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138 大好きな人vs大好きな人

キイィーーン!


耳障りな音が鳴り響く。耳を塞いで音源を探ると、上空、アスが翼を小刻みに羽ばたかせて音を発してる。

『この音波は脳の働きを鈍らせる。皆、出来るだけ耳に入れるな!』


お兄様が耳を押さえ上空をにらみ、標的がミユからアスに変わる。アスを目掛けて走り、飛び上がる。翼を切り裂こうとする!


「皇帝!受け取れ!」

突然ジークじいが叫び、観客席から何かを投げた。ギレンはジャンプしパシリと左手でそれを掴むとスパッと鞘から引き抜き鞘を放る。真っ黒で幅広な抜き身。

トランドルの黒剣。決して折れぬと伝わる剣。守り刀としておばあさまの傍らにずっと置きっ放しだった。経験則から持ち出してきたの?不測の事態に備えて?流石……風神。

黒剣ならば対抗できる?


上空のアスの前でお兄様が打ちおろす刃をギレンが受け止める。

重い一振りに眉を寄せて耐え、押し返す。

二人とも地面に舞い降りるや否や、駆け、広い歩幅で腰を落としガッガッっと剣の応酬をする。

やはり、ギレンは不利だ。お兄様は力任せに、全力で、ギレンの身体の空いたところに躊躇なく切り込んでいく。

対してギレンは、ジッと防戦。アニキの隙を掴むため。急所を突いて意識を刈ろうとしているから。

全て、私のため。



アスの不快な音波は止まない。気分が悪くなる。お兄様をマトモにするため、動きを鈍らせるためとはいえこれは諸刃だ。


お兄様がバックステップで距離を取った。押されたわけでもないのに。嫌な予感。

お兄様が左手で再びマジックルームを探り、取り出し、目を細め狙いをつけ、投げた!


羽ばたき奏でるアスの翼の付け根に……クナイが当たった!真っ赤な血がダラリと地面に落ちる!

「アスーーーー!」


なんで、当たる?複雑な魔法の作動中だったとはいえなんで防御を破り突き刺さる⁉︎聖獣はヤワじゃない!ミユのウロコだってオリハルコンだったからこそ傷ついた。

「あ……」


オリハルコンなんだ。あのクナイも。

お兄様がオリハルコンを発掘して、刀一振りしか作らないわけがないのだ。きっと複数ある……。

オリハルコンの武具類を相手にこちらはあくまでヒトの武具である黒剣一本、いずれ限界が来る。長期戦は無理。


アスがバランスを崩し、クルクルと回転しながら落下する。

ギレンがダッシュでアスを地面に衝突する寸前に抱きとめる。

アスの紅の血がギレンの軍服に染みる。


傷は深いけれど、やがてアスは自分を癒せる。でも傷に向きあう時間がいる!前に敵などいては集中できない!


音が止んだ。

アニキが何も写さない瞳のまま、ギレンに襲いかかる。


成獣サイズのアスを抱いたギレンは動けない。


敢えてアスを右に抱き、左手に剣を握って目を眇め、心臓の前を空けた。アニキを誘うために。

カウンターを狙うつもりなの?成功するの?


