5 ブルマ≠水着
薄暗い洞窟の中。一人の男が両膝を両手で抱えて小さく体育座りしている。
その目はうつろに漂い。その周りにはまるで瘴気が漂わんばかりの空気。
男は小さく口を動かし続け、何かを呪言のようにぼそぼそと延々と呟いている。
「誰がブルマとかで喜ぶんだよ。今時ブルマなんてものを生で見たことあるヤツなんていないだろうが。どんな層向けの発信なんだよマジふざけんな。そもそもにして秋だから運動会、運動会だからブルマとか安直すぎて草生えるわ。まじwwwだわ。運営www。運営www。うぇっうぇ。wwwブルマーセーラー.comかっつーんだ。そりゃあブルマ的な足バーンって出るのが嬉しくないかって言われたらそりゃあ嬉しいですよ? そりゃあ足ペロペロしたいですもん。見える露出は多いに越したことないですよ。当然だよね。男の子だもん。でもねぇ、ブルマってブルマなんですよ。ブルマは所詮ブルマであってそれ以上でも以下でもないんです。ブルマなんですよ。だいたいブルマって何さ。ブルマさんが作ったからブルマーって安直wwwマジ安っ直っwww。パンツじゃないから恥ずかしくないですかブルマ。いいや恥ずかしいよね絶対。ならもうパンツでいいじゃん。パンツで運動しようよ。パンツで運動が恥ずかしいっていうなら水着着てよ。そうすりゃ俺は幸せになるよ。もうねパンツ=水着には納得できても、パンツ≠ブルマであり、水着≠ブルマなんですよ。ブルマと水着は同じような面積をカバーしてようが、どれだけ同じように見えようがその間には埋めきれない深い深ーい溝があって差があるんですよ。ブルマじゃ水着の代わりにはならんのですよ。そんなこともわからんとですか。運営はわかってくれんとですか。この悲しみはどこにぶつけたらよかとですか。水着の季節が終わったら、もう同等のパンツで代替すべきです。それくらいしてくれないと俺の怒りは収まらんですよ。くっそくっそ。あぁパンツ見てぇなぁ。」
延々と意味不明な言葉を呟く男を、さも気持ち悪そうな顔で見ていたゴブリンは、苦笑いをしながら眺めているカタツムリモンスターにたまらず声をかけた。
「……なぁツムリン。」
「なんでしょうゴブ吉さん。」
「アイツ何を延々ぶつぶつ言ってるんだ?」
「さ、さぁ……ボクには未登録ユーザー様のお考えになることはわかりません。」
「いや、アレはむしろなにも考えてないだろ。」
ゴブリンの言葉にカタツムリモンスターはじっと体育座りのまま呟き続ける男を見つめる。
一時の間じっと見つめていたが、やがて視線を外し、肯定でも否定でもなく、また苦笑いを浮かべるのだった。
その様子にゴブリンは大きくため息をつく。
なぜならかれこれ30分以上はああしているのだ。流石に付き合いきれなくなっても仕方がない。
ゴブリンは嫌々ながらも声をかけることにした。
「おい。」
「だいたいなんだよ秋の大運動会って、モンスターが運動会とかワロス。テラワロリング。ワロランダーだわ。当初の世界の平和を守ろう的な設定どこいった? 仲良く内輪内輪で競い合ってんじゃねぇか。遊んでねぇでせ・か・いを救えってんだ。そうでした。救おうにも話がもう止まってるんでした。メインストーリーの更新はほぼ無いんでした。すでに萌えイラスト追加が本業なんでした。重課金兵の皆さま有難うございます。あなた達のエロ心が運営のメシの種でございます。メシを頂いたお礼に重課金兵の皆々様にはどうぞ美麗エロイラストを差し上げますどうぞお収めください。いいえ。決してガチャの確率はいじってませんとも。本当です。いじってませんが貴方も10回くらい引けばなぜか手に入りますとも本当です。さぁさぁ最大まで強化したらパンツが見えますよ。どうぞパンツの為に重課金を。ありがとうございます。ありがとうございますってか。」
まるで呼びかけに答えない男。
その様子にゴブリンの声も荒くなる。
「おぉいっ!」
流石に聞こえたのか、チラリとゴブリンを見る男。
ゴブリンは男の反応にようやく話せそうと思ったのか小さく息を吐く。
だが男はその場で、ペッ とツバを吐いた。
