135 ラルーザvsギレン
「えっ!ガレの皇帝?ほらほら、ようやくストーリーに戻った!ラルーザ!ガレは敵よ!皇帝も寝返った悪役令嬢も、この国を狙ってるの!悪い奴らなの!私を酷い目にあわせたの!お願い!あいつらをまとめてやっつけて!そして私と平和な世界を作るのよ!」
マリベルのその言葉を受けて、アニキが私達のほうに視線を向けた。冷ややかに睨まれる。心臓をぎゅっとつかまれる思い……
「マリベル……君は深手を負っている。一旦引いたほうがいい」
シュナイダー殿下がギリギリの体力で口を挟んできた。私のために猶予を作ろうとしてくれた?
「はあ?うっさいなあ。ラルーザが来たんだからあんたなんかもういらないっての。モブは所詮モブってこと。ね!ラルーザ?」
マリベルが……あっさりとシュナイダーを切った。形勢がガラッと変わった。
タール様が危険を感じたらしくシュナイダーの前で守りの体制になり、魔力を引き上げる。マリベルの気分次第ではお兄様の矛先が自分達に向くと思ってるんだ……。
『ルー、セレを下げろ。セレがいては戦えん』
ギレンの肩のアスはそう言うと、バサリと舞い上がり、上空でホバリングする。
ルーが私から離れることを躊躇うのを見て、
「……ルー、お願い、お兄様を救って。私は隅で大人しくしてるから」
ルーが加勢する事で、パワーに差がつく。ギレンの危険も減る。アニキを生け捕りにしやすくなる。ルーの背中を押す。
「ミユは……マリベルを拘束して。攻撃を二手に分けることで、お兄様の意識を分断する。返呪で大して動けないと思うけど、くれぐれも気をつけて」
『セレちゃ……我が……主人よ、貴女様こそ無理をなさいませんように』
ミユが私の頰にチュッとキスをして、どこかの隙間に紛れた。
ミユを見送るとルーに一つ頷いて、お父様の元へ後ずさる。
ルーはノシノシとギレンの傍らに巨体を置いた。
『ラルーザ、我と共に過ごした青葉のような日々を忘れるとは……あとで仕置きだ』
ルーがアニキからもらった巨大なエメラルドをぐいっと毛皮の中から引き出した。でもアニキの表情は冷めたまま。
『……許さぬ!!!』
私の中のルーの魔力が……荒ぶり、猛る。出会って以来、こんなこと初めて。私は随分身の内を満たす自分のものでない魔力に敏感になったようだ。こんなとき自分の成長感じてどうすんの?
このルーの怒りは決してお兄様に向けてではない。この理不尽な仕組み?に激怒している。
アニキが徐々に魔力を引き上げる。スタジアムがミシミシと軋む。
頭上よりアスの声。
『ラルーザは強い。セレのためにひたすら精進してきたゆえに。ギレン、全力で行け。死にさえしなければ我が何とかする』
「まあ、なるようにしかなるまい」
ギレンがアスとルーと自分、まとめてキラキラと魔法をかけた。多分防御。
ギレン……お兄様……
手をギュッと握られた。お父様だ。お互いの指を絡ませ、歯を食いしばり、この場に足を踏ん張る。
ギレンがお兄様を助けること。アニキが元に戻ること、信じるしかない。
無表情のお兄様が愛用の手裏剣をザクッと地面に投げた。そこから土が槍のように隆起し天に伸び、アスを襲う。それを皮切りにあちこちからドンドンドン!っと音を立て、槍が突きあがる。土魔法の禁忌呪文、ランドシャープだ。
昔、お兄様が教えてくれた、一撃必殺の土魔法。二人と一モフでドタバタ楽しかった幼い頃の修行の一場面を思い出し、泣きたくなる。
アスはひらりと上空で舞う。ルーは前脚でバキリとそそり立つ土槍を叩き壊す。アニキの攻撃はヒトのギレンに集中する。ギレンは跳躍して回避したが三度目の隆起で鋭い切っ先に腕を切られる。血が飛ぶ。アニキの力の前では、防御魔法は大した意味をなさないようだ。
「ギレン!!!」
ギレンは風を纏い、アスの側まで飛ぶと、右手でアスの足を掴む。アスは大の男をぶら下げているとは思えないほど優雅に浮かんでいる。空中の二人にアニキが手裏剣を際限なく投げる。
ギレンはその体勢のまま左手の人差し指をそっと前に出した。指先を中心に風がクルクルと回転し、ウイーンと唸りだした。ヒュンとそれを放つ。
円刃カッターとなったそれは、アニキの手裏剣を蹴散らしつつ土の槍の鋭利な先端をさくさくと順にカットしてあちこちに足場を作り、すうっと消えた。
ギレンとルーはそれぞれ近場の槍であった台座の上に降り立つ。