どちらも無傷でいられるわけがない。











…………もうやめて、もう争わないで。


私のためにこれ以上みんな怪我なんてしないで。



大好きなお兄様が大好きなギレンを斬るなんて……そんなの、見ていられるわけがない。


弱くて……ごめんなさい。決断が遅くて……ごめんなさい。


私はお父様の手をギュッと握った。全ての……感謝を込めて。

「セレフィー?」


「……スピード」

手を振り離し飛び出した。後ろを振り返らず真っ直ぐに。


『セレ!!!』


ミユを守るルーの声にギレンが反応する。その一瞬にお兄様が両手で剣を握り込み、間合いを詰め、ギレンの心臓めがけて突いてきた。


間に、滑り込む。


グッ……

私の数ある防御を潜り抜け、オリハルコンはギレンであれば心臓の場所、背伸びした私の左の鎖骨の下に突き刺さった。痛みが重い。血が吹き出す。

すぐ目の前に、無表情でもハンサムな、お兄様の顔。やっぱカッコいい。


ゴフッ。

胸から血がせり上がり、吐き出した。足から力が抜けた。懐かしい。前世でも出血しすぎた時こうなった。


「セレッ!」

ギレンが珍しい大声をあげて……私を後ろからアスもろとも抱え込む……貫通……してないんだ……傷を剣ごと凍らせた……きっと止血……


『セレ!』

アスが自分を顧みず私の顔中にキスし……荒い息吹を吹き込む……相変わらず温泉みたい……


ああ……お兄様……にだいじょうぶだって……伝えなきゃ……このこと、気にやむ必要ないって……だって……操られてたんだから……


『セレーーーー!!!』

『セレちゃまーー!!!』


あ……ヤバイ……よく聞こえなく……なってきた……気合いだ!私!


ようやっと腕を持ち上げて、お兄様の瞳に……そっと……指先で……触れる。

お兄様は柄を握りこんでるから……私の邪魔できない……ふふ……痛いの……いたいの……とんでいけ……


この眼がいつか……元どおりグリーンに澄み輝いて……私をみんなを……思い出しますように……




「……お兄様……だいすき……くるしまないで……いいよ……おぼえてて……だいすきな……おにいさま……」




不意に……お兄様の瞳に光が走り……揺れた。眉間にシワを寄せ……頭を振る。

「……ははうえ?……なぜ……え……せれ……ふぃおーね?」


何がきっかけだったのか……私の両耳のピアスがパリンと破裂した。お兄様の瞳に破片が飛んで……お兄様は未だ握っていた柄から手を離し……それらをパパッと掴み……両目を……見開いた!


「せ、セレフィオーネ!!!わ、私は……うわあああああああ!!!」



ああ……お兄様の……優しい……グランゼウスをそよぐ風のエメラルドの瞳が……戻った……ダメ……泣かないで……お兄様の涙……あの遠い……雪の日以来……


「セレフィー!!!セレフィー!!!」

お父様の……治癒魔法……


『待って!この剣には返しがあったよ!無理矢理引き抜いちゃダメ!!!』

ミユ……


『……どけ!くっ、このまま我の血を含ませよ!!!』

アス……物騒だね……アスの血飲んだら……不老不死になっちゃうよ……



「セレ、セレ、すぐ助ける!気をしっかり持て!アス!己を一秒で回復せよ!そして早くセレを!頼む!」

一秒って……横暴だね……真っ青なギレンが……私を抱きしめて……耳元で言い募る。


私の唯一……ずーっと昔から……信頼する人。私もギレンの……耳を……探す。


「ギレン……ごめんね……やくそく……まもれない……」

あなたのそばを離れないと……生涯守ると誓ったのに……あなたを孤独に引き戻してしまう……


「セレ、許さぬ!戻れ!!!」

ギレンの魔力が……私の中で……あば……れる……


『セレ……』

ああ……ルー……私の半身……私のたからもの……

ツーっと涙が流れる。ルーがペロリと……舐める。舌、ザラザラだ……ふふふ……

「ごめ……んね……ごめん……ね……」

『いいんだ。セレ。いいんだ……謝らずとも……いいんだ……』


ルーが許してくれた……よかった……よかった……

「るう、ありがと……」





「俺を置いていくなあーーーー!!セレーーーーッ!!」




◇◇◇





『か、鑑定!』

ミユが小さく呟く。


青く光る。






セレフィオーネ・グランゼウス (伯爵令嬢、S級冒険者、トランドル領主、ガレ次期皇妃、ルーダリルフェナの契約者、ミユ・ゲルドの契約者、アスカリエラの愛し子、キラマゲルドの加護)


状態: 瀕死


スキル: 全魔法、転生者、短剣、手裏剣、複数毒耐性




『ガオォーーーーン!!!』

あたりは宵闇となり、ルーが青白い月に吠えた。





◇◇◇






次の更新は13日、作者の近所の書店に並ぶ日なのです。

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