127 新王が誕生しました
「……では早速、王を返せ」
ジークじいがシュナイダーに言い放った。シュナイダーのことをただのガキとしか思っていないように。
「そうですね。では後ほど」
「今だ」
シュナイダーが片眉をクイっと上げた。
「それは流石にせっかちすぎるのでは?」
「ぬかせ!領主と違ってワシはキサマの言うことなどこれっぽっちも信じられん。たった今返せ。領主の話じゃ、奪うときは一瞬で奪ったそうじゃないか。その逆も当然できるはずだ」
シュナイダーは肩をすくめると、目を閉じ、何か呪文?を唱えた。
数秒後、圧倒的な、恐怖を刷り込まれた、魔力が近づいてきた。思わず肩の上のルーに手をやる。
『落ち着け、大丈夫だ。セレ』
ドンッ! と着地したタール様の背には、毛布でグルグル巻きになった国王が目を閉じて横たわっていた。
「父上!」
ガードナーが大声を上げ、後方のフィールドへの階段に向かって走り出す。
遠目に国王は外傷などは負っていないようだ。
「それではマリベルさん。結果発表お願いしていい?3ー0でトランドルの勝ちだと。そして王はその勝利によって間違いなく、トランドルに引き渡されると。マリベルさんは正義の人ですもの。約束破ったりしませんよね?」
「はあ、マジでなんで負けちゃうのかな。ここでボロ勝ちして、みんなに崇められて、シュナイダーか誰かから愛の告白を受けると睨んでたのに……別にいいけど!そんな役に立たない王様いらないし!はーい皆さん、それでは約束どおり王様お返ししまーす。大事にしてあげてね!」
マリベルがヒラヒラと手を振った。
タール様は風魔法をクッションのように使い、手厚く王を地面に下ろした。
観客席からマントの男二人……背格好からギルさんとマットくんが飛び降り、ジークじいがアゴで指示すると、走って王の元に駆けつけた。二人で担ごうとしたようだが、ギルさんがマットくんに首を振り、一人でそっと横抱きにして、こちらに戻ってくる。一人で充分抱えられるほどに痩せ衰えてるってことか。
「でも今返してどうするの。誰が面倒見るの?トランドルで見るのは避けるべきだよね?せっかくこれまで国と距離をとってきたのに、トランドルが王権を狙っていると思われかねないよ。既に看護と警護の必要な患者一人抱えてる訳だし。でもガードナーじゃ寝たきりの王が休める場所すら用意できないんじゃないかな?」
シュナイダーが私に単純な疑問として尋ねる。あんたさえ大人しくしてくれれば警護は必要ないんですが?
走ってフィールドにたどり着いたガードナーはその言葉を聞くと立ち止まり、プルプルと震えた。追いかけてきたセシルの顔も歪む。私はハアとため息をつく。
「……トランドルの体裁まで考えていただかなくても結構よ」
「ふーん。とことん優しいね、セレフィオーネは」
「俺が……面倒を見る」
国王陛下を抱いたギルさんが、静かに、しかし、明確に言いきった。
「ギルバート、御主……」
ジークじいが眉毛を寄せた。
ギルさんは右手に優しく王を抱え直し、左手で自分の顔を覆うフードを剥いだ。
「え?」
そこに立つのはずっと私を見守ってくれてきたギルさんに間違いない。間違いないのだけれど、その髪は私と一緒の漆黒ではなく……輝く金髪を無造作に束ね、瞳は青かった。どちらも王族の持ち物。
観客席の年配の高位貴族がざわつく。何故かバーク侯爵の舌打ちがスッと耳に届いた。
「王兄、ギルバート殿下……」
「ギルさん……だよね?」
「セレフィー……ああ、俺だ。何もかも……我ら王族のせいで、すまん。俺はこいつ……陛下の兄だ。本来俺が王になるはずだった。しかし先の戦で眼を射抜かれてな、何故か敵ではなく……味方の陣から。片目の男など王に相応しくないということで、王位継承権1位はトーマスに移った」
王家の争いは前代からなんだ。
「俺は虚しくなり、争う気も失せた。俺がいなくなれば全てが丸く収まるんだろっと、消えた。親同士の縁で、近い間柄であったトランドルを頼って、城を出た」
前王とガインツお祖父様は主従の仲。身体の色を変えるくらいそこそこ魔法を学べばできる。魔力を一定量使い続ける状態になるから、魔力量が少なければ厳しいけれど。金髪碧眼の王族を騙るのは重罪。しかしその逆は何の問題もない。意味がないから。
「俺さえいなければ、こいつは唯一の王子、幸せになれると思っていた。まさか……薬を盛られ、人形にさせられるなど……」
ギルさんがそっと弟の頰をなぞる。
ギルさんが決意の篭った目で弟に誓う。
「俺がトーマスを守る。トーマスの抱えてきたもの全てを抱える」
「それは、即位すると受け取っていいのですか?」
観客席から凛とした声が響く。いかに黒フードを纏っていようとも、身体中からバチバチと電気を放つその姿。誰もが正体を知る。
「幼いセレフィオーネがトランドルを背負ったのだ。我とて覚悟を決めねば。しかしトーマスはまだこのように……温かい。我は摂政だ」
「ま、待たれよ!確かにギルバート殿下は陛下と同じ、高貴な血が流れておいででしょう。しかし政は血で行うにあらず。経験こそがモノを言うのです。泥臭い冒険者などやっていたあなたに一体何ができると言うのです!」
宰相が此の期に及んでケチをつける。私は威圧をかける!
