109 アルマちゃんと再会しました
「ふふふ、ねえ、トランドル領主様?マクレガー侯爵令嬢と随分と親しいと調べはついていますのよ?義を重んじるトランドルですもの。マクレガー侯爵令嬢をお見捨てになどなさいませんよねえ?」
王妃様がアゴで合図すると、アルマちゃんを捕まえている男がアルマちゃんの頰をパンっと張った。アルマちゃんの頰が赤く染まる。
「なんてこと…」
どうやらあの男はアルマちゃんとセシルの長兄のようだ。
『アルマを……人質にとったつもりなのか?』
ルーが信じられないものを見た!という顔をしている。
『何かあの拘束には特別な術やら……捻りでもあるのか?……ないな』
アスが首を傾げる。
『妹殴るなんて、クズだね』
常に頑張る女子の味方であるミユたんの目がピカッと光った。もう知らん。
久しぶりのアルマちゃんは上下黒の体操服用に私が仕立てた動きやすい普段着。学校でラチられた?若草色の髪は伸びて、後ろで一つに結んでいるものの、キャラメル色の瞳は優しい光を帯びたままで、なんにも変わっていなかった。
「アルマちゃんどうして?」
アルマちゃんが殴られた頰を気にすることもなく、へにゃりと眉を下げた。
「だって、こうでもしないと私は弱いからセレフィーに会えないもの!」
「さあ、トランドル領主様?我々の仲間に加わっていただくということでよろしいわね。全く手間をかけさせて、困った子供だこと!」
「アルマちゃん……サンキュー!もういいから」
「うん!」
ブチィッ!
アルマちゃんはあっという間に縄を引きちぎって跳躍し、私の隣に降り立った。
「アルマちゃん!」
「セレフィオーネ!」
私達は……ぎゅうーっとぎゅうーっと抱き合った。ああ…私のたった一人の女の子のお友達。今でも親友でいてくれた。
「心配したよ……セレフィー……」
「ゴメンね……アルマちゃん」
「アルマ……お嬢に会いたくて痺れを切らしたのか?大人しく待ってろって言ったのに。全く」
コダック先生が剣を握っていない左手の人差し指を軽くトンっとアルマちゃんの頰に当てて治癒魔法をかけた。
セシルが冷たい視線を近衛団長に投げかけた。
「兄上、アルマは仮にも騎士学校学生ですよ。それも最高学年。そしてトランドルのブロンズランカー。その程度の拘束から逃げられないと、本当に思ったのですか?」
「いや……だが、アルマは……女だ……うああああ!」
団長は奇声を上げてその場に昏倒した。どうやらミユの呪いが発動した様子。ミユたん、あんだけパパに怒られたのに、全く自重してないねっ!
「団長!なぜ縄を緩めたの!ああっ、もう!皆の者、トランドルを捕らえよ!」
『セレ、もう黙らせよ!長居は良くない』
アスがウンザリと言い放つ。
私はアルマちゃんにコダック先生とササラさんの間に下がってもらい、片手を頭上に上げ無数の風を集め、主催者とギャラリー全ての額に投げつけた!
