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141 ギレンを思い、泣きました

身体がゆっくりと大気に透けていく。これから霞に変わるのだ……とボンヤリと思う。


この後に及んで脳裏に浮かぶのはギレン。一番の心残りってとこ?


しょうがないよ、『時戻し』されて記憶が消えて、ひとりぼっちに戻るのは結局のところギレンだけだもの。


私がこれからずっとギレンのそばで過ごすと知ったら、ルーは何と言うだろう。もれなく天敵アスもそばにいるから怒るかな?それとも付いてきてくれるかな?でも風になった私にはケーキを作れないわけで……私の魅力半減かも。


ギレンはその生い立ちゆえに上下関係でない人付き合いが苦手。だからすっごく傲慢な態度を取る。でも本当に傲慢だったことなどない。いつも私の意見を尊重してくれる。もっと言えば、私との距離感を計りながらおっかなビックリ接しているところがある。心配しなくても私はどんなギレンも好きなのに。そういうところがかわいいとも思う。アラサー転生の余裕だね。


私のケーキを食べたとき、ホッとした顔して、苦手なのに小さく微笑んでありがとうって言う。〈幸せ〉に臆病なギレンと私、ルーとアスを加えた私達には細切れの時間しかなかったけれど、一つ一つ大切で、かえがえのない瞬間だった。


ガレにいた時にリグイドからギレンの生い立ちを聞き出した。『野ばキミ』になかった、前世の私も知らなかったギレンの半生。

たゆたいながら思い返した。




◇◇◇





ギレンは臨月の第三側妃である母親ごと刃物で刺殺されようとしたときに生まれた。犯人は既に皇子を生んだ第二側妃の手の者。母は死に、赤子のギレンは血濡れて生き残った。


守ってくれるべき母がおらず、乳母が死なない程度に乳だけを飲ませにくる毎日。権力から外れたとみなされ無視され虐げられ続けた幼年期。


やがて魔力検査により、今史最大級の魔力持ちと判明すると、ギレンにその地位を奪われることを恐れ、父皇帝自らギレンを葬ろうと暗殺者を差し向ける。

ギレンの瞳は凍る。危険を肌で感じたゆえに独学で反撃バリアの魔法を編み出し、常に身に纏う。すると行動範囲を広げることができ、書庫に出向き、系統立てて魔法を学び、アスの存在を知る。


ガレの霊鳥アスを〈使役〉させたのはおそらく7、8歳。そのあとはアスに魔法を師事し、武術の戦闘訓練をする。アスを使役したと知った皇帝は怯え、ひとまず様子見に態度を変え、自国の魔法学校に通わせた。


友人のフリをして近づく人間が食事に毒を盛るなど日常茶飯事。裏には皇帝の座を争う兄弟がいる。学校での攻撃は子供相手に大した反撃はできないと高を括られ、エスカレートする。腕に切り傷を負った時、グルリと周囲を見渡し学校中に火の矢を降らせ、教師も生徒も這々の体で怪我をしながら逃げ出した。

そのような苛烈な対処をしても、金で買われた哀れな襲撃者がとぎれることはなかった。


そうこうしているうちにガレではこれ以上学ぶ魔法はないという理由で、ジュドールの魔法学院に留学となる。目障りゆえに一旦国を追い出されたのだ。

そこでギレンは私と出会う。同じく聖獣を引き連れた、対等な私と。

初めから愛があったとは思わない。興味本位のところもあっただろう。けれどひたむきに私を必要としてくれた。


「留学から戻られた陛下は変わっておられました。何事も無関心で、自分を襲うものを容赦なく返り討ちにしているだけでしたが……皇帝を取りにいく明確な意思をもって帰ってこられた。てっきり死なぬための攻勢に出たのだと思っておりましたら……時折、アス様と口元を綻ばせて過ごされる様子を見ておや?と思いました」

リグイドが当時を思い出し、懐かしそうに語っていた。


兄弟を蹴散らし、敵対する派閥を潰し、徐々に影響力を増していく中、弟である第5皇子に寝込みを襲われ死にかける。


「ロミオ殿下は可愛らしく、魔力はさほどでもなく、陛下はそばに侍ることを許しておいででした。しかしやはり敵だった。私はもう陛下が表情を動かす姿など見ることはないと諦めました」


そして憂いを全て排除し皇帝となる。


「我々はいよいよ恐怖政治が始まると覚悟しました。これまでの陛下への仕打ち、皆後ろ暗いところがありますゆえに。しかし陛下はそういった臣下に全くの無関心で、何よりも熱心に姫を迎える準備を始められた。皇帝になったことすら、姫をつつがなく過ごさせるための手段でしかなかったのではないか?と思うほどに」

リグイドはニヤリと笑った。


「私は正直なところ皇帝は強くさえあればいいという思想です。どの国よりも強いことこそ肝心。しかし、時折陛下と姫が睦まじくじゃれあわれているのを見て……たまにでも微笑む陛下であるほうが、民は幸せかもしれないと思うのです」


「姫の登場以来、バタバタと規律はすこぶる乱れておりますが……私はこの一年、面白くて仕方がない。姫を見守り、驚き眼を見張り困った表情を浮かべる陛下は……非常に人間らしく美しい。こんなガレも……アリだなと……ふふふ。まあ、お二人がとんでもない強さだからこそ、私も許せるのですがね」


「姫よ、どうか、御身を大切になさいませ。姫に何かあれば陛下はゆっくりと壊れましょう。姫は陛下にとってようやく手に入れた唯一無二の憧れであり宝。その喜びを知ってしまった今、それを失った時の絶望は……計り知れない」






◇◇◇






前世も今世も過酷な運命を辿ったギレン。次の世は、私が、最初から、アスが見つけるよりも早く、あなたを包んで温めてあげるから。今度は私が……愛するギレンの居場所になるの。うん、頑張ろう……。






いよいよ三柱の神がぼやけ、五感が鈍り、とうとう意識も朦朧としてきた。目を閉じて、覚悟する……。









なのに突如ガクンと身体に衝撃が走った!



