111 ますますヤバくなっていました
「殿下、私のこと大嫌いなのはわかるけど、なんでおばあさま狙ったの?このフェアじゃない仕打ち、元日本人としてありえない!私、ブチ切れてんだけど?」
「おや、言葉が乱れて日本風だ。そうか、セレフィオーネもJKか?かわいいね。それにしても何を言っている?私はこの世で1番君のことを大好きだし信頼している。だってそうだろう?君だけが私を理解し、君の行動だけは私も理解できる。大嫌いっていうのは……あそこのバケモノのことだ」
毛虫でも見るような目で、王妃の椅子で失神したまま取り残されている、前王妃を見て、ツバを吐く。その横の玉座では、ガードナー王子とセシルがブルブル震えながら、何も映さない目でボンヤリと佇む王を守っていた。逃げられなかったのか……父王のために残ったのか……
「王様のアレ、殿下がやったの?」
「……いや、知らん。そもそも私は弟が生まれた7歳以来そいつに会えなかった。そうか、哀れなものだ」
……鑑定!
青く光る。
シュナイダー・ジュドール (タールナイトの使役者、ジュドール王国第1王子)
状態: 良好
スキル: 全魔法 植物操作 転生者 苦労人 復讐者
嘘ではないみたい。全魔法かあ、私同様新作魔法もはいるんだろうんな。高レベルの治癒も使えるよね。
「殿下なら助けてやれんじゃないの?」
「母上を守らなかった男を助ける義理などない。だろ?まあでも、その様子じゃ手遅れだろ……脳の修復などできない」
殿下は肩をすくめて見せた。
遠くの方で人の気配がすると思えば、雨のように矢が降り注ぐ。勇気ある近衛隊がシュナイダーに向かって離れた鐘楼から放ったようだ。シュナイダーは私から視線を外さず、それらを燃やし、塵にした。
「近衛って、私を守ってくれたこと、一度もないよね。そいつと同じだ」
シュナイダーは今焼き払った矢とそっくりの火矢を火魔法で無数に編み出し、自分を攻撃した近衛隊に即座に返した。鐘楼が一気に燃え上がる。
私は一つため息をつき右手のひらからミユたん直伝の鉄砲水を放つ。10秒ほどで鎮火したものの……被害者出ただろうな。
「場所とかさ、考えないわけ?殿下の火がドンドン延焼して、無関係の殿下シンパの民だって被害被っているんだけど?」
「うーん、思ったよりぐちゃぐちゃになって足場が悪いね。じっくり話せない。今日で全てケリをつけようと思ってたんだけど、出直そうかな?」
「ねえ、私、ブチ切れてるって言ったよね?逃すと思ってんの?」
「信じる信じないは別だけど、トランドル領主襲ったのは私じゃない。まあ彼女のおかげで事態が動いたことは歓迎するけど。とりあえず場所移そうか?でもその前に……」
シュナイダーは胸元の赤いバラを引き抜きキスをした。
アスが警戒し、上空に飛翔し、ルーが私の前で唸り、体勢低く構える。胸に収まったミユが私とお父様に見えない水膜を張る。
しかしバラは一気に蔓が伸びて地面に落ち、私達の方ではなく真っ直ぐに気絶した元王妃クラリッサの元に這い進む。
「は、母上!」
ガードナーが慌てて母親の元に駆けつけて片っ端蔓を切り捨てる。でも全くスピードが間に合っておらず、あっという間に蔓はグルグルとクラリッサにミイラの包帯のように巻きついた。緑の蔓には白い包帯と違い……棘がある。
「ギャー!!!」
恐ろしい断末魔と共に……じわじわと床が血で赤く染まる。
やがて声が消え、瓦礫の崩れる音のみが辺りに響く。
「セレフィオーネ、ほら、私は自分の手を汚しているよ?」
「…………」
脚を踏ん張る。お父様が険しい顔でそっと私の腰を支える。
王妃はきっと、何十、何百という人々を陥れている。側妃様を毒殺しようとし、王にも手をかけた極悪人。だけど……目の前の光景、当然だとか思えない。
「うわーーーーあ!」
ガードナーが喚いた。
「何故、何故ですか!兄上!私は強き兄上のこと、幼き頃より尊敬しておりましたのにーー!」
シュナイダーがガードナーを、何か不思議なものを見た、というような顔をして、首を傾げた。
「ガードナー、君は野菜と……青身の魚が嫌いだろう?」
「な、なんなんですか!こんな時に!うっうっ……」
「何故私が君の嗜好を知っているかというとね、私と母の食事は幼い君の食べ散らかした、残飯だったんだよ。それも、数日たった、腐りかけのやつね……豚同然の奴らにはこれで十分なんだとか言って。たまにはご丁寧に毒まで混ぜてあったよ」
「……え?」