「そもそもなんで進行役がゴブリンなんだよ。普通もっとフェアリーとか可愛いキャラクターにするだろうが、マジでなんなんだよこの運営。男の娘とかいれてくるしよぉ。マジどっかイっちゃってるヤツらが運営してるんじゃねぇの? フェアリーなら涎も汁も手も喜んででますよこんにちは。いいえ出させてください宜しくお願いします。だがゴブリンだ。くっそ。くっそ。そもそも水着ガチャって夏が完全に終わりましたってくらいまで引っ張ってよくない? 『あぁ半袖もそろそろ限界だな』って感じるくらいまでは引っ張れよ。根性みせろよ。なんだよ運営は寒がりか? 寒がりなのか? サムガリータか? サムガリータがブルマで足だしてんじゃないよ! 足出すくらいなら水着着ろよ! へそ出せよ! 谷間を強調しろよ! あぁ、くっそパンツみてぇなぁ!」
「こんの!」
ゴブリンは痺れをきらし男の脛に向けてパンチを繰り出す。
だが体育座りの男の脛に死角はなかった。
「うぉ」
ゴブリンパンチは脛を目前にあっさり男の手によって止められる。
「うぉぉおおー!」
そしてのそのまま腐った魚の目をした男により投げ捨てられた。
洞窟の中で放物線を描くゴブリン。
カタツムリモンスターは飛ぶゴブリンの姿に慌てるがどうしようもない。
男は興味を失ったように、また体育座りの体勢を整え、ぶつぶつと呟き始める。
飛んで行ったゴブリンは無事に着地し、そして投げ捨てられた事に憤慨する。
その様子をみてカタツムリモンスターはさらに慌てる。
なんとか場を平和に収めようと考えたカタツムリモンスターは、ふと気が付いた。
男は何度も『パンツ見てぇ』と言っていることに。
この場を収めるためには、まず男が正気に戻らなければどうしようもない。
幸いにしてカタツムリモンスターはショートパンツの下にビキニを着用している。これはパンツに見えなくもない。
恥ずかしいけれど、これも皆の為。
カタツムリモンスターは決心し、男の下に近づき、そして口を開いた。
「未登録ユーザー様……恥ずかしいけど……ボクのパンツ……見てください!」
ショートパンツを一気に膝まで下ろした。
しばらくの無言の時ののち、洞窟内には男の絶叫に近い大きな泣き声が響き渡るのだった。
尚、余談だが、カタツムリモンスターはショートパンツを下ろすとき、あまりに羞恥的なシュチュエーションにちょっと興奮していた。
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「くっそヒドイ目にあった。」
「うぅ……ヒドイですよぉ未登録ユーザー様! ボク頑張ったのに!」
「はい。とても見事なショック療法でした。もう二度としないでください。エネルギー充填120%な物騒なモノは封印してください。封印してくれるなら土下座でも何でもしますから。」
「うぅ……」
俺の後ろを歩きながら目を落としてションボリとするツムリン。
その様子は可愛いのだろうが、フル充電なブツを眼前にさらされた俺には、もうそう感じる余地などない。
「まぁ、なにはともあれようやく動き出してよかった。で、どうするんだ?
俺は隣の村も怪しいらしいし、それの様子を見に行きたいと思ってるんだが。」
ちょこちょこと隣を歩くゴブ野郎の提案を鼻で笑って蹴る。
「却下だ。それメインストーリのルートじゃねーか面倒くせぇ。後回しだ。
今日は木曜日だから、木属性のモンスターを倒せ的なクエストあるはずだろ? そっちの初級向けの敵の方がモンスターコインも素材も多く手に入る。そっちを飽きるまでやるぞ。」
「はぁ? 同じ敵を倒しまくるのか?」
「あぁ。」
「なんでまたそんな面倒なことを……」
「決まってるだろーが! モンスターコイン集めて通常ガチャ回すんだよ! 今は深刻な女体不足なんだよ! コイン集めてせめて完全な女体モンスターが出るまで回すんだよ!」
「えぇ……魔宝石あるんだから使えばいいじゃん……」
ゴブ野郎のあまりの無知蒙昧な提言に思わず立ち止まる。
大きく息を吸って、腹に力を籠める。
「お前は馬鹿か! 5100個しかないんだぞ!? エロコス女体確定イベントまで魔宝石ガチャは回すわけねーだろうが!」
「えぇぇ……」
「クスン。」
ドン引きのゴブリンと、ちょい泣き状態のカタツムリモンスターと共に、雑魚モンスター討伐に繰り出すのだった。