20 力
20話で終わる予定が……終わりませんでした。
あともうちょっとだけ続くんじゃ。 的に頑張ります。後2話くらいかしら?
「運命の あるべき姿へ 戻す。」
氷河が動くかのような重厚な低い音は巨体なのであろうことを容易に想像させる。
だが、はっきりと意思と目的を聞き取れる声で告げられた。
穴の向こうからこちらの全てを射抜くかのような目で睨まれ自然と顔を汗が頬を伝う。
超級と戦った時以上の圧力を感じ、どうすることもできず、ただ茫然と穴の向こうの顔を見る。
こちらを見ていた穴の向こうにあった顔は、包帯と呼ぶには大きすぎるような布をミイラのように巻いてあり、ぎょろりと動く目だけが『生』を感じさせる。
巨人は目だけを穴の向こうで動かした後、すうっと離れた。そしてまた穴から腕がゆっくりと伸び、振りあげられる。
振りあげられた腕が勢いよく振り下ろされ近くにいた岩人を砕く音が響き渡る。岩を砕く派手な音に正気を取り戻す。
「なんなんだアイツっ!?」
誰に聞くでもないが大声が出る。
こんな状況を把握できている仲間がいるはずはない。
「知るかよ! 俺が聞きてぇよ! 父ちゃん! 母ちゃん! なんかわかる!?」
「い、いや!」
「見たこともないわ!」
ゴブリン親子の慌てきった反応につられてパニックが始まりそうな気持ちに拍車がかかる。
だが、
「私も分かりかねますが、大変危険な事だけは理解できますね。」
「ほんと冷静なのなモラさん!」
こんな状況にも関わらず、まったくいつもと変わらないキキーモラさんの返答に少しだけ落ち着く。
だが略された事にツッコミを入れる余裕がなかったことから、とりわけ冷静というわけでもないようだ。
「な、なな、なんですかアレ! 未登録ユーザー様! ボク怖いです!」
腕にしがみついてきたツムリンの胸の感触を楽しむでもなく、ただ手を添える事しか出来ないことからも自分も恐怖しているという事を実感する。
「はっはっは! アレはスゴイな。我の全力でも一撃であそこまでバラバラにはできんぞ。うむ! 強力!」
ボナコンは変わらなかった。
コイツの頭の中はいつもハッピーなんだろうかと思わないでもないが、こんな時でも普段と変わらない態度だからこそ混乱に陥りそうだった俺の頭もギリギリのところで混乱を逃れ、考える余地が生まれる。
「さて、どうしましょうか未登録ユーザーさん。 現状、継続して戦うか戦線を破棄して逃げるかの二つの選択肢から考える必要がありそうですが。」
キキーモラさんの言葉で完全に思考が現状を把握した。
「そら逃げの一択だろ! だって勝てる要素が無いんだもの!」
「分かりました。全員退避! 逃げますよ!」
キキーモラさんが俺の言葉を受けて、すぐさま最前線にいるスケルトンや岩人達にまで聞こえるような大声を発する。
号令を受けてスケルトン達が動き出そうとしたその時、またも腕が穴へと引っ込み、ぬっと向こうから穴を覗き込むように顔が表れた。
「私からは 逃げられない。
そう運命に 定められている。」
またも響き渡る低い声。
その声に反応するようにスケルトン達の動きが止まる。
そして皆一斉に巨人の方へと向き直った。その姿は戦おうとしているようにしか見えない。
「おいっ! なにしてんだ! 逃げるぞ!」
俺も大声で呼びかけるがスケルトン達の動きは止まらず、すでに穴から覗く顔に向けて切りかかりに行く者すらいた。
「おいっ!」
「……なんだか分かりませんが身体の自由が効きません。退避は無理みたいです。」
キキーモラさんの言葉に振り返ると、ツメを露わにするキキーモラさんに、怯えていたはずなのに俺の腕から手を離し拳を握るツムリン。ざしっ、ざしっ、とその場で地を蹴るボナコンの姿。
皆すでに戦闘態勢を整えていた。
「嘘だろ!? みんな待て! どう考えても勝ち目ないだろうが! 最悪俺達だけでも逃げるぞ!」
「すみません。未登録ユーザーさん。そのご意見は受け付けられないようです。」
「なんだか分かりませんが……怖いのに逃げちゃいけないような気が……」
「はっはっは! やらねば!」
俺の身体は自由に動く。だが仲間のモンスター達は違う。
現状を作り出した原因は穴から顔を覗かせる巨人であることは間違いないだろう。
巨人はまたも顔を引っ込めて腕を穴から出し、轟音と共に今度はスケルトンを砕く。
「皆どうしたって言うんだよ!」
ゴブ吉の声。
「ゴブ吉! お前は大丈夫なのか!? 動けるか!?」
「おう! 父ちゃんと母ちゃんも動ける! おいみんな! 早く逃げようぜ! 」
「申し訳ありませんゴブ吉さん。私達はここから動く事自体出来ないようです。
未登録ユーザーさんと貴方たちは避難してください。」
キキーモラさんの声は、もう敵である巨人に集中しているような声。かろうじて俺達に発せられた声だった。
「何言ってんだよ!」
「見捨てるような真似できる分けないだろ!」
俺とゴブ吉が一緒に声を上げる。
だが俺達がそんなやり取りしている間にも、巨人がその腕で仲間を砕く音が響く。
「未登録ユーザーさん……」
キキーモラさんの漏らした声を聞きながら、俺は何とか現状を変える方法が無いか必死に頭を巡らせる。
動けるのは俺とゴブ吉、そしてゴブ吉の両親。
自由に動けないのはキキーモラさんにツムリン。ボナコンといった仲間モンスター達。
俺はせめてキキーモラさんにツムリン。ボナコンとゴブ吉。そしてゴブ吉両親だけでもここから助けたい。
「そうだ!」
考えてみれば簡単だった。
「ゴブ吉のお父さんとお母さん! ベースに繋げられるか!?」
「は、はい!」
お母さんの声。
「そうだ! ゴブ吉と皆さんだけでも逃げてください!」
そしてお父さんの声が続き、ゴブ吉両親は、すぐに二人でベースへの扉を開いた。
「違えよ!」
一喝し、続ける。
「逃げるならみんな一緒に逃げる!
