139 聖獣様と出会いましたーpart2
気がつけば、私は穏やかなレモン色の光に向かって歩いていた。
足元を見れば裸足。そういえばグレーの勝負服だから目立たなかったけれど吐血もして案外血まみれだったのに、真っ白な、膝の見えるワンピースに変わってる。
っていうか、見えてる膝がちっちゃい。持ち上げた手のひらもちっちゃい。
まさか……また転生したの?勘弁してよ……
小さな歩幅でトコトコ歩くと、前方からありえない質量の魔力が漂ってきた。
強い、膨大な底なしの魔力が複数。でも何故だろう。不思議と畏れはない。
もう……死んでるから?
あれからどれだけ経ったの?もう随分昔?
気が狂いそうに苦しくて悲しくて……なのに振り返ろうとしてもモヤの中にぼんやりとした感覚。
あれ?一種類だけ、知ってる魔力がある!大好きな穏やかで、静謐な湖のような……。
私は口元をほころばせ、駆け出した。
「キラマさまー!!!」
真っ白なウロコの伸び上がった首元に、トンとジャンプして、セミのようにしがみついた。
キラマ様が長い尾を前方に回し、私の小さな身体を背中から支えてくれる。やっぱり優しい。
『セレ……相変わらず可愛らしい子じゃ』
キラマ様が長い首を傾げ、目尻を下げ、私の頭に頬ずりしてくれる。お髭がくすぐったい。
『この童が……ルーダの愛し子か……』
頭に青年のような、でも落ち着いた声が響く。そっと顔を上げると。純白の、前世の象ほどもある大きな大きな虎が私を覗き込んでいた。灰色の瞳はとても温かく、私を通して何か懐かしいものを見つめているようで……。
ああ、そうか。
「マガン様?」
『うむ、正解だ』
ルーの親父様だ。私は嬉しくってキラマ様から飛び移って、ルーよりもっともっと深い毛並みに顔を埋めてモフモフを堪能した。ああ……ルーと同じ香りがする。清涼な雪山を吹き降りる風の匂い。
マガン様はちょっと戸惑っていたけれど、すぐに諦めて?私を背中に乗せ、ノシノシと歩いた。ルーよりも断然視点が高い。楽しい。なんか私、身体だけじゃなく心も行動も幼くなってる?甘えたくてしょうがない。まあいいか。許してくださっていることだし。
キラマ様にマガン様……ってことはここはいわゆる『死後の世界』ってこと?
『少し違う。我らは神、器は滅びたが死んではおらんのだ』
おう、思考が読まれてる。ラクでいいけど。
「私、なんでちっちゃくなったの?」
『効率であろう』
効率……ルーも昔言ってた。聖獣様は効率重視なのか?
キラマ様が説明しながら、横をスイスイと滑るように一緒に来てくれる。
溢れるような光を放つ大きな木の下へ。
丸い葉の生い茂った枝先に金色の林檎のような実をつけた、巨大樹の麓、神は鎮座していた。
金色に輝くその姿は、目が慣れると……鹿のような、馬のような。生命の源のような薄い緑が玉虫色に輝く身体。金の鬣はその背を覆い、一本天高くそびえる真っ白な角。黄金の瞳は過去も未来も見通しているようで……
ああ、これは……麒麟だ……
マガン様が私をそっと地面に下ろして、私から見て麒麟の右に落ち着く。同じくキラマ様は左に。麒麟は両脇の二柱からしたら幾分小さい。けれど、見かけの大きさなど意味がない。圧が桁違いだ。
私は跪き、深々と騎士の最上級の礼を取った。小さいとやりづらいなあ、もう。
『セレ、ここは女神の庭。この御神こそが我ら四天の始祖、月の女神である。女神がセレを所望した』
キラマ様が静かに教えてくださる。
そうなんだ……女神って言うから勝手に人型を想像していた。
この麒麟が、ルーを生み出した、この世界の最高神のうちの一柱……
『面を上げよ』
一言一言が胸を痺れさせる、例えることなど不敬な、荘厳な声。
『もっと近う』
身体が勝手に動く。女神の身元に真っ直ぐと。
女神の足元は靄に包まれて蹄は見えない。そんなことまで気がつくほど近づくと、ようやく私の足は止まる。改めて跪いた。
『セレフィオーネ……またも……辛い思いをさせてしまった……』
女神は私の頭を鼻先でつついた。ジワリと覇気?が流れてきて、全身痺れる。
……またも?
私はそっと頭をあげると、女神の金色の瞳が目の前にあった。そして、その瞳にはスクリーンのように私の『野ばキミ』の前世が映し出されていた。戦で血まみれになり、裏切られ、断罪され、干からびて死にゆく私が。
女神は……全てをご存知なのだ。ならば、いいのか?聞いても?そういう場だと考えても?
