114 真昼の騎士団四姉妹
◇◇◇
三女アルマはどうやらダンジョンの最奥でドラゴンに捕らえられているようだ。王国の兵士達はダンジョンの中の魔物の凶暴さに、早々にサジを投げ、我先にと撤退した。
そして愛するアルマを己の手で救出すると颯爽と現れたダメダ王子もドラゴンの瘴気であっけなく失神し、兵士が回収していった。
今、ダンジョンの入り口に佇むのは、長女エリス、次女ササラ、そして四女のセレフィー三人だけ。
ダンジョンの中からは血なまぐさい匂いと、男とも女ともわからない、悲鳴が切れ切れに響く。
「二人とも……今度ばかりは命の保証がない。私がなんとかする。二人は……戻りなさい」
エリスが妹達に小さい声で、しかしキッパリと言う。
「バカな!エリス姉さんを一人で行かせるわけないでしょう!?」
「そーだそーだ!」
「アルマを心配するのはエリス姉さんだけではない!そして、私達はエリス姉さんのことも大事なの!何故わかってくれないの?」
「ササラ……」
「そーだそーだ!」
エリスは空を見上げ、涙を堪えた。
「二人とも、ごめん!私が間違ってた!私が思い上がってた。一人で行くよりも、三人で行くほうが救出の可能性も脱出の可能性も格段に上がるわね!」
「そーだそーだ!」
三人は力を合わせ敵をなぎ倒しながらピラミッド型のダンジョンを登っていく。40階を超えると一気に敵が手強くなった。
41階、巨大なトカゲサラマンダーとの戦い、水魔法を駆使し勝利を収めるものの、エリスは大ヤケドを負う。
42階、人型の吸血鬼との戦い、ササラは火魔法と剣技で首をはねるも、死に際に幻術をかけられる。
43階、巨大なゴーレムとの戦い、セレフィーは巴投げで遥かな地上に投げ飛ばすも、硬い地面に盛大に腰を打ち付ける。
満身創痍になりながら、三人はようやく最上階にたどり着いた。
「アルマ!」
「アルマ!」
「アルマちゃん!」
アルマは焦げ茶色の巨大なドラゴンの左手に、握りしめられていた。
「エリス姉さん!ササラ姉さん!セレフィー!なんで、なんで来てしまったの!?」
「見捨てる訳ないでしょう?」
「待ってて、直ぐに助けるから!」
「そーだそーだ!」
ドラゴンが不敵な笑みを浮かべ、猛火を吐いた。
ゴォーー!
三人は瞬時にジャンプし、エリスは水魔法で消火しようとする。しかし先ほどのヤケドが原因で思ったほどの威力が出ない。
「姉さん!」
ササラが慌ててエリスと手を繋ぎ、足りない魔力を注ぎ込む。
「ササラ、ありがとう!おっと」
幻術のせいでふらつくササラをエリスが後ろから抱きとめる。
目を潤ませて見つめ合う二人……
消火するや否やセレフィーがジャンプし、アルマを握りしめるドラゴンの腕をいきおいよく蹴り上げた!
「せいやっ!」
「ぐほぉ!」
ドラゴンが体勢を崩し、後ろに仰け反る。指の力が緩んだ一瞬の隙にアルマはスルリと脱出した。
「アルマちゃん!」
「セレフィー!」
二人はひしっと抱き合い、頬を寄せあって、涙声でよかったと囁きあった。
「アルマ、動ける?」
「もちろんよ、ササラ姉さん!」
「ようやく揃ったわね!行くわよ!…………我ら!」
エリスが右手をビシッと天空に上げる!
「騎士団!」
ササラがその場でクルリと周り、両手を広げる!
「「四姉妹!」」
姉エリスササラの両脇で、アルマとセレフィーが片膝をつき、両手をドラゴンに向けた。
「エクストリームラブビーーーム!!!!」
エリスから青の、ササラからは赤の、アルマからは緑の、セレフィーからは白の光線が発射され、その4種の光はぐるぐると縒り合わせられ、何十倍もの威力に膨らんだところで、ドラゴンの胸にぶつかった!
「ぐ、ぐはああああ!」
ドラゴンは苦しみ悶えながら、灰色の煙となり、拡散して消えた。
「「みんな!」」
「「姉さん!」」
苦しい戦いを終えた四人は互いの無事に感謝してギュッと抱き合った。
そんな四人を廊下の片隅から見つめる黒い影があることに、気づかずに……
騎士団四姉妹 8巻につづく
◇◇◇
トランドルギルドから走って15分のありふれた本屋で、私は気を失いアルマちゃんに介抱されて、目が覚めた。
おばあさまとの地獄の特訓でも、シュナイダーとの死闘でも、失神なんてしなかったのに……ぐぬぬ、不覚!
