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9 お金稼ぎ

本日2話目



 ごしごしと雑巾をかけながらチラリと横目でくちばし狼ことキキーモラさんを見る。

 脳内で考えるだけというのに『さん付け』してしまうのはなぜだろうか。


「えっと、ですね、キキーモラさん。今、ちょっと、お耳をお借りする事は、できますか?」


 緊張してしまっているのか、言葉が不自然にブツ切りになってしまう。


「はい。なんですか?」


 キキーモラさんは作業に集中しているのか一瞬だけ目線をこっちによこす。あの視線は俺がちゃんとサボらずに作業をしているか確認したのだろう。

 口を動かす事は手を動かしながらもできるからだ。


「実は、ですね。その、お金を、稼ぐ必要が、ありましてですね。

 できましたら、悪い敵をですね、倒しにですね、行きたいのですが。」

「ふむ。」


 キキーモラさんが手を止め、こちらに向き直る。

 俺も手を止めて、背筋を正す。そして口を開く。


「ぶっちゃけ食費がありません!

 今も掃除しながら、キキーモラさんがおなか減った結果として俺が食われないか不安で不安でしょうがなくて掃除に集中できません。」

「なるほど。」


 キキーモラさんが目を閉じ3秒の無言の時。

 俺は目が渇き、まばたきの回数が増していく。


「ゴブ吉さん!」

「うぇい?」


 ひょっこり顔を出すゴブ吉。その顔は明らかに面倒臭そうな顔だ。


「未登録ユーザーさんは食事が出来ない程にお金がないのですか?」

「あぁ……それな。そうだよ。モンスターコインがなくて昨日の夜からなんも食ってない。」

「ふむ……では、未登録ユーザーさん。あなたは現状を変える為にどのように行動するつもりですか?」


 腕を組んだキキーモラさんが俺に回答を促す。

 俺は再度姿勢を正して回答する。


「あ、はい。

 本日はですね曜日クエストが金属性絡みで、なんだかんだで金になりそうなクエストだったと思うんで、仲間が3人いれば、初級なら問題無く勝てると思うので、できたら全員で、そっちのクエストを回して数をこなしたいなぁと思っております。もちろんメインのゴブ吉依頼もあるんですが、なんせ金の実入りが少ない上に時間だけかかりそうなので、そちらは後回しにしたいと。はい。」

「かしこまりました。では、そのように行動を開始致しましょう。ゴブ吉さん。皆に連絡を。」

「うぇい。」

「有難うございます!」


 思わず頭を下げる。


 よし。なんとか説得できた。流石俺だ。

 しかしなんだ。キキーモラさんも意外と話を聞いてくれるじゃないか。うんうん。




--*--*--



「はっはっは。未登録ユーザー殿よ。そう股間を我にこすり付けないで欲しい。」

「どうやっても無理だっつー話だぁああ! 痛いっ! 弾むと痛いぃっ! お願い! もっと静かに走って!」

「なら仕方ない。我は感触を我慢しよう。はっはっはっは。」


 キキーモラさんの指示により、俺はボナコンに跨り角に掴まりなんとか乗っている。

 キキーモラさんは走ってるし、ツムリンもヌルヌル走っている。ゴブ吉はボナコンの頭の上だ。


 この移動方法は移動時間短縮の為だそうだ。


「いたたたたたた!」



 なんと片道一時間の道のりが15分。

 4分の1の時間で神殿に着いた。


「では、参りましょうか。」

「お願い……キキーモラさん。ちょっと休ませて……股が……」

「仕方ありませんね。」


 股間の痛みを代償に。


 ぐいぐいとチンポジを治すようにいじり、そしてぐっと手で全体を掴むように押さえることで痛みの軽減を図る。

 少し落ち着き、ゆっくりと息を吐く。


 なんだろう。なぜだろう。玉に触れているだけで安心するのはなんでだろうか。男固有の特別スキルだろうか。『玉の安寧』うん。そういうスキルなんだろうな。それか世界の7不思議だ本当に。


