124 幕間〜せれとルーの小さなクリスマス〜
セレフィオーネとルーが出会って一カ月、初めて迎えるクリスマス……
「ねえねえルー」
新しい年がやってくる少し前の夜、私は水色のふかふかのパジャマを着て、暖炉の前にペタンと座り、膝の上で腹を出している聖獣を揺すった。
『どした?セレ?』
「あのね、ここじゃないとおいくにではね、としのおわりに クリスマスっておいわいの日があるの」
『どこだそりゃ?聞いたことないぞ?』
ヤバイ……そりゃ日本のことなんて知らんわな。
「ル、ルーでもしらないことくらい、あるでしょ?。うんうん。それでね、クリスマスはだいじなひとにプレゼントをおくるんだ」
『へー、あったかい行事だな』
「わたし、いっつもおせわになっているおとうさまと、おにいさまと、エンリケと、マーサにプレゼントしたいんだけど、なにがいいかなあ」
『オレには?』
「もちろんルーにもあげるよ!でも、サプライズにはならないねえ」
『オレにもあるんだな?セレはちっこいのにいい心がけだ。その遠い国ではどういうお祝いをするの?』
「うーんとね。もみのきをキラキラにかざって、けーきと、とりのももにくをがぶっとたべるの」
『ケーキとはあの優しくふわふわな甘美なおやつだな?それに決定だ』
ルー、お前さん、私の魔力だけで生きていけるはずだよね?何故にケーキに食いつくようになった?
「でもけーき、つくれない」
『マーサに教われ』
「サプライズにならない」
『土台、マーサに隠せるわけがない。諦めろ。協力者は必須だ』
「へーい」
ルーが私の頭によじ登ったところで、ダイニングの奥のキッチンに向かった。
キッチンにはコックはもう帰宅しておらず、マーサが一人、お茶を飲んでいた。マーサは顔を上げるとすぐにルーに黙礼し、私の腰に両手を回し引き寄せて、目元に優しいしわをいっぱい寄せて、私と目を合わせた。
「お嬢ちゃま、喉が渇いたの?」
「ううん、あのね、マーサにおねがいがあるの」
「なんでしょう?マーサにできるかしら?」
「あのね、おとうさまとおにいさまとマーサとエンリケとルーにケーキをプレゼントしたいの。こっそりよ?だからけーきづくりをおしえて?」
「まああああ!私の、私のお嬢ちゃまが尊すぎる!あのがさつなトランドルの血が混ざってるなんて想像できないわ!あいつら、この私の天使ちゃんに一度も会うことなく……許さない……許さない……」
とら?なんだろ?っていうかマーサがちょっと黒いぞ?珍しい。
「まああああ!私としたことが!失礼しました。それでは明日、材料を揃えておきますね。お嬢ちゃまは朝、庭のヨモモギを摘んでください。雪の被っていないところね。ルー様、よろしいでしょうか?」
『えーヨモモギのケーキぃ?薬草臭いぞー!』
「……と、ルーがいってる」
「ルー様、この季節、木の実を取りに行くことも出来ませんもの。胃腸にいいのですよ?お願いです。チョコレートの砕いたものも入れますから、ね?」
『あいわかった!』
現金なやつだな?おい。
◇◇◇
翌朝、お父様がお仕事に、お兄様が家庭教師との勉強に赴くと、私はマーサに雪だるまのようにモコモコに着膨れさせられて、ルーと外に出た。
「ルー、ヨモモギどこにあるかなあ」
「お嬢様、楠の根元をまず探してみられては?葉が茂っておりますので雪を被っておりません」
「『……』」
エンリケがニコニコと笑って私の少し後ろを歩いてくる。
「エンリケぇ、ついてきちゃダメ!」
「ついてきたなどととんでもない!偶然です。偶然散歩に出ただけですよ?」
はあ……もはや全員にバレているとみた。
「まあいいや、あ、ヨモモギあった!つもうかって……ルーーーー!」
はい、出会った時と同じく、雪に足跡つけて遊び出しましたが何か?新雪を見たらはしゃがずにおれない聖獣ルーダリルフェナ百ウン歳。
『セレーー!後ろ脚が〜何かに〜何かに〜嵌められたーーーー!』
雪穴にズッポリハマり、頭と前脚を出してわふわふ足掻く駄モフ一匹。
私はルーの両脇を掴み、思いっきり引っ張る。
「もう!せーの、よいしょっ!きゃあ!」
アホルーのせいで、尻もちついて、お尻がビチョビチョに濡れた。
「モンモンモグラの穴ですね。ルー様お気をつけください?」
『おう……』
エンリケににこやかに諭され、尻尾を脚の間に挟み込むルー。
「さあさあ、早くしないと風邪を引きます。急いで急いで!」
エンリケがパンパンと手を叩く。
「『はーい』」
結局ほとんどエンリケが摘んでくれた。全く役に立たない、幼女3歳とモフ一匹……