ルーがトンっとジャンプして、お兄様に襲いかかる!お兄様は腕の中にいたマリベルをサッと遠ざけ、ルー目掛け両手で手裏剣を放つ!ルーは尻尾で弾き飛ばし、間髪を入れずお兄様の周りを砂で囲み、ギンッと眼を光らせた。砂が七色に輝く。
『蜃気楼』!ルーの幻術。お兄様が片手で頭を抑え、ブルブルと顔を振る。足を砂で固め地面に縫い付ける。
その隙にミユが現れマリベルに巻きついた。
『父上、エルザ、エリスに続きラルーザまで……おまえだけは、許さぬ』
ミユが自分の周りに四角い結界を張り、その中に水を流す!自分ごと水牢にマリベルを閉じ込めようとする。
「ちょっと、龍!目を覚ましてよ!悪役令嬢はあっち!きゃあ!ラルーザーー!ゴボゴボ……」
『目を覚ますべきはお前だ。優しき主人もエリスも何度となくチャンスは与えた』
ミユがマリベル諸共水中に入る。お兄様がルーの蜃気楼を振り払い、水の檻を壊そうと手裏剣を投げつける。しかし檻はゴム製のようにプルンと歪み、元に戻る。マリベルを案じてか魔法を使わない。
背を向けたお兄様に向けて、ギレンが左手に強力な魔力を編み数万の尾を引いた青い彗星を放つ。水?いや、炎だ。高熱過ぎて青いのだ!きっと金属をも溶かす熱。さながらギレンの瞳のよう。炎の神であるアスから授かった技に違いない。その威力を大きな球に纏めたら、一発で死ぬ。多分。死なさぬように散弾なのだ。短期決戦で済むようにここまでの大技を早々に放つのだ。私のためだ。
この彗星に対抗できる魔法など思いつかない。
「おに……」
私がついお兄様に叫ぼうとすると、お父様が私の口を塞いだ。私は続きの言葉を紡げない。ただ炎がお兄様の身体に到達するのを見守るのみ。
お兄様の頰を青い炎がかすめる。ジュッと焼けて火傷を負う。前世の戦場で負った火傷の痛みと焦げた臭いが鮮明に思い出される。嫌だ!お兄様が痛い思いをするなんて!
頰に目立つ赤い傷を作ったお兄様は右手を空中に突き出し、マジックルームから一振りの剣を取り出した。お兄様にすれば珍しい。片手剣だ。無表情でサッと素振りをすると、目にも止まらぬスピードで舞い、炎弾を弾き飛ばす!!!
「どうして……」
もちろんお兄様に怪我など負って欲しくない。でもなぜ、青光りするほどの炎に剣で立ち向かえるの?何故溶けない?折れない?魔法剣?何の魔法を纏わせた?
「なんなんだ、あの剣は……」
父が目を見張る。
『あの波動……もしやオリハルコンか?』
アスが呆然と呟く。
オリハルコン?神器の材料、武器に仕立てたら貫けぬものなどないと言われる伝説の金属?の?
『ラルーザ……創世時の神々の戦いの後封印された、人には扱えぬ代物まで掘り当て……鍛えたのか?セレのために……なんと……お前らしい……』
ルーが懐かしそうに目尻を下げて兄を見る。
……ほんと、トレジャーハンターなんだよね、アニキってば。もう泣き笑いになる。
お兄様は炎を弾きつつ、足元に突き立てルーの固い砂を粉砕する。そしてマリベルの側にステップし、水の檻にオリハルコンの剣を当てて引き裂いた。
プシャーっと勢いよく水が吹き出す。オリハルコンはミユの水牢すら破るのか。
『ラルーザちゃま……』
マリベルはミユの身体の中に埋まっていて様子は見えない。お兄様がミユに剣を振り下ろす。私のミユが!!!
『いい加減にしなさい!』
ミユが尻尾で薙ぎ払うも鱗が傷つきジワリと血が滲む。
「ミユっ!!!」
ああ、可愛い私のミユまでも傷ついた。私は距離があるけれど、おまじない『痛いの痛いの飛んでいけ』を念じる。痛みで固く巻き付いていたミユの身体が少し緩み、マリベルの顔がのぞく。酸欠で?気を失ってる。マリベルが落ちた!よかった。これでお兄様の魅了止まるよね⁉︎
しかしお兄様がまたミユに向かって剣を振り上げた!うそ⁉︎でも ミユはマリベルを決して離さない構え!私が……命令したから……。
ルーがお兄様に体当たりする。
『ラルーザ!!!』
ルーがミユの前に入り、お兄様に立ち塞がる。
お兄様は全く元に戻らない。
……マリベルに停止を言い渡されなければ攻撃止めてくれないの?
そんなの無理だ。例えマリベルが目を覚ましても、もっとお兄様を煽るだけだ。
どうすれば……いいの?
いよいよ今週末、書籍発売です!
発売日当日9日(土)10日(日)11日(月)、SSや本編更新予定です。わっしょい!




