1 聖獣様と出会いました
よろしくお願いします。
寒いと思って窓の外を見てみると、真っ白なボタン雪がフワフワと落ちてきた。
ボタン雪?
3歳の私、グランゼウス伯爵令嬢セレフィオーネはボタン雪なんて言葉どこで覚えたっけ?と不思議に思う。最近こういうことがたまにある。頭を傾げながら窓辺に近づき、背伸びして窓枠を両手で掴んで外の様子を見た。
伯爵家の庭園の広い芝がドンドン真っ白に染まっていくのを、ジッと眺める。雪が積もるなんて物心ついて初めてだ。明日の朝になったらきっと膝まで積もってる。そしたら雪だるま作ろう。お父さまに怒られるかしら?
雪だるま?
まただ。私は空を睨んで考えこんだ。すると外から
サシュッ。
雪を踏みしめる足音がして、視線を戻した。
窓の外のさっきまで真っ白だった地面には点々と赤い模様が増えていて…………その赤い点々の模様の先にとても小さな白いモフモフした何かがうずくまっていた。前足が真っ赤な子虎。
虎?
「あ……あああ!」
私は頭の中に急に流れ込む記憶に愕然としながら、ベッドの毛布を掴み外に駆け出した!
◇◇◇
私は丁寧に子虎……改め聖獣白虎の血を濡れタオルで拭い、右前足の怪我を消毒し、薬を塗り、包帯がわりにタオルを裂いてそっと巻いた。3歳にしては手際良すぎるよね?私もそう思う。さっきまでの私にはできんかった。でもあれこれ思い出してしまった今ならできるのですよ。体が小さい分手間と時間はかかるけど。
「異世界転生ばい……」
私は自分のピンクの毛糸のケープに包んだ白虎様を膝にのせ、頭を撫でながら、かつての自分の言葉でつぶやいた。
私は特別なところは何もなかったけど、自活して、誰にも迷惑かけてない社会人だった。30歳くらいかな?仕事の責任は増え、数人の後輩の指導をこなし、でも後輩は転職やら結婚やらですぐ辞めて、ドンドン仕事量が増え、出会いを見つける暇もなく、一人神経をすり減らしていた記憶が最後。どうやって死んだのかはわかんない。過労死?帰宅時にふらついて事故にでもあったのかな?
そんな荒んだ生活の中で唯一の楽しみは読書。ファンタジー小説を読んで現実逃避してた。そのなかの一つが「野ばらのキミに永遠の愛を」。主人公マリベルは下町生まれ……野ばらだが、強い魔力を見出され特待生として国の最高の教育機関である魔法学院に入学し、魔法の才能を開花させるだけでなく、聖獣にも認められ、その驕らずひたむきな態度に学院の有力な生徒たちが次々と仲間になり……最後には王子と結ばれハッピーエンド。王道中の王道の物語。その王道中の王道の悪役の名前がセレフィオーネ.グランゼウス。王子の婚約者でヒロインに匹敵する強力な魔法使い。
「私ばい……」
前世の記憶ではセレフィオーネは魔法万能なうえ白虎を無理矢理使役して、その力を以てマリベルに立ち塞がる。マリベルはセレフィオーネをやっつけたあと、白虎を解放し、正式な主従関係を結ぶんだよね。私は膝の上でグッタリしている美しい生き物の背をさすった。
多分、このタイミングで私の血を飲ませて意識が混濁してる間に契約しちゃうっていうシナリオなんだろうな。本筋じゃないから小説ではカットされてたけど。でもそれってあながち間違いじゃないんだよね。魔力をふんだんに含んだ私の血を飲めば、一気に白虎は元気になる。3歳児の考えじゃあ上等だよ。血を飲ませた時点では使役しようなんて思ってなかったんじゃないのかなあ。
でも、私はストーリーを知ってしまっている中身アラサーの3歳児。危険は冒せない。私は悪役になんてなりたくない。悪役の末路は塔に幽閉。生涯魔力を絞りとられるためだけに生かされて朽ちる。ヤダ、絶対。
でもこうしてる間にもどんどん白虎様の具合は悪化してる。世界に数体しかいらっしゃらない聖獣が私の膝で死ぬとか冗談じゃない。別のバッドルートが開いちゃうよ。もう、どぎゃんしよう。そもそも白虎ちゃん怪我させたやつ誰よ!
「いたい?」
私はプルプル震える聖獣様をそっと抱きしめた。私の声に反応したのか白虎ちゃんは辛そうに眼を開けた。大きな涙粒がポロンポロンと溢れ、ついお父さまの真似をしてそれをチュッと吸い取った。
一瞬自分の周りが輝いた。……嫌な予感がせんでもないけど気にしちゃ終わり終わり……
まん丸の宝石のような水色の瞳は……色こそ違うけど、前世の弟と似てる。年の離れた弟のお守りをいつもしていたのを思い出した。ヨチヨチ歩いてはパタリと転び、エンエン泣く弟に私は………
「いたいのいたいのとんでけー!とおいおやまにとんでけー」
私は白虎ちゃんの怪我している前足をさすったあと、窓の外に痛みを投げるマネを2、3度した。
「もういたくないよーいいこいいこ」
ほっぺをスリスリして、額にチュっとキスをした。白虎様がおとなしいのをいいことに好き勝手しつつも、どうすればいいもんか途方にくれた。
急に腕の中の白虎様の身体に力が入った。ぐったり感がなくなったので腕を伸ばし、膝に乗せた。白虎様はぱっちり目を開けていた。
『おまえ、なまえは?』
しゃ、しゃべったーーーー!聖獣って喋れるの?声めっちゃ可愛いんだけど!
「セレフィオーネ、です!」
『せれ?おまえのまほうすごいな!おれげんきになった!ありがと!』
パラリと包帯がわりのタオルが解け……そこにはさっき手当した深い傷が……無かった。
へ……まさか……でもあれしかないよね……効いたの……なにこれ、私おまじないチート持ち?
『せれのまほう、とってもきもちい。おれ、せれのそばにいる。いい?』
ダメって言えるの?無理だよね?聖獣に刃向かうなんて死罪?これ使役になるの?ならんよね?無理じいしてないよね?ああん正解わからん!
「えっと……おともだちから?」
『ともだち!』
「きゃっ!」
聖獣様は私に元気に飛びかかり、私の顔をペロペロ舐めた。白虎様の爪が当たり、私の手の甲から血が滲む。白虎様はゴメンとばかりにそこを舐めた。
突如光のリングが頭上に現れ、私と白虎様を取り囲み、ギュっと縛ってパチンと消えた。
さっきも光ってたな…………こんな風だったのかな?俯いてたからわかんなかったけど…………
相互に体液を摂取…………ヤバイ。
私のこめかみを、かつて読んでいた〈マンガ〉さながらに冷や汗がたらりと流れた。白虎様は無邪気にそれもペロンと舐めとる。
ピカッ!
ま、また光った!また輪っかにギュってされた!ワザとじゃないよー!ヤバイよヤバイよ〜!
私は白虎様を床に下ろし、ぐったりと床に手をついた。そんな私を
『せれ?どした?』
白虎様がふわふわの肉球で私の頭をポンポンとたたく。
…………どっちかっつーと、私が使役された?