4 拠点は見てると意外と楽しい
「ほぁあー……工房って、本当に工房だったのな。」
いかにも刀を打てそうな鍛冶場とでも言えばいいだろうか。
鞴や炉のような設備を前にして、なんとなくテンションが上がる。
この『モンスターワールド』というゲームのシステムは、基本的に操作キャラクターである個々のモンスターの強さが重要なのだが、それに一つだけ要素が加わっている。
それは『武器』の存在。
モンスターの中にケモナーレベル高ながらも『剣』や『槍』を使うヤツがいたりした。もちろん四足タイプは『爪』『牙』『角』が武器になるのだが、それら用の武器も全部この工房でつくる事ができる。
ただ、萌エロゲーと化し女人型のモンスターが増えるにつれ『剣』や『槍』の他、『短刀』『投げナイフ』だの『弓』だの『銃』だの明らかに当初の思惑にはなかったであろう武器のラインアップが増えてしまっていて、武器に関しては混然無秩序と言ってもいい。
仲間モンスターは個別に『剣』等、装備できる武器が一種類だけ決まっていて、そして武器には『スキル』が備わっている。その武器に応じたスキルを固有以外の必殺技として使うことが出来るようになるシステムだ。
要は『武器』という存在は仲間モンスターの『攻撃力の底上げ』そして『必殺技の変更』という影響を与える。そして面倒な事にこの『武器』という存在は仲間モンスターにレベルがあるように、武器にもレベルが設定されていて鍛える必要がある。
そんな面倒な武器の生産や強化に使われるのが、この工房というワケだ。
……さて、設定を思い返して工房という存在を改めて認識したが、俺がいくら賢くとも鍛冶の知識などない。経験もまったく無い。無駄なく無い。
熱くして、叩いて、冷やして、研げばいいんでしょ? 違う? 違うか~。違うだろうな。使えんのかな~?
「大丈夫ですか? 未登録ユーザー様?」
ツムリンが甲斐甲斐しくひょっこり首を傾げながら覗いてくる。
身体が小さい分、上から見る分には可愛らしくて良い。うっすら谷間も視界に入るから、つい俺の表情にも笑顔が生まれる。
だが、男の娘だ。
その事実を思い出すと、瞬時に素面と化す。
「うん。なんでもない。どうせ素材一つもない状態で今は何も出来ないし次に行こう。次。ホラ、ゴブ吉。はよう案内せい。」
「ちっ、いちいち癪に障る言い方するなぁ。」
ゴブ村長から許可をもらったあと、とりあえずゴブ吉に拠点を紹介してもらっている。
はじめに紹介してもらったのはベース。
うん。ただの家だった。でも使っていい家があるのは結構嬉しい。
ベースとなる家では宿泊の他、キャラクターの装備を整えたりキャラクターを強化したりできる。つまりお着替えやなんやかんやは俺のおうちでえへへへ。
次に紹介してくれたのは、パーティメンバーを決めたりする為の部屋。パーティから漏れた出撃しないモンスターの待機部屋でもあるけれど……なんていうの? どちらかといえば……控えめに言っても……『強制収容所』?