 だが……


「……鞍とかあぶみとかいるわ。このままだとマジで男として死んじゃう。」

「え?」


 ツムリンがいい笑顔をした。


「おい、同族になるわけじゃねぇからな。」

「……」


 ツムリンがションボリした。


「大丈夫そうですね。では初心者向けの扉を開きましょう。」

「あ、はい。」


 まだ痛もうが、もうキキーモラさんに逆らう気力は無かった。

 どうせ戦うのは俺じゃないし。


 ――なんて思っていた時期もありました。


 もちろん見ているだけ状態にキキーモラさんが『怠けてるよね?』的な目線を俺に向けないはずはありませんでした。

 結果として『怠け者はいねがー』恐慌に落ちいった俺は、戦闘に参加することになりました。はい。


 ただ、俺が蹴るとかで攻撃しても不思議と効いてる感がない。

 敵が確かに蹴られた風なアクションを見せるんだけど、まったく攻撃として効いてる感がない。俺の足は結構痛いのに。

 なんだろうコレ。しかも……なんか敵の目に俺が入ってないような気さえしてくる。


 そんな違和感を覚えつつも、流石にSSR、SR、Rが揃っていれば、同数の雑魚に苦戦するワケもなく3連勝して素材とコインを回収。一旦扉を出て神殿に戻った。そして俺はみんなに問う。


「ねぇ……俺、役に立ってた?」


「…………えへ。」

「はっはっは。」

「結果は別として、行動することは素晴らしいと思います。私。」


 ツムリンは愛想笑い。ボナコンは何も考えていない。キキーモラさんは笑顔。


「ねぇ? 役に立ってた?」


 再度の問いに何も言わず、皆は笑顔を返すだけだった。

 そんな中、ゴブ吉が呆れたように口を開いた。


「役に立つわけねーじゃん。俺がコイツに蹴られても全然痛くねーくらい力ねーんだもん。」

「え? まじで? 効いてなかったの? おれの蹴り。」

「おう。全然。なんとなくイテェとか言いたくなるけど、全然痛くない感じのヤツ。

 てーか敵にすらガン無視されてたじゃんお前! くっくっくっく!」

「ぐぅっ!」


 俺は崩れ落ちた。


 そうなのだ。戦闘中にうすうす感じていたように敵がまるで俺をいない者のように扱うのだ。ずっと。

 こっちが必死な思いで攻撃しても『何してんのお前』的な視線もなく存在すら無いような扱いをされるのだ。

 最初は攻撃されないってことじゃね? ラッキー! とも思った。だが、敵とはいえ一生懸命やっているのに完全に無視されると流石に精神的にキツイ。 


 そんな俺の肩にそっと手が差し伸べられる。


「大丈夫ですよ。未登録ユーザーさん。

 誰しも得手不得手えてふえてがあります。自分にあった道を頑張れば良いではないですか。」

「キキーモラさん……」


 顔は怖いが、綺麗な声と、その気遣いはまるで人間のようにも感じる。

 慰めの声が荒んだ心にじんと響く。


「では、早速もう一度行きましょう。お金を稼がなくてはいけませんものね。」

「うんっ!」


 こうして俺達は初心者向けの曜日クエストを回し続けた。

 もちろん戦闘に役に立たない俺はゴブ野郎と同列の仕事をしている。自分ができる事を精一杯だ。


 キキーモラさんは、きちんと仕事をしている者には優しいようで、俺が体力の限界になるのを見計らってこの日はお開きとなった。しかも帰りはボナコンをゆっくり目に歩かせてくれるという心遣い。

 さらにベースに帰った後もキキーモラさんの気遣いは素晴らしかった。


「皆さん疲れているでしょうから、私が食事の準備をしましょう。材料を購入するのに少しコインを使わせて頂きますね。皆さんはゆっくりと休んでいてください。」


 そう言い残して、1人1食15枚かかるはずの食費を、なんと5人分の食材をコイン20枚という安価に節約して手に入れて見せた。

 それだけでも感動ものだったのに「急いで作ったので手抜きですが……」と作ってくれた飯が


「うめぇ……」


 空腹は何よりの御馳走というが……違う。

 腹がそんなに減っていない時に食っても間違いなく美味い奴だ。


 昨日のゴブリン飯は『食えればいい』が前面に出ている『エサ』だった。コレはちゃんとした『食事』だ。


「うめぇよ……うめぇ……キキーモラさん……」

「あぁ良かった。体を動かしたから少し濃い目にしたので心配だったんですが良かったです。

 やっぱり美味しいって言ってもらえるのは嬉しいですからね。」


 温かい言葉になぜか視界が滲んだ気がして、誤魔化すようにメシを口にかっこむ。

 くすりと笑った声が聞こえ、そしてまた綺麗な声が聞こえた。


「おかわりありますからね。」

「おかわり!」


 俺は皿を差出す。


「あ、ボクもお願いします!」

「うむ。我も」

「俺も俺も! うめぇ! 未登録ユーザだけに食わせてたまるか!」


「はいはい。ふふふ。まだありますから安心してくださいな。」


 一番はじめにご飯が盛られた皿が返ってきた。

 なんでもない事だが、なぜだかそれが、とても嬉しく思えた。


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