102 ガレは平和でした
「いよいよ始まったようですわね!」
ガレアギルド長オリビエさんが楽しそうに微笑んだ。ガレは好戦的な奴ばっかだよ。
ギルドでトランドルから届けられた書類に目を通す。
ガレアギルドは窓が開け放たれて開放的。広い窓枠にはすべて花の鉢植えが置いてあり、涼しい風が通り過ぎる。私の座っているテーブルにも小さな花瓶と品のいい水差し。女性ギルド長だからなのか?元々なのか?我が母体の脳筋ギルドとはかなり趣きが違う。
そうは言っても冒険者の本質は変わらない。初日に私がオリビエさんを負かしてプラチナプレートをゲットしたのはいつのまにか知れ渡り、自分も戦ってみたーい!という子犬のような視線をビシバシ感じてます。
ガレは思った以上に過ごしやすい。貴族のしがらみも強さには敵わない。トランドルのゴールド持ちゆえの居心地のよさ。弱者には居心地が悪い国だろうけど、弱くとも努力する者達には手を差し伸べる国になると信じてる。ギレンには私を思いやる強さがあるもの。
願わくばギレンやおばあさまのように、本当に強い人の裏方になって、支えになり、生きていきたい。
もちろんルーと世界中を冒険しながら、ね!
目の前に意識を戻す。ジークじいの達筆な字をなぞる。
ガードナー第二王子殿下が帰国するやいなや、シュナイダー第一王子殿下がガードナーがガレと通じ、国益を損なっている、マルシュ同様属国に成り下がるつもりだ。とふっかけた。
ここからは臨場感あふれるジークじいの口語調の報告書をお楽しみください。
◇◇◇
ガ)そんなつもりはサラサラない。あなたが傷つけたグランゼウス伯爵令嬢のご様子を見に行き、婚約を祝ってきただけだ。
シュ)……グランゼウス伯爵家を味方に欲しい、それは当たり前。取り込むために自分のしたことも、お前のしたことも同じだ。ただ自分は他国に頭を下げてまで力は求めなかったが?
ガ)ジュドールの民が幸せになるため必要であれば、私は何度でも他国に赴くし協力を仰ぐ。
シュ)お前はお前の女神、マリベルがいなくなったから、ただ取り返すために力を望んでいるだけだろう。
ガ)いえいえ、もうマリベルのことは若気の至り、キレイサッパリ青春の思い出、兄上との末永いお幸せを祈っております。私には新しい女神が……決して手が届きませんが。
シュ)…………
ガ)ところで兄上は、もし王位に着いたとして、ジュドールをどのような国にしたいとお考えなのですか?
シュ)……ひとまず暗殺されない国だな。
ガ)……私はひとまずはマルシュの失敗から学ぼうと思っております。
シ)いっそマルシュのように何もかもなくなったほうがスッキリするかもしれないぞ?
ガ)マルシュの民は今もって苦労をしているというのに?
バターン!!!
マ)私のために、ケンカはやめてえええ!!!
◇◇◇
『エルザの草なのか、ギルドの隠密特化の冒険者なのかわからんが……凄腕だな。面白すぎる』
えー、以上のような展開で話し合いは決裂。
ガードナー殿下が、先手を打つか出方を待つかモジモジ悩んでいるところに臣下が忖度し、シュナイダー殿下の宮殿に火を放ち戦火の火蓋が切られた。もちろんこの攻撃でシュナイダー殿下が傷ついたなんてことはない。
ガードナー殿下の元には王妃様、革新派の貴族達、魔法士団。
シュナイダー殿下はシュナイダー殿下の魔法に心酔した魔法士団の一部、魔法士団に対し面白くない思いを抱えた軍、そしてマリベル嬢。
それぞれ集い、衝突する。
ガードナーが王都の民に避難を呼びかけ、今のところ人的被害は出ていないが、シュナイダーはガードナー一派の……自分と側妃様を殺そうとした前科のある奴らの屋敷に次々と火を放ち、延焼している。火には火を?
