19 運命
キキーモラさんに呼び出されて戦場へと向かった俺は、遠くはあるが既に祠を目視できる距離にまで進んでいることに驚いた。
キキーモラさんの指揮の下、じりじりと戦線を押し上げて元凶となっている穴のある祠まで押し迫っていたのだ。
さらに戦線は祠の穴から出てくる敵を外に漏らさないように見事に包囲している。その様は、まるで膨らんだ風船のようにも思える。
全ての敵を包み込んでいる戦線にどう入った物か少し悩むが、ここは『はいはいすみません通りますよ』とチョップで割りながら敵の中を進むことにした。
なぜなら俺は戦闘においてこの世界では存在していないように扱われるのだから敵の中を突き進もうが、まったく襲われるこがとないのだ。
『はいはいすみません通りますよ』と敵を押しのけてある程度進むと、やがて周りに敵しかいない状況となる。
味方との距離から手当り次第に攻撃しても問題ない事を確認し、ダガーを用いて攻撃を開始した。
存在すら認識されない俺の攻撃は敵にとって不可視の攻撃。インビジブルアタックだ。
さらに強化済みレアリティ『SR』ダガーの威力は最弱の敵など容易に切り裂き屠ってゆく。
この世界の敵は倒すと消滅するから、ダガーで切り裂いたとしても血が飛び散るようなグロい光景をみるわけでもないので、俺はゲーム感覚で全力を振るう事が出来る。
「ふははははは! 無敵無敵ぃ! しゃーしゃっしゃっしゃっしゃ!」
無双としか言いようがない滑り出しに、すぐに俺は調子に乗った。
--*--*--
「……むなしぃ」
近くに居る敵を逆手に持ったダガーで、まるで扉をノックをするように刺す。すると敵は消えた。
すぐに別の敵を逆手ダガーで同様にノックするとサックリ刺さって消滅する。
そう。武器依存だから切り方など関係なかったのだ。
その事に気が付いたのは達人のようにカッコつけた動きに疲れた頃だった。
テンションが高い内は無双ヒーローのように暴れてみたが、ぶっちゃけ余計な動きが多くて疲れる。
疲れてくると自然と求めるのは『作業効率』。
どうやったら簡単に倒せるようになるかを考える事になるが、その方法は多くの数をこなせば自然と分かる。
そして行きついたのは要はしっかり刺せばいいという事だった。
敵の数が多いからこそサクサク進める必要があり、いちいち一体に労力をかけるのは無駄。
はい次。はい次。といったように刺し続けるのが最も効率が良い。
戦火としてみれば極めて上々なのだが、こうも敵から存在を無視されながら、ただひたすら刺すという行動を繰り返していると、どうにも戦っているというよりは、ただ作業をしているような感覚になってしまう。
「あぁむなしいなぁ……」
ぽつりぽつりと愚痴をこぼしながら、サックリとダガーを突き立て続ける。
ただその甲斐あってか、まるで膨らんだ風船のようだった戦線は、味方との距離から察するに祠に向けて一気にしぼみはじめているような気がしている。
「疲れた……」
これまでかなり時間を使って数多くの敵を倒したような気もするし、もうそろそろ少しくらいは休憩くらいとっても良いだろうと思い、また『はいはいすみません通りますよ』と敵を刺しながら押しのけてキキーモラさんの下へと向かう。
戦線にたどり着き、味方の戦いを横目に見るが、敵を倒し続けて相当レベルが高くなっているのか、まったく苦戦しているようには見えない。数も圧倒しているから、もう敵の殲滅も時間の問題なのではないだろうか。
そんな事を思いながら戦地を抜けて司令部となっているだろうキキーモラさん付近に目をやると、ゴブ吉両親とキキーモラさんがゆっくりと椅子に腰かけてお茶してた。
「なにそれズルイ。」
つい口から漏れる本音。
返ってきた俺に気が付いたキキーモラさんはすぐに立ち上がり、ニッコリ笑ったのかすら分からないような顔のまま口を開く。
「お帰りなさい。未登録ユーザーさん。素晴らしい活躍でしたね。
さ、今お茶を淹れますからおかけください。」
