ感じる。もうオカンにしか思えない。私の細胞にアスが入り込んでる感じ。そして外見まで変化!私の黒髪やまつげが紅く煌めくようになってしまった。メッシュじゃなかっただけマシだけど……地味に恥ずかしい。
「ルーはともかくオレの魔力よりもアスの影響が濃いとは……」
ギレンが私の髪を一房取って、まじまじと検分する。
「なんつーか、ごめんね」
ギレンがアスと一心同体?なのに私がアスの魔力取り込みすぎちゃって。
「……そっちじゃない」
ギレンが人差し指で私の髪をくるくると巻く。紅い光が舞う。
『セレ、なんかムカつく!許す!マルシュのころのように切ってしまえ!』
はあ……めんどくさい。
『時戻し……か』
月の女神様からお聞きした話をすると、皆押し黙った。
『あの女、セレちゃまの前世の世界の神様の加護持ちだったから、あの理不尽な強さだったんだね。オートなんちゃら、だっけ?』
『あの懐かしき夜、ギレンがセレと生きたいと願ったゆえに、セレは消失せず、息を吹き返し、我らも巻き戻らず、愛しき時間を忘れずに済んだということだな』
『……何が作用するか、わからないものだ。女神のお考えに異を唱えることなどできんが……うむ、ギレンでかした!』
ルーがパシパシとギレンの肩を叩く。
ルーに褒められたギレンは片眉を上げた。今日のギレンは濃紺のシャツに黒パンツというお忍びスタイルだ。足を組み、ココアの入れてくれた紅茶を飲む。
『アス様、ルー様、あの、なぜキラマ様とマガン様は月の女神といらしたのでしょう』
『オレも知らなかった。死は死だとばかり。器の死か……』
「キラマ様もマガン様もこちらのこと、全てご存知みたいだったよ」
『死してもなお、我らは働かされるようだ』
アスが苦笑した。
「ねえ、もうそろそろ教えて、マリベルはどうしているの」
ミユが突然かしこまる。
『あの時、あの女を主のご命令通り私が責任持って酸欠で落としました。息はありますが、あれだけ自分の呪いにまみれた身体、私が手を下すまでもなく動けないはずですが、思念で操られても困るので、昏倒させた後、ラルーザの攻撃がアス様に移ってすぐ私しか解毒できない毒で眠らせました。で、主の一大事に私はあの女をその場に転がして主の元に駆けつけておりましたら……」
ルーが言葉を引き取る。
『セレが息を吹き返すと同時に、タールがマリベルを連れ去った』
「タール様が?どこへ」
『考えられるのは二つ。タール自らマリベルを始末したか?、女神の元に連れていったか?だ』
タール様が?
『どれだけ異世界の神に愛されていようが今はこの世界の住人。この世界の我、ルー、ミユと四天である我ら三柱を害意を持って攻撃した。天罰は免れん。その天罰をタール自ら下すのか、女神にお伺いを立てるのか……三度目の『時戻し』が流れたことを考えると案外タイミング的に女神にあの女の確保を命令されたのやもしれん。今回で後腐れなく終わらせるために』
アスが説明してくれる。
ルーが私を覗き込む。
『オレは女神の元に行ったと思う。そしてそのままタールも禊に入るだろう。地球の神云々の事情を聞けば、ますますあの女の処遇はもう我らの手を離れた。セレ、心配ない。安心しろ』
女神が裁くのか?地球の神に送り返すのか?……。
「タール様って」
『もう、正気だ。我らに『詫びる言葉もない』と言って去った』
「そう……じゃあ今はシュナイダーとバラバラなのね」
最後に見たぼろぼろのシュナイダーの姿を思い出す。
『そういえばシュナイダーはどういう経緯で転生したのだ?』
ルーに聞かれたもののわからない。泣いて泣いて、自分のことでいっぱいいっぱいだったから。
「それは何もおっしゃらなかった。私もこちらから聞ける雰囲気じゃなくて……ごめん。でもマリベルとは別口じゃないかと思う」
『偶然のただの『前世持ち』か、また別の神によって転生されたのか……』
「シュナイダーは今どうしてるの?」
ギレンに聞く。他国とはいえ皇帝陛下に入らぬ情報はないだろう。全ての国に間者、だっけ?