「私に、お教え願えますか?」
◇◇◇
シャン……リン……厳かな鈴の音が、邪魔にならない音量で……どこからか……伝わる。
『……遥か彼方の……別の世の神に頼まれた。彼の世で不遇を一身に背負い生を終えた魂を、我の世で生き直させてほしい、と。その魂の人生に我は深く同情し、受け入れた』
いつのまにか、マガン様が私の後ろに回って寝そべり、尻尾で私を自分の腹に寄りかからせた。私はマガン様にポフンと沈む。こんなゆったりとした格好で女神の話を聞いてもいいの?マガン様が私の髪の毛を毛繕いする。このままでいいようだ。
『ところがその魂は、我の世に全く馴染まなかった。平和であったとは言えないが、そこそこに安定していた我の世を、彼の世の常識に当てはめ引っ掻き回し、秩序を乱し、崩壊させた』
彼の世っていうのが地球?ってことは……
「受け入れた魂とは、マリベルですか?」
女神は瞬きで答えた。
『彼の地での心の傷が人格を歪めたのか、彼女はとにかく傍若無人に振る舞った。我の地が積み重ねてきた歴史も何もかも尊重せぬまま一国の王妃となり、国の成長を妨げ、滅ぼし、我の世界を破滅に導いた。彼の地の神の加護は思いのほか強固で、我の民は抗うことができなかった』
地球の神様のバックアップで、オートパイロット・魅了という力技を使えたってことか……。
『我はなす術もなかった。一度交わした神と神との約束を違えることなどできぬ。しかし異物を入れたせいで我と伴侶が慈しんできた世界がめちゃくちゃになる……我は、崩壊の寸前に断腸の思いで『時戻し』をかけた』
「時戻し?」
時間を巻き戻した、やり直ししたってこと⁉︎
『『時戻し……』』
キラマ様とマガン様も呆然としてる。ご存知なかったようだ。
『……時を戻しても神同士の約定、あの魂を受け入れる定めは変えられぬ。ならば、彼の魂の機微を理解できるものを彼の地から受け入れ、対処させようと思うた。命の灯火の消えたばかりの、我の国の波長に会う彼の地の別の魂を、我の愛する民の一人であるセレフィオーネに入れた。
セレフィオーネは前回、マリベルによって最も人生をゆがめられた人間。マリベルの登場しない世界であれば、王妃として我の世に安寧をもたらす運命の娘であった。此度のセレフィオーネは生まれるや否や母とともに命を落とそうとしていた。前回の定めを思い出し、悲観したかのように。我が世の完璧な血筋の器に、彼の地から迎えた芯の通った優しき魂。出会うことが定めと思えた。二つの魂は反発することなく溶け合い、我は敢えて道しるべのために双方の記憶を残した。我が世は元の形に戻ることができると信じた』
それが私……私は……修正プログラムってことか……
特に怒りは湧かない。今更だ。どのような成り立ちだろうとも私は私。頑張って目一杯生きてきた私でしかない。どちらかというと疑問が解けてホッとした。
『だが……またもや上手くいかなかったようだ。彼の地の神の影響が思いのほか強い。信仰が厚いのか、人口の問題か……。セレフィオーネ、そなたの二度の人生、二度とも努力に報いることができなかったな……」
ああ……やはり、前世はあったのだ。日本の前世も、セレフィオーネの前世も。どちらも幻ではなかった。であれば疑問が!
「地球の『野ばキミ』という小説に、この世界が似ていることはどういうことなのでしょう?似ているがゆえにマリベルは、そのシナリオ通りになるものだと傲慢に動けたと思うのです」
女神がゆっくり首を振る。
『わからぬ。人間のあずかり知らぬことではあるが、神々の空間には並列した幾多の世界が存在する。たまたま我の世と『野ばキミ』が似ていたゆえ我の世界に声をかけたのか……その『野ばキミ』なる予言書を紡いだものが、我の世を知っているものだったのか。話を聞くに、マリベルが我の世を『野ばキミ』の世界だと思い込んだことが大きな混乱を引き起こした元であろう』
なるほど、地球から記憶をもってこの世界に転生が出来るのであれば、こちらから地球への転生も不可能ではないか。
そして地球の神は『野ばキミ』のシナリオに近づくように後押しした。愛するマリベルがそうあるように望んだから。マリベルはシナリオに忠実でシナリオ以外に興味を示さなかったから、登場人物以外はオートパイロットの影響を受けなかった……ということかな。被害は十分に被ったけれど。
「でも……マリベルは自滅しました。この世界の誰も彼女をいじめたわけではない、守られた状態で自分のやりたいように生きて、自分の呪いを返されて、動けなくなった」
『うむ、自滅ゆえに、ここから先は彼の地の神も干渉しまい。溢れるほどの素質を持って転生したというのに。我はもう十分に義理は果たした。彼の神が納得しないのであれば、連れ帰ってもらうのみよ』
「そしてジュドールは傷ついたけれど、ギルさんが王になった。トランドルもきっとおばあさまが目を覚まして、みんなが盛り立てる。女神様のこの世は今回は崩壊しなかった。『時戻し』成功したのではないですか?」
時間はかかるけれど、きっと、力を合わせ、復興し、平和が来る。ギルさんに、おばあさまに、ギレンが上に立つのだもの。
そこに、私はいないけれど……
『セレが……こんなにも傷ついたというのに?』
キラマ様がつらそうにお顔を顰める。お声に悲しみが混じる。
『……幼き頃よりただ一人、我の世を背負わせてマリベルやそのしがらみと戦わせてきた。そなたを犠牲にした上にある未来など、この世を統べる神として成功などと思えるわけがない』
『まさか……』
マガン様が女神を凝視する。
『もう一度、『時戻し』をかける。今回は良きサンプルとなった。次回はもっと速やかに我の地が傷つく前に、あの娘がこの地は『野ばキミ』ではないと理解せぬ場合は自滅するよう誘導するとしよう。そなた、どうする?ジュドールから遠く離れた、閉ざされた小さき村で穏やかに過ごせるよう取り計ろうか?それとも……彼の地の輪廻の輪に戻そうか?』
たくさんの皆様にお読みいただきありがとうございます!
次回は週末です。