あ~、これ寝る時とかどうするんだろうな? 人数が上限いっぱいになったら寝返りうてるのかな? 奴隷船かな? 大丈夫かな? って心配になっちゃうような作りの家? 家……かなぁ? 家畜小屋? まぁ、俺が寝るワケじゃないし、そっとじ。
そしてさっき見た工房。立派なもんだった。
その立派さを少しだけでも家畜小屋に分けてあげる余裕は所詮ゴブリンにはなかったのだろう。
次が最後だが、俺がもっとも期待する施設でもある。
鼻息が荒い俺を一々嫌そうに振り返りながらゴブ吉は村にある洞窟へと俺を連れていく。
「ここが『召喚の間』だ」
「……うん!」
はいきましたガチャの間。お布施回収所。欲望の間。好きな名前で呼んで。
新しい仲間を召喚する為の施設だ。
無駄にうっすら青白く光る魔法陣ひとつだけありまーす。それ以外ありませーん。殺風景でーす。
「この場所を使えるのは選ばれた者のみということだから……未登録ユーザーは使えるかもしれない。」
「うん多分大丈夫! えーっと、ただなんだろ……通常のガチャと、レアガチャに武器ガチャ……イベントガチャはどこでどう区別されるのかなぁ?」
「何言ってのおまえ。」
「あ、うん。こっちの話。考えるからゴブ野郎は黙れ。」
「ちっ!」
ゴブ野郎が足元の小石を蹴っ飛ばしながらそっぽ向く。俺はまったく気にせず青白く光る魔法陣の周りを調べはじめるが、気になるようなところは見当たらない。
「コレはなんでしょう? 未登録ユーザー様。」
「ん?」
ツムリンが魔法陣横の洞窟の壁の前に立ち、じっと壁を眺めているので近づいてみる。
「あ~……ね。」
自販機の小銭入れるような穴とボタンがあった。
そしてその上に『通常ガチャ。1回100モンスターコイン。10回連続1,000モンスターコイン』と書いてある。
通常ガチャはモンスターか武器のどちらかがランダムで出てくる。
そしてこの『モンスターコイン』という安直なネーミングのコインは、このゲーム内の通貨で武器の強化なんかや諸々に使ったりするが、主に敵を倒して手に入れる。
もちろん通常ガチャで出るレアリティは『N』が90%、『R』が10%程度だ。その他の上位のレアリティなんてものは『出ることもあるよ』と書いてあっても期待しちゃいけない。
「と……い・う・こ・と・は?」
数歩右にずれると、やはりあった。
何かを入れる穴とリアルガチャガチャのレバーが。そして、ポンと出てくるであろう排出口。
案の定『レア確定モンスターガチャ。1回300魔宝石。10回連続3000魔宝石』と書いてある。
「これはアレかな。魔宝石をいれてガチャガチャすると、あのツムリンを呼び出したオーブがここから出てくるって事でいいのかな?」
見たままをそのまま感想として述べる。
もちろん『魔宝石』は『円』と書くとプレーヤーが冷静になってしまうから単位を置き換えるだけが目的の課金アイテムだ。
課金かミッションをこなすことで手に入る。もちろんミッションで手に入るのは1ミッション当たり数枚。
このガチャでようやくレアリティ『SR』『SSR』『UR』『SUR』が出てくるようになる。
と言っても、『SR』が10連で一個確定、その他の確率は『SSR』が数%、『UR』が0.数%、『SUR』は0.0数%くらいだ。
……あれな。
3桁の数字を選ぶくじをストレートで当てる確率でしか『SSR』出ないのな。
……無理じゃね?
『UR』は4桁をストレート当選。『SUR』に至っては、一万人集まった会場で一人だけ選ばれる感なのな。これは無理だわ。
そして俺が欲する女体系モンスターは大抵『SSR』。『SR』にもいるにはいるが所詮はいまいち萌えない子でしかない。
そして思う。
「……この壁……掘ればいいんじゃね?」
「やーめーろ!」
「スネェっ!」
ゴブリンパンチが俺の脛に当たっていた。
この痛みは慣れない。やっぱり痛い。しゃがみ込んで変な声を漏らしつつ撫でる。
いや、分かってる。やっちゃいけないだろうことは分かっているし、どうせ謎の力で掘れないんだろうけど、ちょっと思うくらいは良いだろうがクソが。
「冗談やろがいっ!」
「ここは神聖な場所なんだぞ! アホな事いうな!」
「仕方ねぇだろう! 俺の夢がいかに儚いかをじんわり体験してたところなんだぞ! ちょっと夢への近道を模索しても仕方ねぇだろうが!」
「そんな事しなくても魔宝石はちゃんとここにある! ほら、5100個の魔宝石だ。」
