122 マリベルは流石ヒロインでした
愛するマリベルに裏切られ、そのマリベルが選んだ兄に全てを奪われたガードナーに……これはない。
「ルー……どっかにいるシュナイダーにタール様通して、もういい加減この茶番止めさせろって言って?ムカムカする」
『タールは狂ってる。今や我々と意思疎通など……あれ、繋がった。シュナイダーが『マジごめん!』だそうだ』
「マジムカつく」
「さあ、シュナイダーと手を取り、力を合わせて、トランドルを懲らしめましょう!」
ちょっと話を聞いてないうちに何がどうなった?
マリベルが手を観客席のガードナーに差し伸べた。
「……兄に、母を殺された。何故手を取らなければならない?」
ガードナーが抑揚なく尋ねる。
ガードナー、魅了されてない。かかと落としの効果?
違うか。目の前で母親殺されて、父親攫われたらどんな人間でも正気に戻る。セシルの瞳にも……悔しさしかない。
「だ、だって、王妃もシュナイダーのお母さん殺したんだよ?おあいこでしょ?そもそもあの王妃、私がガードナー狙いの時マジでウザかったし!」
「母が殺人を犯していたとしても私刑していいわけではない。公正な聖女様のもと裁判にかければよかったのだ。キミは殺されたから殺していいという考えの人なのか?先程は話し合おうとか言っていたけれど」
「だって悪い奴なら死んでしょうがないじゃん!例外だよ例外!」
「そもそも何故トランドルを懲らしめる?トランドルは完璧に中立を保っていた。前領主エルザ殿は領地を手堅く治め、国への税の滞納もなく、叛逆の意思もなかった。ましてエルザ様は前大戦を勝利に導いた英雄。エルザ様の戦略があってこそ我々の今の平和があると、戦史の授業でキミももちろん習ったはず。その、誰からも尊敬されるお方を君は呪い、殺そうとしたんだ。争いの原因は君だ。自分は前領主を殺そうとしたくせに、傷つけあうなと言う。自分が戦争をけしかけながら、トランドルを悪という。君の言うこと、全く理解できなくなった。セシルの言う通りだ」
ガードナーには十分に考える時間があったようだ。ガードナーは昔から従順過ぎたが馬鹿ではなかった。
マリベルが声を張り上げる。
「トランドルは悪に決まってるでしょう?この私を、何日も牢に繋いだのよ!私の聖獣との出会いのイベントを潰したの。それだけで罪よ!私の邪魔をする奴なんて、死んで当然よ!」
「それでは、私も死んで当然だということだね?」
「ガードナー、ガードナーは私の邪魔なんてしないもの。私を愛してるって言ったじゃない。私の味方になるために、今日は来てくれたんでしょう?」
「私がここに来たのは、来なければ、誘拐された父王を殺すと脅されたからだ」
「ああ、王様ね!可哀想に、王妃にやられて意識不明でベッドで寝てるわ。おいたわしいこと」
「……君はそんな、囚われて、ここにトランドルを引っ張り出すための餌として使われている王……人間を助けてやろうとは思わなかったのか?君は昔、自分の光魔法を誇らしげに語っていただろう?尊厳を守ってやろうとか考えないの?」
稀有な光魔法、小説ではそれを巧みに使って傷ついた仲間を癒してた。治癒魔法を大幅に凌駕する反則?な魔法。欠損した四肢すら再生させる。学院に光を教えられる教師はいないはずだけど、どの程度の練度だろう?使いこなしているとしたら敵として厄介だ。
「へ、なんで私が?私も忙しいのよ?全然、決まったとおりにキャラが動かないんだもん」
「聞いてるこちらが泣きそうだわ」
顔を歪めるガードナーを見て、ササラさんがポツリとこぼす。
「それに何かしら……あの女性から、気持ちの悪い風が吹いているんだけど……」
それはきっと、ササラさんの聖女スキル〈破邪〉が関係していると思う。
もういい。私はセシルにガンを飛ばした。いつでもどこでも心のどこかで私を意識しているセシルはサッと私に敬礼し、ガードナーを後方の後ろに座らせて、自分が盾になるべく王子の前に立ち塞がった。
さて、覚悟を決めてファーストコンタクトだ……怖いけど。
私はゆっくりとマリベルの前に歩みよった。頑張れ……私!
「はじめまして、お嬢さん。ここにいる魔法学院じゃないもの全員、あなたが何者なのかわからないんだけど、自己紹介してくださらない?」
「あ、あ、あ、あんた、元祖悪役令嬢のセレフィオーネじゃない!なんでココで現れるの!?続編なの?」
マリベルがピンクの目を大きく見開き、私に向かって指を指す。
「あら、私のことはご存知なのね。ではあなたのことを教えて?」
「わ、私はマリベル。この学院の4年生! えっと……あれ?自分で自分のこと言いようがないわ!とにかくシュナイダー殿下と協力して、この国を愛に溢れる国に変えていくわ!」
観客席がざわつく。何故一介の学生が、国を変える?皆の顔にクエスチョンマークが浮かんでる。
「あなたはシュナイダーの代理なの?学院の生徒さんが私になんの用かしら。それにしても、先程の話を聞くに、我々の敬愛する、トランドル全ての民の母である前領主エルザを襲ったのはあなたってことね。我々の前に立つ勇気だけは賞賛するわ」
「そうでしょう!あのおばさんおかしいのよ。主人公の私がせっかく聖獣ゲットするとこだったのに邪魔するんだから!」
賞賛するってとこしか聞き取ってもらえなかったようだ。はあ。
「あなたの言うこと、サッパリ分からない。まあいいわ。私はあなた方に脅されて、正々堂々と?戦うためにここに来た。あなたが相手でいいようね?エルザの仇、取らせてもらいます。行くわよ!!」
小説ありきのマリベルの発言、私以外は100%理解できないだろう。
私はサッと袖口から手裏剣を抜き、手首をスナップさせマリベルの顔スレスレに三枚投げる。
ザンッ!ザンッ!