『……トッテモ オモシロイな』
ルーが薄ーいシラケーた目をしてアクビをする。
「はあ?ちょっと!アルマちゃん!なんで私こんなおバカ脳筋キャラなわけ!?」
「私だって納得いってないよ。毎度毎度、いっつも攫われるの私なんですけど!」
私はもう一度、そのトンデモ本をペラペラとめくった。
「なんか、挿絵、本格的だよねえ。ねーさん方とアルマちゃん露出度高くてちょっとエロくない?男子対象のサービスショット多すぎ!」
「それ、何回も抗議してるんだけど、読書アンケートの結果ですとか言って、聞き入れてくれないの!」
「でも、なんで私だけうさぎの着ぐるみにウサミミなの?」
「魔王と陛下が怖いから、ネルソン先輩が自主規制したってさ」
「はあ?ウサギよりも本の中だけでもセクシーボインちゃんになりたかったよ!そこの店主!ネルソン先輩呼んでこーい!断固抗議する!!!」
「セレフィー、ここの本屋さん、ただの小売の一軒でしかない。ネルソン先輩ここに詰めてないから。このシリーズ、ジュドール中の本屋で売られてて累計50万部突破してるから!」
「この、本が売れない時代にぃ!?」
私はとりあえずシリーズ全冊大人買いし、アルマちゃんとギルドに戻った。
「あら、セレフィーちゃん、それわざわざ買ったの?ギルドで全巻貸し出しできるのに」
私はゴンっとテーブルに頭をぶつけた。
「ララさんもひょっとして、これ読んだ?」
「当然じゃない。トランドルの民で読んでない奴なんてモグリよモグリ!」
まじか……
「ひょっとしておばあさまも、読んだ??」
「エルザ様、10巻で記念寄稿してるし」
「公認かよ!」
「なんでエリスさんとササラさんは見逃してるの?」
「神殿は聖女が慈悲深いだけでなく、民にとって親しみやすい存在になるのなら良しだって。ササラさんのほうはマードックが印税の2パーセントを生涯孤児院に寄進すると一筆書いたから、ゴッドマザーが堕ちた」
聖女の啓蒙活動に甘んじて利用され、ササラさんが決して反発できない孤児院トップを堕とし……
マードック!貴様とはいずれサシで話さねばなるまいな!
『でもでも、みんなでポーズ決めるのカッコイイ!みんなでビームも面白いねっ!』
ミユたんがこっそりワクワク耳打ちする。ミユたん案外こんなテイスト好みなの?決め台詞言いたいのか?ヘビなのに?私以外聞こえんぞ?そうなると私一人で浮かれてるようにしか、ハタからは見えないぞ⁉︎
『セレちゃまと私の合体技の前に、このポーズ入れようよ!』
「やだよ。いくらミユたんの頼みでも。恥ずかしい」
『うーん、レンザしか知らないキラマ様の秘密をこっそり教えてもらう権利でどう?』
「乗った!ミユ様!私、なんでもします!」
『お前ら……そろそろ特訓しろ……』
ドアが開き、風が通る。
「ふあーあ、ただいまー!雹害の作物、全部燃やしてきましたー!疲れたっーて、え……」
火薬の匂いをプンプンさせた男が、ギルド玄関から入ってきた。
いつも明るいオレンジの髪、私の希望のビタミン。
私を最初っから、見くびらず、特別視もせず、同等の存在と受け止めてくれた、親友。
「っ、ただいま!ニック」
「セレフィー……」
ニックはすっかりトランドルの男らしく、身長190センチには届いている。手から、いつもの、またボロボロに戻っている片手剣がカランと落ちる。その大男の焦げ茶の瞳から、唐突にボロボロと涙が溢れる。
私はガタッと椅子を倒し、泣いてるニックに走って飛びかかってしがみつく。背伸びして指で涙を拭う。
私だって、そんなニック見たら泣くしかない……
そんな私を上から覗き込み、ニックも私の涙をザラザラとした働き者の親指で拭う。
「セレフィー……ごめん、ごめんなあ!俺、俺、全然役に立たなくて、ごめんなあ」
ニックの涙が私の額にポタポタ落ちる。
「ごめんなあ……友達なのに……ごめんなあ……」
ニックは全くわかってない。
私と最初に友達になってくれたこと。ずっと友達でいてくれたこと。今も友達と言ってくれること。
それが私のどれだけ役に立っているのか、どれほど支えになっているのか、バカだから全然わかってない。
「ニック……私は強いんだよ⁉︎」
「知ってるよ!でも、それと、これとは、別だろう?」
私のバックグラウンドなんて知らずに、戦って気があって友達になってくれた。
貴族であるうえに、領主となり、隣国の皇妃になりそうな私を友達といい、友達なのに力になれなかったと号泣する男。私をタダのセレフィオーネにしてくれる、タダの友達。しがらみも、損得もない、タダの優しい親友。
「お前は……俺の最初の、大事なっ、友達なんだから……」
だから私は遠慮なく頼るのだ!
「ほんとだよ!うううっ!ニックぅ!次は絶対絶対絶対助けてよ!ううううぅ………」
私はポケットから宝物を取り出して、パシッとニックの手に押し当てる。
銀河が流れるガラス玉を見て、ニックはクシャリと顔を歪める。
「うん、うん頑張るよ、俺!まだまだっ、うっ、強く、なって、グスッ……」
私とニックの後ろから、アルマちゃんがしがみついてきて、静かに泣いた。そして、
「おい、俺も入れろ!ばかやろう!」
奥から出てきたコダック先生がそんなただの教え子三人を、腕を広げて大きな胸の中に大事に大事にしまい込んだ。
ニック推しです。