ビシッと空気が止まる。私の身内以外は誰も動けない。
新作魔法〈金縛り・改〉、以前のセシルで学んだ気持ち悪さを踏まえ改善した。直接触れる代わりに風に指先の延長になってもらい、離れた相手でも術をかけられるようになった。
「ここにいる皆様、全て、私を捕縛しようとした、それを見て見ぬふりをした。トランドルの敵とみなしていいのね」
ゆっくり全ての顔を覚えるように視線を動かすと、一人の男が金縛りのなか無理矢理四肢を動かして前に出た。
「バース侯爵だよ」
パパンが小声で教えてくれる。
バース侯爵。革新派の筆頭。王妃の後ろ盾。
「王妃様……トランドルをもし仲間に引き入れることが出来るのであれば上々の首尾であった。しかし、トランドルを脅し従わせようとするなど……悪手中の悪手。あなたは一体いつからこのように愚かになられたのか……あなたは眠れる獅子を起こしてしまった」
獅子じゃなくて虎だけどね。
「セレフィオーネ様、政のアレコレはさておき、一人の親として、あなた様にお礼を言わせて欲しい。ありがとう」
「身に覚えがありませんが?」
「私はイザベラの父です。あなた様のお陰で娘は肩身の狭い思いをしないで済んだと聞き及んでいる」
「イザベラ様の……お元気ですか?」
「ああ、ますます美しくなり、自慢の娘だ」
「それは……よかった」
娘を思い浮かべ微笑む様子には嘘は見えない。
「私は色々と薄汚い男だがね、家族が受けた恩を仇で返すほどのカスではないのだ。そもそもこの痺れる覇気、セレフィオーネ様に楯突く力などありはしない。たった今、バース侯爵家は王家とトランドルの諍いにおいては中立を宣言する」
「バースー!何を言っているの!あなたのために、私がどれだけ便宜を図ってきたことか!」
「まさしく。しかしそれはお互い様。貸しも借りもありますまい」
「……それはいささか都合が良すぎるのでは?」
お父様が静かに声を上げ、私の前に出る。
「侯爵様は王妃殿下の後ろだてとなり、第2王子を押すものとしての第1王子との間に軋轢を作った。それ故に我が娘は第1王子からの攻撃を受けて死にかけた。あなた様は原因の一端を担っている。今更中立もありますまい」
「よもやセレフィオーネ嬢を神聖な学校で殿下が襲うなど、想像できるはずもない。人間は過ちをおかすものだろう?伯爵。謝れというのなら、頭を床に擦りつけても構わんが?」
「イザベラ嬢が同じ目にあっても、そのように言えようか?私は二年以上も娘と離れ離れになったのだ」
「セレフィオーネ様、私の判断ミスで、申し訳なかったね。セレフィオーネ様はお優しいゆえ、イザベラが路頭に迷うようなことはされぬだろう。」
イザベラさんのことを感謝してるのも事実。そのコネクションを有効に使って私にうまく取り入り立ち回ろうとしているのも事実。めんどくさい男だ。とりあえずどんどん変わる状況をマメに蝶々で飛ばす。
「あ、あなたたち、いい加減になさい!ガードナー!この無礼者共を縛り上げよ!」
場が混迷を極める。思い通りにいかずイライラを募らせる王妃、ずる賢く保身に走るバース侯爵、私の受けた仕打ちに対する怒りを静かに吐き出してきたお父様。オドオドと身じろぎもできぬまま、様子を見守る宰相はじめ高位貴族たち。
私は喧騒の中、王を見上げる。
やはりあなただ。あなたがしっかりしていれば……あなたは付け入られる隙も作ってはいけなかった。あなたの言うことは誰しも従わざるを得なかったのに……
前回のあなたは、一応機能していた。何故今世では人形になってしまった?やはりシュナイダー殿下が動いたから、王妃サイドが過敏に反応したということ?
「王命よ!」
物思いにふけっていた耳に甲高い王妃の声が入った。
「皆の者、トランドルを捕らえよ!トランドル以外は皆王家への絶対の忠誠を宣誓しているでしょう!
今こそ裏切り者でない証拠を示しなさい!王家を裏切って、この国で生きていけると思っているの?」
「王命?」
お父様が唸るような声で聞き返し、王を一瞥して王妃に視線を戻す。
「私は陛下より印璽を預かっている!私の命は王命です!」
「閣議も通さず印璽を使うおつもりか?」
「緊急事態ですもの!」
ここまでこの国は壊れてしまっていたのか……
動けない王妃が動けない家臣に命を出す。滑稽だ。実際痛くも痒くもないので、対処に苦しむ周囲の貴族達をグルリと黙って眺めていた。もう帰ろう、そう決めた矢先、
ズバーン!パラパラパラ……
謁見の間の扉が粉砕した。一斉に皆、顔だけそちらを向く。
細切れになったドアのカケラがホコリをたてて地面に全て落ちると、そこには足首をきっちり曲げて綺麗な上段蹴りの格好のままの、純白の巫女服を着た、バチバチに静電気で輝く……エリスさん。
「「「「「聖女‼︎」」」」」」
信仰の篤いものが、ままならぬ身体を必死に曲げて頭を下げた。
「とうとう……四姉妹集結……」
セシルが呟いた。