「きゃーあ!あ、あんた、主人公傷つけるとか信じらんない。」
ザンッ!
マリベルの頰の皮一枚切る。かすり傷。
……防御もかけてない?全魔法のくせに?
「ひ、ひっどーい!カインー!ハリー!この女が私をいじめるよー!」
「ま、マリベル!うわっ!」
金縛りをかけて、ワンコ達の足を留める。
「覚悟はいいわね。お嬢さん?」
「い、いいの?王がどうなっても!私を傷つけたら、シュナイダーが殺すかもね!」
……これでマリベルが王を誘拐し、王を盾にトランドルを服従させようとしてるって構図、一応完成です。観客席の皆様、この見た目ポヤポヤの可愛い女の子がとんでもないこと言ってるの、もれなく聞いてくれたよね。
「ヒドイ……我々の王を人質にとるなど……何たる非道……」
私はフラリと身体をゆらす。姫っ!とコダック先生が支える。
「敬愛する王を殺す?こんなカワイイ顔をして、なんて悪魔だ……くっ、我々善良なトランドルは王の身に危険を侵すことなどできん。どうせ何か条件があるんだろ?早く言え!」
ササラ姉さんも聖女のスパルタ特訓の末、ギリギリ棒読み女優ですが何か?
結局のところ、王を取り返したい以上、いきなりマリベルと戦うわけにはいかんのだ。王を安全な場所に移してから、全力で行く。
ということで、マリベルにペラペラ話してもらって、見た目天使の彼女の本性を出来るだけギャラリーに知ってもらうお芝居でした。世論を味方につけるのが、少数精鋭のグランゼウスの戦い方。ね、パパン!
もちろんガードナーはお芝居なんかじゃ……なかったけれど。
「す、すごい美形の男装騎士!オス◯ル様?え、えっと、そうそう。こほん。私はね、出来るだけ穏便にこの争いを済ませたほうがいいと、思うの。それでね。せっかくココ、スタジアムだもの!お手紙にも書いたけど、正々堂々、双方五人出して、勝負しましょうよ!ねっ!」
ウインクするマリベル。場内水をうつ静けさ。
「あれ?私いいこと言ったよね」
「あれがお手紙?脅迫文でしょ?」
小声でなお迫力のある、姐さんの声が観客席から響く。
「……全く双方にとってのメリットが見えないが?」
コダック先生が私を支えながら、低い声で聞く。
「えー?メリット?あなた達が勝ったら王を返してあげる。」
「王を返すか。ただの、何の経験も実績もない学生が、すっかり一国の王を所有物扱いだな。おかしな話だ。で、お前らが勝ったら?」
「もちろんトランドルに謝ってもらうわ。そしたら許してあげる!ふふふ。私って情け深いでしょ?」
「……貴様が許しても、シュナイダーは許すのか?」
「もちろんよ!シュナイダーは私の願いを全て聞いてくれるもの!」
「そんな不確定な約束で、停戦できると思ってるのか?」
「おっさん、あったまにきた!シュナイダー!私の言うこと聞いてくれるよねー!」
マリベルは西側のフィールドの入り口を振り向いた。
シュナイダーは入り口ドアに寄りかかっていて……どうやら始めからそこにいたようだ。自分とタール様に幻術をかけていたのか、私達にかけていたのか……気がつかなかった。
ゆっくりとマリベルに向かって歩み寄り、マリベルの肩を抱く。
「カワイイ君の頼みだ。断れるはずがない」
「シュナイダー!あなたが一番この物語をわかってる!」
マリベルがシュナイダーの腰に巻きついた。
好きなようにさせたまま、シュナイダーは私に向かって肩をすくめてみせる。やっぱり腹がたつ。
私は、先生に預けていた身体を持ち上げた。
「シュナイダー、そこのお嬢さんの提案した団体戦に勝利すれば、王は返してくれるって本当?」
シュナイダーは少し顔色を変えた。
「セレフィオーネ、私はこれまで嘘をついた事はない。嘘や裏切りはあの女の得意とするもので、私が最も憎むものだ」
「マルシュにいる頃から、だまし討ちを何度も食らってる身としては、頷けない」
「あれは私の意志ではないし、あれくらいの奇襲は想定内だろう?」
シュナイダーは確かにその口でウソを吐いたことはない。なんせ彼はいつも鑑定結果、青なのだ。彼の狂気じみた行動は常にまっすぐ、常に本気。
「……シュナイダー、大将戦はあなたと私よ?OK」
「ふふふ、自信満々だね。成長した手応えがあるのかな?セレフィオーネとのデート、楽しみだ」
「はあ、ようやく私の思ってた展開になった!では一回戦は、双方学生二人組で開始しまーす!」
マリベルが両手を口元に当てて拡声器に見立てて、アイドル風に可愛らしく叫び、ピョンっと両膝を折り曲げて、跳ねた。
次の更新は週末です。