「ぐわっ!」
「宰相、ギルバートさんはSランクなのよ?トランドルの!あなたもう一度勉強し直したほうがいい」
Sランクになるのはある意味王になるより難しいことをわかっていないのか?
Sとはただ一人で物事を完遂できる知力と武力、そして何より人望がなければ成り得ない。
私はもちろん、まだまだだけど。
「人形のトーマスが統治してたんだ。できない訳ないと思うがね。ふん、マイケル、もちろん我は一人で政を行うつもりなどない。十分に皆の意見を聞き判断するさ。国益を第一にね。とりあえず我には強力なブレーンがいる。クラーク!来い!」
何度か会ったことがあるけれど、ここで会うとは全く思わなかった人がそこにいた。
「え……ちちうえ?」
セシルが間抜けな声を出す。
「お父様!」
アルマちゃんが大声で叫ぶ。
何故かアルマちゃんのパパがいかにも困ったという顔でギルさんの後ろから現れて跪いた。
「我は我の世代でこの男ほどの天才を知らぬ。武も頭脳もずば抜けたまさしく神童。弟と同い年であったゆえに全ての1番を弟に譲る羽目になった。弟が頭を下げたのはこのクラーク・マクレガーただ一人。いつの間にか侯爵家を出て気ままに研究三昧の毎日など送っている。腹がたって引っ張り出してきた」
「そんな……」
近衛騎士団長が呆然と、これまで軽蔑し続けてきた父親を見つめる。
「そして、我のもう一人の幼馴染の夫、グランゼウス伯爵。こちらも天才でありながら、その実力を見事に隠しているが……貴殿にも我を支えてほしい。我と、貴殿は……ふふふ、愛するものが総かぶりだ」
ギルさんが私を見て優雅に微笑む。優雅に⁉︎
黒マントの下のお父様が顔を顰めるのが手にとるようにわかる。
「私にもうこれ以上王家を助ける義理はない。財務大臣も返上する」
観客席からキッパリ言い放つお父様。
「グランゼウス伯!お待ちください!」
この国の台所がパパンだからこそ回っていることを知る、常識的なおっさん達がザワザワと動揺する。
「……我の花のような婚約者であったリルフィオーネを其方に譲った。それだけでも十分に貸しがあると思っているが?」
「我が妻の名を軽々しく呼ばないでいただきたい。妻は自らの足で私の元に来た。あの賢く強い妻を無理強い出来るものなどいない」
……そういうことか。先王とガインツおじいちゃんは盟友。年の近い互いの子供を幼馴染として、そして婚約者として遊ばせていたんだ。
不遇なギルさんに……パパンは罪悪感を感じていたのだろうか?ギルさんが何者かも漏らさず、ギルさんの悪口も聞いたことなどない。私がギルさんに触れあうのも止めなかった。
魔王と呼ばれる程度にはビビらせていたけれどね!