◇◇◇
邸に戻るとすぐに身ぐるみ剥がされお風呂に入れられる。
『あづい!あづすぎだぞセレ!』
「ふつうだよっ!ルーがあそびすぎて、かじかんでるからそうかんじるの!」
『遊びすぎてなぞおらんぞ!オレはセレの安全のためにあたりを警戒してだなあ……っておいっ!もう上がるのか!』
ルーをドライヤー魔法で乾かして、キッチンに行くと、マーサが水色のかわいいエプロンをつけてくれた。
「このエプロンどうしたの?」
「ふふふ、朝旦那様が用意してくださいました」
お父様……もうバレバレ決定……
「マーサは摘んでいただいたヨモモギを茹でてアク抜きしますからね。お嬢ちゃまとルー様は一般的なケーキ作りの工程に慣れましょう」
「はーい」
『うおーい』
「お嬢ちゃま、玉子割ってください」
「はーい」
「ルー様、小麦粉振るってくださる?」
『任せろ!ふがっふがっ、はっくちゅんっ!!!』
「ぎゃー!こな、とんだー!」
『フガフガ……』
「お嬢ちゃま、白身とお砂糖泡だててください!」
「はーい」
「ルー様、チョコ刻んでください」
『任せろ!うまうまうまうま……」
「ぎゃー!ちょこがきえうせてるー!」
『もぐもぐもぐ……』
「きさまーーー〜!!!」
「あれ、みんな何をしてるの?ってどうしたの!こんなにキッチンしっちゃかめっちゃか……」
「おにーさまー!!!はいってきちゃだめーーーー!!!!」
◇◇◇
とっぷり日が暮れた。
結果、小麦粉はほぼ私たちの体に降りかかり、チョコは消え失せ、ほぼヨモモギ100%のケーキがパウンドケーキ型一本分だけ出来上がった。濃緑のケーキ……ある意味クリスマスカラー……味をごまかすために上から投入した大量の生クリームはまるで雪のようで……って無理。誤魔化せるかっ!!!
私はケーキをど真ん中で切り分け、自分に半分、ルーに半分、ドカンと置いた。
『これは拷問か……血圧と血糖値は間違いなく下がるだろうが……』
「じこせきにんと、れんたいせきにんってことばしってる?とおーいくにで、よくつかわれてたなあ……」
私はぼんやりと空を見つめた。
『オレも……人と過ごすのは初めてだから……失敗が多くて……ごめん』
ルーがしょんぼりとうなだれた。
私は口をタコにして、大好きなルーのほっぺにちゅーっとキスをした。私たちはいつも一緒!一緒に反省するのだ!
「『いただきます』」
もぐもぐもぐもぐ……
「きじが、ねっとり……おもい……」
『苦い……』
修行のように、無言で口に運ぶ。
「あれ?二人だけでケーキ食べているの?ずるいなあ」
お父様がひょこっとキッチンに顔を出した。
「おとーさま!おかえりなさい!」
「ただいま、セレフィオーネ、ルー様。どれどれ、味見させて?」
『やめとけ!』
「だめっ!」
止める間もなく、お父様は私の皿の緑の物体をぱくりと食べた。
「うーん、そうだね、とっても美味しい……とはお世辞にも言えないけれど、セレフィオーネとルー様が初めて作ったケーキ。やはり私には幸せの味だ。ありがとう!」
「あ、これすっごい苦いけど、魔力がグンっと上がった!」
いつのまにか、ルーの皿に残る残骸をお兄様が口に入れてた。
「おにーさま!!!」
『ラルーザ!!!』
「最高の魔力持ちの二人が心を込めて作ってくれたんだものね!当然だ!眠気も覚めるし、今夜のようにテスト前にはぴったりだよ!セレフィオーネ、ルー様、ありがとう!」
お父様もお兄様も……今日もとってもイケメンだ。
「こんどは……こんどはもっとおいしいの、つくるもん!」
『オレは……今度から、大人しく、待っている!!!』
私たち、三人と一モフはギューっとぴとーっとみんなで手を回して引っ付いた。全員とっても草臭かった。
◇◇◇
私はとっても疲れて、ルーと抱き合って早めに寝た。
夢の中で、誰かが私たちを覗き込んでお話してる。サンタさん?
「たった三歳なのに、お礼にケーキを作りたいだなんて……セレフィオーネはなんていい子なんだろう」
「ふふふ、今日も二人とも最高に可愛らしかったね。しかめっ面すらも愛らしい。うちのセレフィオーネとルー様が一番だ」
「それはそうと、父上、早急にケーキのプロを我が家に招いたほうがいいと思います」
「ふむ。探してみよう。ルー様が満足し、セレフィーに丁寧に教えてくれる、心優しい職人を」
◇◇◇
四天すら虜にする、伝説の料理人マツキがグランゼウス邸に現れるのは、もう少し後の話。
皆さまも楽しいクリスマスをお過ごしください。
次回は週末更新予定ですです。