「監視の目をかいくぐり、自ら狩りにいけるようになるまで、私たちはそれで生きてきた。君が贅沢にちょっとかじっただけのものをたくさん食べ残してくれて、ありがとうと言ったほうがいいのかな?」
「ウソだ……」
「尊敬?君は尊敬する相手に、自分の食い残しを食べさせるの?」
「違う……」
「君は私の母、先に王の妃となった女の名を知ってる?」
「……」
「自分と母親が殺した女の名前すら知らないの?下賤な名前なんて興味なかった?無知は罪だよ、ガードナー。私のこの人格は君も作ったんだ」
「ウソだ……」
ガードナーは母親を覆う蔓を剥がそうと、握りしめたまま、動かなくなった。
重篤だと言っていた、殿下のお母上は、天に召されたのか……
殿下のストッパーはもはや何もない。
シュナイダーが私達の方を見つめる。
「なるほど、西と南の御方以外の、大いなる柔らかな魔力を感じる。聖女が契約したという噂、本当だったのか……皇帝に続き、またもセレフィオーネの身内とは。全く君は運がいい」
「運だと思いますの?」
瓦礫の崩れる喧騒の中、エリスさんの凛とした声が響いた。
「?」
「私はセレフィオーネほど日々努力している人間を知らないわ。それは力に限ったことではない。身の回りの人々を幸せにしようと、陰に日向に動いている。聖獣様に愛されるのは当然でしょう?」
「私の努力不足だと言いたいの?」
「あなたはセレフィオーネだけは信じられると言った。ならば、あなたはセレフィオーネに縋ればよかったのよ。助けてくれと。争いに巻き込んだり攻撃するのではなく!もっと真剣に人と関わらなければならなかった。成長し、力をつけた後ならばそれが出来たはず」
エリスさんは私が彼を救済できたと思ってるの?……とんだ買いかぶりだ。シュナイダーには私のような悲惨な前回の記憶はないようだけど、今世ではおいそれと同情などできない苦痛を味わっている。それに私はそんな彼から全力で逃げ回っていた。
『セレ……気に病むな。あれがねじれたのはセレのせいなどではない。そもそもセレは幼子だったのだ』
ルーが私の腰に頭を擦り付ける。
「聖女よ……君の心は美しいな。ふふふ。優しい聖女様、私を次期王に任命してくれないかな?」
「無理です。あなたは王として守るべき自国の民を殺しすぎた」
「こいつらもたっくさん殺してると思うんだけど?」
聖女様が顔を歪める。
「まあいい。死んでなければやっぱりそいつが王だ。そいつを今回は戦利品として預かるよ」
「あ!」
シュナイダーのバラの蔦がクラリッサの元からブツリとちぎれ、あっという間に王に巻きついた。そして一気に蔓は縮み、シュナイダーの元に風船のように引き寄せられ、空にプカプカ仰向けに浮かぶ。
「父上!」
『……棘は出ておらん。今のところ無傷だ』
上空のアスの声が頭に響く。
私は出来るだけ冷静に見えるように気をつけながら、気持ちを入れずに問いかける。
「……正直、私、初対面の王を人質に取られても、痛くも痒くもないんだけど。王妃様に復讐し、王もそんな塩梅。一応あなたの復讐は成就した、でいいんじゃないの?」
「まさか!私の恨みがこの程度で晴れるとでも?母がどれだけ苦しんで絶命したか!それに、セレフィオーネは私にトランドルの報復をしないとマズイだろ?それに少し、スパイスをきかせようと思って。言葉の通り、王を巡る争いってこと。なんやかんや言っても、君たちの可哀想な王様が切り刻まれることなど、望まないはずだ。聖獣に愛され、正義のトランドル領主である、お優しいセレフィオーネちゃんは!」
「私はジュドール王位になど興味ない!待ちなさいよっ!」
「待つよ、セレフィオーネ。デートの場所と時間は追って連絡するよ。あんまり短慮なことしないでね。じゃないと、じわじわとコイツ、いじめちゃうから。大人しく待ってて?」
ピカッと神々しい光が射し、タール様のシルエットが見えた。その光が消えたとき、シュナイダーも消えた。
「シュナイダー!アス!追って!」
『深追いはならん。こちらの戦闘準備は完璧ではない。シュナイダーが引いたのだ。こちらも一度体制を整えよ』
『タール……』
ルーがタール様の残像を見つめ続ける。
「くっそーぉ!」
逃した!
「う、う、うわーーーあ!」
一瞬で両親を奪われたガードナーが、泣き崩れた。
いつもお読みくださりありがとうございます。
シュナイダーが勝手に退却したところでお休みをいただきます。
『カレン先生』の連載が終わりましたら、再開予定です。(概ね三週間?)
今後ともよろしくお願いします (*^_^*)