「んっ!? お前いまどっからだした!?」
ゴブ野郎がどこからともなく自分と同じくらいの大きさの革袋をとりだし地面に置いた。その中身がジャラっと音を立てる。
「どうせ俺達は使えないし、お前が使えるなら使えばいい。」
溜息まじりのゴブ吉の姿と、どんと置かれた革袋をそれぞれ二度見する。
「fooっ! ゴブ吉さんカッコウィー!」
テンションが上がった。
革袋に飛びついた。
袋を開くとキラキラ光るおはじきのような物体が山のように入っている。
「あは、あはは、あはははは! やった! やったぁ! ガチャ回し放題やでぇ!」
「わぁー! 良かったですねぇ未登録ユーザー様!」
「うははははは!」
無駄に魔宝石を革袋から取り出しては笑う。
人間テンションが上がるとおかしくなるものだ。
「ん?」
そしてふと冷静になる。
5100――この数字がどうにも微妙な数字に思えたのだ。
思い返してみると、俺はこのゲームを無(りなく)課金プレーヤーとして約1年プレイしていた。
ムリなくなので、どうしても欲しいガチャが出た時には課金した。
そう。ちょびっとは課金していた。
どうしても欲しい10連ガチャで3000円を1回、そして時々300円ガチャを回していた。
300円は外れる事が多く外れると『二度とやるもんか』と思うのだが、一ヶ月くらい経つと忘れてしまい、また回してしまうのだ。
だって、イベント限定がががが
なんとなくこれまでの課金額と手にしている魔鉱石がピッタリ来たように思える。
という事は
「元々俺の金じゃねぇか!」
「うぉい!」
ゴブ吉が心外とばかりに叫ぶ。
だが、俺とて心外だ。
だって元を辿れば俺が課金したからある魔宝石なのかもしれないんだもの。それを『やる』と言われても『いやいや、てーかソレ俺んだし』としか思えない。
ただゴブ吉かゴブ村で所有していた経緯があるのもなんとなく理解できてもどかしい。
ここは俺が大人になるのが一番、角が立たなくて良い。
仕方がないから俺が大人になろう。無駄な争いはしない。
「あぁごめん。勘違いだったわ。ありがと。有難く使うわ。」
「……軽い。」
俺の言い方が早口だったせいか不服そうなゴブ吉。だが俺とて不服なのだ。いい加減蹴るぞこの野郎。
「まぁまぁ、お二人とも。そう変な空気をつくらず。ね?」
ツムリンの少し焦ったような言葉に俺もゴブ吉も同時に斜め横に顔を逸らす。
真面目カタツムリを怒らせるのは得策ではないのを俺達は知っている。
それより何よりガチャを回せる可能性がある今、ゴブ野郎に時間を取られる事など、もったいない限り。5100個の魔宝石があれば、10連ガチャだって回せる。
そしてハっと気が付き、慌ててガチャの文字を確かめに行く。
「ど、どうしたんですか? 未登録ユーザー様!?」
「何してんだよ急に。」
二人の声は必死な俺には届かない。俺の視界と意識はガチャの確認のみに注がれる。
「レア確定モンスターガチャの隣は……やっぱりレア確定武器ガチャ! という事はその隣が……」
壁に両手をつきながら移動し確認する。
「やっぱりその隣はイベント限定10連モンスターガチャ!
……問題はイベントの内容だ。イベント次第ではすぐに3000個の魔宝石を使うぐらいの覚悟はある。それくらいの決断ができる男だ俺は。」
『イベント限定 10連モンスターガチャ。1回3000魔宝石』
そう書いてある文字から視線を上にずらし、イベントの内容を確かめる。
「なん……だと……」
俺は崩れ落ちた。
描かれていた絵と文字にはこうあった。
『秋の大運動会コスチュームガチャ! ブルマもあるよ!』
文字を見た瞬間。自然と足が動いて後ずさり、顔が現実を拒否するように小さく横に震える。
「う……うぅ……」
声が漏れると同時に思わず手で顔を覆い、なぜか緩くなってきた鼻をすする。
「大丈夫ですか!? 未登録ユーザー様!」
「おい、どうしたんだよ? 大丈夫か?」
堪えきれず四つん這いに崩れ落ちる。
だがそれだけでは衝撃は治まらない。たまらず現実から逃げるように頭を大きく横に振る。
そして心のままに叫んだ。
「夏゛の゛水゛着゛ガ゛チ゛ャ゛に゛ま゛に゛あ゛わ゛な゛か゛っ゛た゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛!」
この世界に来る前に3000円課金したのも――水着ガチャだった。