身体がせっかく粒子となりパラパラ離れていくところだったのに、また集合して実体に戻っていく。どこか身近に感じられる魔力が私にどんどん流れ込む。再び身体が私の意思で自由に動かせるようになり、足が床につく。魔力の元を辿ると……天から注がれていた。



「『『『…………』』』」



わからん。

「えーと、なんなの?これ誰の魔力だっけ?」


マガン様も上を見上げている。

『わからぬのか?セレ、お前の魔力ぞ』

私の?私、ここにいるのになんで?私魔力放出してないよ?


呪い(のろい)のようだな』

呪い?呪いってマリベル⁉︎

『何を言っている?セレフィオーネ、お前の呪いだろう?』

マガン様が不思議そうに問いかける。

「わ、私呪いなんて、かけたこと、ありません!っていうかかけられません!」


キラマ様がふむ、といって眼を閉じた。ミユたんの上司だけに呪いには詳しい感じ。

『そうか……これは随分と昔、そなたが童のころ、星の流れる夜にかけた呪いのようだ』


……え?それってあの、ギレンとの待ち合わせの美しい夜の?


「おまじないのこと?」


キラマ様が眉を寄せる。

『セレフィオーネ、呪い(のろい)呪い(まじない)も元は同じだ。人を陥れるためか、人を手助けするためか、用途の違いのみ』


ホントだ……字が同じ……。

私とマリベルは『オートパイロット』を除けば同じ能力だったんだ。


『まあ、セレフィオーネは人を貶める呪いなど、思いもよらぬだろうがな』

マガン様が苦笑した。


私は、自分のかけた呪いに連れ戻されてるってこと?


『……10年も前にかけた呪い、とな……我の奥義である『時戻し』をも打ち消すとは……マリベルといいそなたといい転生者の呪いとは恐ろしいものだ』

表情などわからないけれど、女神様、呆れてるみたい……。


「め、女神様!!!」

まさか私が神の決定を覆したことになるの?私は女神様の前に慌てて跪き頭を下げる。


『……過去に既に発動され完成された呪い、もはや我にもどうにもできぬ。自分のかけた『おまじない』、黙って従うがよかろう』


女神様は肩をすくめた……気がした。そして一歩前に出て、私の頭を鼻先でつつく。頭を起こし女神を見上げると、女神が大きく口を開けガブリと私の頭を噛んだ!

「うわあっ!!!」


私の目の前に輝く金の輪が出来て、スーッと縮み、私の頭の今出来た噛み跡にぐるりと吸い込まれて、消えた。何⁉︎お仕置き⁉︎

女神が目を細め、微笑んだ。


『『おお……』』

キラマ様、マガン様、そのどよめき、説明してくださいますか???


天空からの私?の魔力がいよいよ強力になり、全身が上に向け引っ張られる!

「わわっ!」

足が浮いたと思ったら逆さに宙吊りになり、慌てて眼下の神々に両手を伸ばす。


『セレフィオーネ、また会う日まで、達者でな』

「キラマ様!」

『セレフィオーネ、ルーダに……励め、と』

「マガン様!」


三柱とレモン色の世界が急激に遠ざかる。私の意識もプツリと切れた。










◇◇◇









……鼻から吸う埃っぽい空気の匂いでうつし世に戻ったことを知る。


ズーンと身体が重く感じる。だるい。首の下でお兄様の強力な魔法が展開してる。お兄様が剣を抜いてくれたみたい。


そしてお父様の私のためだけに身につけた渾身の治癒魔法と、アスの魔力がグルグルと体内を移動してる。

身体の外は……もはや馴染みの過保護なコーヒーの香の、しなやかな体がすっぽりと包み込んでくれている。


意識を集中させて……なんとか瞳を開けると、初めて見る泣き濡れたギレンの顔がすぐ鼻先にあった。

私の顔にポタポタとギレンの瞳のようなアイスブルーの涙が落ちる。力を振り絞ってそっと手を持ち上げて、ギレンの頰を拭う。か細くはあるけれどなんとか言葉を紡ぐ。


「あの夜……星に……何を願ったの?」


ギレンも親指で私の涙を拭う。低い、切ない響きが耳に届く。

「……願いは今も昔もただ一つ……セレと()()()……()()()いきたいと……」


ギレンが苦しげに顔を歪める。


「セレさえいれば何も……」

絞り出すようにそうささやくとそっと私に口づけた。



ああ……願いは叶う。だって私はチートだもの。


ますます涙が溢れ出る。横からルーの空色の優しい瞳が視界に入る。ギレンの腕に乗ったモフサイズのルーが私の頰に額を擦り付けそっと私の涙を舐めた。頭を傾けルーの頰に自分の頰を重ねて愛する感触を確かめる。ギレンの胸に壊れ物のごとく慎重に抱きすくめられ、安心して目を閉じる。



月が高く昇り、あたりは柔らかな光で満ちた。









今週末の更新で、本編ラストになります。是非お付き合いください。

本編の後は後日談などが続く予定です。




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