動けないキキーモラさん達を移動させられないか試すんだよ! 動ける俺達は走って一緒に逃げるぞ! 穴から離れりゃなんとかなるだろ!」
言葉を発しながらキキーモラさんをお姫様抱っこしてみると、キキーモラさんは抵抗することなく持ち上げることができた。意外と軽い。
キキーモラさんを抱き上げ、すぐに扉を通りベースでキキーモラさんを下ろす。
「すみません。未登録ユーザーさん……」
だが、キキーモラさんは下ろすと同時に謝罪の言葉を口にして扉を通り元の場所へと戻った。
「くそっ! なんでだよ!」
俺はキキーモラさんを追いかけ扉を通る。
すると祠の穴からは巨人が顔を覗かせていた。
「運命には 逆らえない。
無駄に 足掻くな。」
巨人の言葉に腹の底からムカツク思いがこみ上げる。
「運命運命うるせぇんだよ! 何が運命だっつーんだ!」
俺が声を張り上げると、意外にも巨人の目が動いて反応する。
そしてゆっくりとまた言葉が響いた。
「そこにいる 二人の 死。
そして その者が 力を得る」
巨人の目線の先にはゴブ吉とゴブ吉の両親を捉えているように見えた。
俺は巨人の言葉にハっと気がつく。
「……もしかして……ストーリーを元の通りに戻すってことか?」
「然り。
お前が 捻った運命を あるべき姿へ。」
巨人はそう一言残して顔を引き、また腕を出して岩人を砕き屠る。
無残に砕け散る限界突破した岩人。
俺は理解した。
この巨人は、きっとこのゲームの世界を守る為に現れたのだと。
そして本来あるべき姿に戻れば、去っていくだろう事を。
プレーヤーであるはずの俺は、この世界でおかしい事を沢山してしまっている。
本来襲われているはずの村を救い、壊滅するはずの村を救い、死ぬはずだった者の命を救おうとしている。
俺の仲間であるキキーモラさん達も、俺の影響なのか仲間モンスターでありながら自分で指揮をとったりするようなイレギュラーな存在へと進化してしまっている。
きっと巨人は、それらを正せば去っていくのだろう。
「おい巨人! 答えろ!」
俺の声に巨人は答えず、その腕を振るいスケルトンを砕く。
「これまで俺達が守った村も壊すのか!」
巨人はまたも腕を振るいスケルトンを砕く。
「本来死んでいたはずの助けた村のゴブリンも殺すのか!」
巨人は腕を振るい岩人を砕く。
その攻撃はまるで俺の言葉を肯定しているように見えた。
「本来ここで死ぬはずのゴブ吉のお父さんとお母さんを殺すのか!」
「なっ!?」
ゴブ吉が声を漏らす。
動いていた腕が止まって穴へと消え、再度巨人の顔が現れた。
「然り。
運命への 道を正し
異常は 滅する。」
「ツムリンやキキーモラさん……ボナコンは異常か?」
「然り。
お前が望む物は 正しい運命の下 叶えれば良い。」
巨人はそう一言残して、また腕を伸ばし仲間を屠り始める。
100は居たであろう仲間の姿は既に半分ほどに減っている。
きっとスケルトン達の後、キキーモラさん達もスケルトン達と同じように戦いを挑みあの腕によって殺されるのだろう。
新たに砕けた岩人の破片が足元に転がってくる。
おもむろに拾いあげてみると、岩のはずなのになぜかほんのりと温かかった。
「あぁ……」
ゴブ吉のお母さんが諦めのような声を漏らして膝を折った。
お父さんが無言でお母さんの両肩に手を伸ばし、慰めるようにそっとお母さんを抱きしめる。
絶対的のようにも思える力が『死』を宣告したのだから逃げられないと感じたのだろう。
例え逃げたとしても、また敵が大量に発生して追いかけてくれば逃げようもない。
「うそだろ……」
ゴブ吉の呟くような声が聞こえる。
その声は絶望の色を孕んでいた。
ポツリと一滴の水滴が岩に染みを作る。
「……ケんなよ……」
巨人の言った『俺が望む物』は、きっとエロフや魚人や、女体の仲間モンスターのことだろう。
きちんとした正しい世界になれば、それが手に入るのかもしれない。
岩を握る手に力が籠る。
「ざけんなよーーっ!!」
俺は憤りや悲しみ、行き場のない思いが溢れだし、ダガーを手に取り振り下ろされる巨人の腕に向けて駆け出していた。