「お、おん。」
口調だけから察すると機嫌は良いようだ。
そりゃそうだ。俺一生懸命働いたもの。
働き物に優しいのがキキーモラさんなのだもの。
キキーモラさんに促されるまま何故かあるテーブルとイスに腰掛ける。
ゴブ吉両親もお茶を飲みながら軽く会釈をしてきたので、ペコっと頭を下げると、すぐに俺がいつも使っているコップにお茶を淹れてキキーモラさんが持ってきてくれた。
一口お茶を啜って、ほっと一息つく。
「ゴブ吉さんのご両親に扉を開いた力を回復してもらうべく休める環境を作った方が良いかと思いましたので、家から色々持ってきました。よろしかったですよね? お二人の場合、お休み頂くのも仕事ですから。」
「はーい。よろしかったですよ~。」
淡々と説明するキキーモラさんにオウム返しのように返答する。筋は通っているから納得する以外ない。
現状は敵を何とかする必要があるし、その為にはゴブ吉両親の力が必要なのだから。
それに誰にも休憩は必要だ。
「あれ? ツムリンとボナコンは?」
「ボナコンは戦ってますね。ちょっと耳を傾ければ笑い声が聞こえると思いますよ。ツムリンは余剰戦力のまとめを。」
「ん? 余剰戦力のまとめって?」
「えぇ。これまではとにかく数が欲しかったので味方に『N』と『R』が混在していましたが、未登録ユーザーさんのおかげで大分規模が縮小することが可能になりましたので数から質を重視する形に移行しています。なので『R』にまとめています。」
「ん?」
「あぁ、見た方が早いですね。ツムリンが戻ってきました。」
「あ、お疲れ様です未登録ユーザー様! 活躍かっこよかったです!」
「……おう。」
輝かんばかりの笑顔のツムリンの後ろに目をやると、レアリティ『N』と『R』の混在している部隊少なくとも60人程の数を引き連れている。
「じゃあ行ってきますね!」
「……おう。」
ツムリンがそう言いうと、ゴブ吉の両親がベースへと繋がる扉を開いた。
流れるような作業に、すでにこれまで何回も行っている作業であることが伺い知れる。
開かれた扉にツムリンを先頭にゾロゾロと移動していく仲間達。
「あ。」
俺はその移動するモンスター達の表情を見て気が付いてしまった。
一度天を仰ぎ、そしてゆっくりと思う。
『見なかったことにしよう』
と。
今、見た光景を忘れて、とりあえず出されたお茶を飲み干してしまうべく心持ち急ぎながら飲んでいると、飲み切る前にツムリンが戻ってきた。
一人の限界突破したスケルトンだけを連れて。
「うん! ようし! おじちゃん頑張ってくる!」
「いってらっしゃいませ。」
俺はなんとなく耐えきれず、キキーモラさんに見送られながら戦線が完全に落ち着くまで敵を屠り続ける事を決めた。
--*--*--
戦い続けた結果、戦線は祠前に集約される程に小さくなり、あれだけいた敵も味方も数えられる程になっていた。
あれほどいた味方が限界突破済みのスケルトンと岩人に変化していたのが不思議だ。
なぜだか少し心苦しい。なんでだろうなぁ。ははは。
祠の穴からは未だに定期的に敵が出続けているが、おおよそ100体程度の味方で抑え込む事が可能な状況へと変化している。
スケルトン達に祠から出現する敵を任せ、キキーモラさんの下に集まると、キキーモラさんが手をひとつ打って俺達の注目を集めた。
「さて、これからについてですが、現状の敵の出現する数はスケルトンや岩人達で排除をする事ができる程度に納まりました。
スケルトンや岩人達はこちらで待機して敵を排除しつづけ、ゴブ吉さんのご両親は麓の村に移動して、ゆっくりと休息をとって頂き、力が回復次第、こ穴を塞いでみるという案を考えていたのですがいかがでしょうか?
もちろんご両親が一日で無理なようなら通って作業するのもいいと思います。その場合は、スケルトンや岩人達も交代制のシフトを組んで休む必要はあるかと思いますし、ベースへの扉を繋げて貰ったりも必要になりますけれど。」
「うん。いいんじゃない?