「ジュドール王が軟禁している。とりあえず取り調べには淡々と応じている。一応セレを心配しているそうだ」
「へーえ」
タール様がいなければ、S級ランカーが三人いれば、彼を抑えることはできるだろう。ギルさんなら信頼できる。ジュドールでどう裁かれるのか?まあもう関係ないけれど。シュナイダー、私達に二度と手を出さないって約束、守るって信じてるからね。
「はあ……」
私は張り詰めていた息を吐くと、ギレンが心配そうに私を覗き込む。
「セレ、疲れたか?長話させてすまない。もう横になれ」
「ううん、大丈夫。必要なことだったもん。いろいろ、知りたかったし」
「……早く、移動できるくらい……トランドルから許可が降りるくらいに元気になれ。ガレの方が暖かい。宵宮で静養できるように整えている」
前世からずっと私の居場所を準備してくれるギレン。にしても……おばあさまの許可がないと私を動かせない立ち位置になっちゃったんだ……。
『そうだぞ、セレが快復しなければギレンが栄養失調で倒れるぞ?』
ホントだ。ギレンとってもお疲れだ、全部私原因の心労だ。
「ごめんねギレン」
私はギレンの目の隈にキスし、疲れを吸い取る。
ああ……こんなルーティンが再びできるなんて。
ギレンも首を傾げて私にキスし、魔力を注ぐ。
……なんでまたこんなたっぷりのコーヒー補給?もう私の身体は誰や彼やの魔力でてんやわんや……
ギレンが唇を離すと不意に眉をひそめた。右手を回し私の背を支えたまま左手で私の前髪をグッと上げ、オデコを出す。
ほんの一瞬、ピカッと周囲が……光った?
「……セレ、この額の金の筋は何だ?」
『っ!セレ!!!』
『セレちゃま!!!』
『……ギレン!セレに鏡を見せろ!』
ギレンが鏡台から手鏡を持ってきて私に渡す。私は何がなんだかわからないままオデコを見る。
額の髪の生え際の下にレモン色の細い線が真横に走ってて……どうやら髪の中まで続いてる。触れると……ピリッと痺れた。
この畏れ多い感触!絶対絶対あかんやつだ!!!
『……セレ、心当たりがあるだろう?怒らないから言ってみろ』
ルーが冷ややかーな声で問いかける。
忘れてたのよ……ホントに……今の今まで……
「め、女神が、お別れのとき、私の頭をガブッと噛んだ……そしたら金の輪っかが頭の周りでキュッとしてパチンって……」
『やはり女神の祝福かっ!』
『女神に魔力、頭頂から喰われたのか⁉︎もしや相互か?』
「な、涙なら……頭からかぶった……」
『黄金雫だとおおお!!!』
『セレちゃま〜マジヤバイよ!』
うそーん!
『……はあ、セレ、これは金箍児だ』
「キンコジ?」
まじまじとデコを見つめていた物知りオカン、アスがため息混じりで説明する。
『簡単にいうと女神に鈴を付けられたのだ。お気に入りとなったセレにマリベルなり危険が迫ると女神の庇護が働き護られる。そして……』
「そして?」
『その所業は女神に筒抜けで、悪行を働くとその輪がみるみる縮み頭を縛り、想像を絶する苦痛を……』
「ぎゃー!!!」
まんま孫悟空じゃーん!!!
『ま、まあセレちゃま悪いことしないから、女神もセレちゃま守ろうってきっと……うん、善意善意!でもドンマイ!』
『うむ……この聖紋、強烈な女神の息吹を感じることからして、気に入られたことには間違いない。くだらぬイタズラしなけりゃいいことだ。セレ、ドンマイ!』
ギレンに両手でほっぺたをムギュッと掴まれ目を合わせられる。
「い、いたい、れす」
「セレ、オレ以外の魔力をこうも易々とあちこちから受け入れるのは……もはや浮気レベルだぞ」
わーん!不可抗力ー!
◇◇◇
セレフィオーネは泣く子も黙るガレ皇帝陛下の本気の威圧に冷や汗をダラダラ流している。
ルーとアスは我関せずとばかり、マツキの新作、マルシュの抹茶入りアイスクリームを味わっている。
『ボソボソ……ルーこれを食べて少し頭を冷やせ!』
『モグモグ、我の愛し子セレをここまで苦しめたのだぞ?地球?の神だか何だかんだ知らんが許さん……このままで済むと思うなよ……』
『待て、セレが完治してからにしろ。女神にも一応お伺いを立てよ。まあセレに2,000年ぶりの聖紋を与え自らの懐に入れたくらいだ。止めんと思うが。しかし今のままでは……モグモグ』
『わかっている、モグモグ。界をまたぎ口や手を出すには力不足というのだろう?女神は今回は禊不要とおっしゃられた。この期に聖域で魔力を倍増させそして砂の質量を三倍まで引き上げて……やっぱウマイな、オレのマツキは……』
ミユはこっそり呟いた。
『鑑定っ!』
青く光る!
『うわぁー、やっぱりえらいことになってるぅ…………ふふっ!、さすが私のセレちゃま!!!』
セレフィオーネ・グランゼウス (伯爵令嬢、S級冒険者、トランドル領主、ガレ次期皇妃、ルーダリルフェナの契約者、ミユ・ゲルドの契約者、アスカリエラの血族、キラマゲルドの加護、タールナイトの加護、マガンバルの加護、全能神の愛し子)
状態: 身体衰弱、魔力欠乏、貧血
スキル: 全魔法、転生者、生還者、短剣、手裏剣、複数毒耐性、現世全ての神に愛されし者
〈転生令嬢は冒険者を志す ・本編(完)〉
ひとまず本編終了です。
たくさんの皆様にお読みいただき感無量です。
お礼と今後については活動報告にてお知らせします。とりあえず明日は後日談です。
(感想欄再開しました)