ギルさんが私を自分の子供のように時に厳しく、大抵甘々で見守ってくれていた理由が、わかった。
私を本当の娘だと思ってくれていたんだ。
「ジュドール王国 ギルバート王子、こちらへ」
いつのまにかフィールドに降りてきた聖女の呼びかけに、ギルさんがアルマパパにそっと陛下を託して大股でガツガツ歩き、聖女の足元に跪く。
聖女は聞き取れない神言を呟くと、カクサンが差し出した水を優雅にギルさんの頭に振り撒いた。
「神は現王の体調を憂慮し、そなたに譲位することを認められた。新王ギルバートよ、励め」
摂政ではなく、王。エリスさんがギルさんの逃げ道を塞ぐ。
「……ありがたき、幸せ」
ギルさん……ギルバート王は静かに立ち上がると、ギンッと全方向を睨みつけた。現役バリバリのS級冒険者の威圧に反対派の勢力は口をパクパクとしながら椅子に沈み込んだ。
前王が目を開けた。虚ろな表情の弟に、
「すまなかった……もう休め」
そう言って頰をペチペチと叩いた。アルマパパも腕の中の友を見つめ悔しそうに顔を歪める。
新王は私達のほうに振り向いた。
「先王陛下はこれから療養に入られる。知っての通り、我には派閥も後ろ盾も何もない。弱みも握られていないし、どちらかというと眼を潰されただけだ」
スタジアムが静まりかえる。
「だが、それはもういい。王となった以上遺恨は流す。あるのはこの身ただ一つ。これからは皆と合議の上、俺が判断して決めていく。建設的な意見は遠慮なく申せ、身分に関係なく使えるものは使う」
「では、我の最初の命を出す。トランドル領主、セレフィオーネ!」
「はい」
私はカツカツとギルさんの前に歩み進んだ。ギルさんになら跪いても構わない……かな?おばあさま?
ギルさんが私と一瞬だけ眼を合わせ、寂しそうに微笑んだ。ギルバート王は再び正面を向いた。
「ジュドール王家はトランドルを危機に陥れた。これはトランドル領を分け与えたときに結ばれた『トランドルは戦時には先陣を切りジュドール王家に忠誠を尽くす、対して著しく権利を侵害された際にはトランドルは独立する』という、誓約に抵触した、ということ。王家のせいで多くの武勲を残した類稀なる軍師である領主エルザ・トランドルが命を落とそうとした。いかような言い訳もできぬ。よって、トランドルはたった今をもってジュドールより独立した。願わくば、良好な関係を対等な立場で改めて結んでいただければと、思う」
知らない……そんな誓約あったの?ギルさん……私たちを王家の諍い、シュナイダーから自由にしてくれると言っているの?
「セレフィー、愛するお前を苦しませてすまない……」
私だけに聞こえる大きさの、苦しげな声が耳に届く。
ギルさんは悪くないのに……ギルさんだって、育ての親のようなおばあさまが傷ついたこと、トランドルを離れること、苦しいはずなのに……責任取るんだ。王族だから。
そして……それはギルさんからの親心。無碍になどできない。
ああ、いつかまた、ギルさんに飛びついて大好きだと伝えることできるだろうか?
きっと叶わない。だってもうギルさんは王だもの。
いつか……私達が……またただの冒険者に戻れたら……
アルマパパが相当な枚数の赤い紙を新王に渡す。さすが準備が速い。
ギルバート王が魔力を流す。真っ赤な細身の鳥が何百羽と飛んでいく。
私は深呼吸をして、一拍置いて、声を張り上げる。
「たった今を持ってトランドルはジュドール王国より独立した。今後扱いをくれぐれも間違いませぬように。もちろん、我がトランドルに手出ししなければ、我々は敵にはなりません。ジュドールは私の生家、友好な関係でありたいと願っている。そして私はガレの皇帝陛下の婚約者。トランドルはガレとも当然親密になりましょう」
独立、不安がないわけじゃない。でも、やらなきゃ!やるしかない!
唇を噛みしめる私の頰を、ルーがペロリと舐めた。
「新王よ!なぜ易々と領地を手放された!」
バース侯爵が唸る。
「トランドルはもともと険しき山と森の土地、我が国の食料庫というわけでもない。あの土地に住み続けられるのは強者のみ。我々が勝手に動かせる兵もいない。これまではトランドルの温情と惰性でジュドールにとどまってくれていたようなものだ。だが、エルザが傷ついた。シュナイダーはジュドールの王族。敵になってしまったとわからんのか?早めに取繕わねば被害が拡大する。それがわからない馬鹿はいらん。去れ」
『トランドル、一貫して危険物扱いだな』
『豊かな森なんだけどねー。まあ教える必要もないね?ギルちゃんも内緒にしてくれてるし。ね、セレちゃま?』
間違いない。
『セレ』
上空からアスの声が脳に響く。
『前王には、ありとあらゆる……治癒魔法が試された跡がある。タールの魔力も。残念ながら効果はなかったようだが……』
「そう……」
マリベルの話を嘘っぽい微笑みを浮かべて聞いている、シュナイダーを眺めた。
190718 73行目 「何故か敵ではなく……後ろから」
後ろから……味方に裏切られるという比喩で書きましたが、後ろから射抜かれたと読み取れるとのご指摘を受け、
後ろから→味方の陣から に変更します。