ところでゴブ吉のお父さんとお母さんは、あの敵の出てくる穴は閉じれそう?」
俺の問いかけに、ゴブ吉の両親はじっと祠の穴に目を向ける。
「どう思いますお父さん……」
「まずは試してみないとなんとも……といった感じだな……」
そう言うとゴブ吉の両親はスケルトン達が戦う近くまで足を進め、両手をかざした。
「ん?」
若干だけれど、敵が出てくる穴がぐにっと小さくなったように見える。
「「 ふぅ~…… 」」
ゴブ吉両親が、同時に疲れたように息を吐き、そして穴をじっと見た。
「……うん。
閉じた分が開く感じはしないし、これなら時間をかければしっかり閉じる事もできると思う。
ただ放置することで穴が広がるという場合は、また何か方法を考える必要があるとも思う。
だからまだ現状で言えるのは、閉じれる可能性も無きにしもあらず。という感じかな?」
「はっはっは! こうグっと一気にやれんのかな?」
「すみません……私達の力だと、それをやるには生命力も賭ける必要がありそうなくらい、この穴は強力です……」
能天気なボナコンの言葉に、しゅんと落ち込む母ゴブリン。
「余計なこと言うなよ牛……」
「はっはっは! これは失言!」
「まぁまぁ、未登録ユーザーさんもボナコンもそれくらいで、とりあえずは穴を閉じる事が出来るかもしれないという事がわかったのですから良いではないですか。
失敗したらまた方法を考えれば良いだけですし。」
「それもそうだな。コレを防げば一件落着。村も安心で……あれ?」
俺は一区切りつけそうだと安心する気持ちを持つと同時に、なにかおかしいぞ? という気持ちが頭を過り、右手拳を唇にあてて考え込む。
「どうかしましたか? 未登録ユーザー様?」
首を傾げちょこんと俺の前にやってくるツムリン。
うん。前かがみになると若干谷間が出来てて素晴らしいよね。
おっぱいの魔力って不思議、出来ればつつきたい。
「だが男の娘だ。」
そう言った途端に俺の脳裏に電撃が走った。
「って、俺の目的は村を救う云々じゃなくて、エロフフフだった!」
そうだった。
あくまでも穴を閉じる事が目的ではなく、俺の目的は穴を閉じる力を得る為に本来向かうはずだった『火』『木』『水』『金』『土』の『五行の世界』。
その世界の中で『木』のエロフや『水』のマーメイドをとっ捕まえて色々することが目的なんだった。
「あっぶねー! すっかり忘れてたわ! また労働の喜びを見出してたわ! 手段は目的じゃねぇっつーの! なぁ! ゴブ吉の父ちゃん母ちゃん! 『木』の世界とか『水』の世界につなげる事はできるか!?」
「どうしてその事を!?」
ゴブ吉父ちゃんが驚いたように声を上げる。
が、俺はすぐにそれを遮る。
「いいからいいから! 危ない世界だからとか言わなくても分かってるから。むしろ『木』の世界程度までなら、もう余裕で踏破できる戦力だから気にしなくていいから! ねぇ? 俺は行けるの? 行けないの? ねぇねぇ!」
ゴブ吉お父さんは、まるで会った当初のゴブ吉のように戸惑った素振りを見せる。
俺は当時ゴブ吉に対してしたように、しっかりゴブ吉お父さんを見つめながら眉毛両方と手を動かし『ホラ、ホラ、早く答えを言え』と回答を促す。
「ムリだ……」
「ムリて! ウソン! 嘘いっちゃやーよ!」
ショックの余り膝から崩れる。
「すまない。もし、できるとすれば……」
そう言ってチラリとゴブ吉を見るお父さん。
「私達より才能のある者が、私達の技を引き継ぐことができれば可能かもしれん……」
「なんだできるんじゃん! じゃあ引き継ごう! 今すぐ引き継ごう!」
そう言って詰め寄った途端。脛に痛みが走った。
「スネーっ! 何しやがるゴブ野郎!」
いつもの如くキレてみせるが反応が無かった。
むしろ再度脛を殴られた。
「ってぇな! 何すんだよ!」
「……未登録ユーザー……お前…俺に親を喰えっていうのか?」
「あ?」
無言の間が生まれた。
なんとなく俺が気まずい空気を作り出したことだけ理解し、なぜ気まずい空気になったのかが理解できていない中。
祠の方からバラバラになったスケルトンの骨が降ってきた。
突然の事に皆の注目が祠に注がれる。
祠ではスケルトンや岩人達が戦っているはずだったが様子は大きく変わっていた。
敵が出てくる穴から『大きな腕』が出てきていたのだ。
大きな腕は再び振り下ろされ、一体のスケルトンを叩きつぶす。限界突破カンストスケルトンが一撃だ。
異常事態を理解すると同時に腕が穴に引っ込み、穴を覗き込むように大きな顔が現れた。
あまりの異変に全員が固唾を飲む。
現れた顔は言った。
「運命のあるべき姿へ戻す」
と。