王都の我が家やトランドル邸の心配はしていない。鉄壁だから。でも……
マーカス商会は?アルマちゃんとよくお茶してた喫茶パルパルは?ダンカン親方の工房は?
シュナイダーのバカヤロウ!
ガードナー殿下の圧倒的な数と資金、シュナイダー殿下の圧倒的なパワーとタール様。思いの外拮抗している。魔法士団の建物や軍の基地、奇襲を受けては戦闘が始まる。
まだ内戦は始まって数日だけれども、力のないものはドンドンと倒れ、私達の思惑通り、双方の戦力が削がれていく。
高みの見物をする私。罪悪感がよぎる。
トップだけで一騎打ちしてくれよ、と思う。
でもそれはありえない。ガードナーが弱すぎる。王妃様が許すはずがない。
『セレ、どのタイミングで打って出る?』
「……私の大事な人が怪我したとき」
シナリオがあるわけじゃない。ただ我が家が、友がジュドールにある以上、巻き込まれざるを得ないのだ。その時、私の大事な人を傷つけたやつから順に……叩き潰す。
そしてきっとその先に、シュナイダーとマリベルがいる。
『セレはヤツに、愛する者を守る以外の戦闘行為は行わない!と言い放っていたもんな』
あの死闘の瞬間を思い出す。シュナイダーはどれほど強くなっているのだろう。
『シュナイダーは火で敵をなぎ払っているとあるな』
「氷魔法を見せるほどでもないのか……前世の私のマネなのか……」
自分の手を汚してみて、どう思っているだろう。
なんにせよ、シナリオとほぼ同じ時間に王都が火に包まれている。
『マリベルのことは書かれていないな』
「ジークじいにとって重要人物じゃないもの。今度はマリベルの様子も伝えてってお願いするわ」
ジークじいに労いの手紙を書く。
それとおばあさまにも。
おばあさまとは今もって直接の連絡は取れていない。怒り狂っているという人づたいの情報だけ。
おばあさま……
稀代の軍師のおばあさまの意見を聞きたい。
しかしおばあさまは私の手紙に返事を寄こさない。そこに何の理由があるのか?莫大な力を保持するトランドル領主としての言葉の重みのため?慎重に慎重を重ねていると思っていいの?
健康には間違いない。だっていつかの七夕で願ったもの。他の願いは全部叶っている。
おばあさまは強い。でも強いからといって寂しくないわけじゃない。前世アラサーの私だからこそわかる。
私は、おばあさま好き好き大好きと、手紙を書き続ける……
◇◇◇
『セレ、腹減った』
「はいはーい!」
『セレ、ちょうど夕餉か?』
「アス、狙ってきたくせにしらじらしい」
「セレ」
「わ、ギレン!今日は早かったですね。座って座ってー!今日のご飯はマルシュの味付けで鮭もどき親子丼です。海洋調査の依頼のついでに川に登る前の鮭をこう、グイッと一本釣りしてきましたー!」
「……多才だな」
『セレには東海王者がついてるからなあ』
「サカキさんもアーサーもどーぞどーぞー」
「おー、マルシュのイクラ丼!旬だな!」
「〈ヨーコ秘伝万能だし醤油〉輸入してもらったの!味は保証する」
「姫の手作りの食事を頂けるとは……うっうっ……」
「美味しい?ギレン?」
「ああ、美味い」
『セレの愛が詰まっているからね』
「ア、アスのバカ!いらんこと言うな!」
『照れるな照れるな!』
「ルー‼︎」
『ふふふ、美味しい。マメな奥さんでよかったな、ギレン』
「セレ……ありがとう」
「……うん」
◇◇◇
その夜、トランドル領の領主邸が奇襲を受け、燃えた。
ガレ編、終了です。
次回更新は週末予定です。




