12 時々自暴自棄
「おぉ。今帰りかい?」
上級者向け曜日クエストを終わらせ村に戻り、家へと向かう足は道行くゴブリンによって止められる。
呼びとめたゴブリンの姿は醜悪なものではなく、いかにも『おいら悪くないよ』的な妖精の雰囲気を持っていて嫌悪感を抱く事は無い。
笑顔を作って言葉を返す。
「あぁ今日も素材大量にゲットしてきたぜ。」
「あらあら。すごい。未登録ユーザーちゃんが来てからは本当に助かってるわぁ。」
さらに通りすがりの奥さんゴブリンも横から混じってくる。
基本的にこの村はゴブリンの村だからゴブリンだらけ。
『村』という閉鎖的な空間かつ統一された種族の村。そんな村に俺という人間やツムリン、キキーモラ、ボナコンという異端が入り込んでいるのだから、人間の常識で考えれば爪弾きになるか軋轢を生んでいてもおかしくないはずだが、ゴブリン村の住人達は俺達の種族差を気にする素振りすらない。
「便利な道具色々作ってもらったり素材のおすそ分け貰ったりなぁ……未登録ユーザーさんのおかげでこの村も随分暮らしやすくなってるわぁ。」
「いやいやいや、そんなこともあるけれども。」
「おいおいおい自分で認めてちゃあ少し恰好がつかねぇぞ?」
「「「 はっはっは 」」」
もちろん少しの本音が混じってはいるが軽い冗談だ。
ゴブリン村の住人は皆穏やかで、話もしやすいから冗談だって勝手に口から出る。
こうして俺が頼られるのは単純に村を救ったからだけではない。
魔物を倒してコインや素材を集めている事が大きい。
村のゴブリン達はこれまで俺とツムリンが初日に食べたような『餌』に分類されてもおかしくない料理を食べていた。
それが今は『食事』となっている。というのも基本的に調理道具なんかが不足している事が大きかった。
料理は切れ味の良い包丁を使ったり焦げ付き難いフライパンを使ったり、ほんの一手間小麦粉を振るいにかけたりするだけでも大きく味が変わる。
そしてベースには工房があるからゴブ吉が包丁を作ったりする事もできる。さらに簡単な道具の材料となる素材は曜日クエストの初級であり余る程に収集できている。
素材の余りが増え続けるなか、ただ余らせているのもなんなので、色々と生活雑貨を試作するようゴブ吉に指示をだしてあるのだが、その試作品をゴブ吉やキキーモラさんがご近所づきあいで渡したりなんかしたのだ。
もちろんキキーモラさんは簡単な使い方や料理指導もしている。
そんな事をやっていると、月日が流れる間にいつしか俺達は村の鍛冶屋さんや何でも屋さん的な立ち位置になっていてゴブリンの皆に頼られるようになっていたのだ。
「そうそう未登録ユーザさんよ。鎌の様子がどうにもおかしくてな……また手間かけて悪いんだけど、ちょっと見てもらえねぇか?」
「おぉ。別にいいよ。つっても工房でカンカンやるのはゴブ吉だけどな。」
「ははは。ちげぇねぇ。
でもおめぇさん達が素材取ってくるのは間違いねぇし、それにゴブ吉が言うにゃあ、どこをどう直したらいいかはおめぇさんが見つけるっていうじゃねぇか。だから頼りにしてるよ。」
「おう。任せとけ! しっかり指示するわ! じゃあ後で持ってきてくれよ。」
俺達としても気持ちよくベースを利用できるに越した事もないので良関係を維持すべく多少の手間は惜しまない。
だがそういうメリットデメリットを超えた観点で、純粋に気のいいゴブリン達に頼られるのが嬉しかったりもする。
「あぁ、そうそう。未登録ユーザーちゃん。おばちゃんね蜂蜜じゃなくて果物でもお酒作れないか試してみたの。
そうしたら結構美味しいのが出来ちゃったの。ちょっと飲んでみない?」
「おおお! すごいね! 喜んで頂くよ!」
「じゃあ後でお鍋かコップを持ってきて頂戴。」
「うん! ありがと!」
ゴブリンの奥様に手を振って別れ家に向って歩みを進める。
村のゴブリン達はみんな器用だし、俺達が手に入れた素材の植物の種とかも嫌な顔せずに育ててくれたりする。
性格も裏表のないゴブリンばかりで、いやぁ。本当にいい村だよ。ゴブリン村。
そんな良い村だからこそ、村の皆が俺を頼ってくれたり、ちょっと気を使ってくれたりするのはなんだか気分も良い。
嫌な事も多い世界だけれど、この村で普通に過ごしている分にはこの世界も悪くないと思う。
「あ、ゴブ吉……さん……」
「お? ゴブ美ちゃん。どうした?」
「あ、あの……よかったら、だけど……キキーモラさんに教えてもらったビスケット作りすぎちゃって! た、食べてもらえるかな?」
「おう! ありがとう! もしかして待ってたのか? 悪いなぁ……あぁそうだ、この間のビスケットも美味かったぜ! ゴブ美ちゃんは良い嫁さんになるよきっと!」
「よ、嫁……」
ボっと赤くなる、お年頃であろう女の子。
だがゴブリンだ。
「や、やだ私! ま、ま、またね!」
「おう!
……なんだアイツあんなに急いでるんだ? 転ばなきゃいいけど。」
無自覚ラノベ主人公が如く振る舞うコイツもゴブリンだ。
いいやこいつはゴブリンではなくゴブ野郎だ。
「イラっとするんじゃぁあ!」
「ああああああああ~~~」
蹴った。
ついカっとなってやった。後悔はしていない。
放物線を描き飛んでゆくゴブ野郎。
綺麗に着地し、俺に向き直る。
「てっめ! いきなり何しやがる!」
「うっせぇ! 甘酸っぱい青春ごっこしてんじゃねぇよ! ゴブリンだろうが関係ねぇ! 羨ましくなるだろうがコンチクショウが!」
「あぁ? ワケわかんねぇ事言ってんじゃねぇぞ!? 痛くねぇとは言え蹴られれば気分悪いんだぞ!? この野郎が!」
走って戻り、勢いのままビシビシと放たれる助走の乗ったゴブリンパンチ。
「あ、いた、いたた、たい、たた、たたたい。たいたい。」
連打で足を殴られ、かなり地味に痛い。
俺が攻撃してもゴブ野郎にダメージは入らない。
だがゴブ野郎のゴブリンパンチの打撃ダメージは俺に蓄積される。なんという理不尽なのか。これでは勝ちようもないじゃないか。
「ごめんごめん。ただの嫉妬! 嫉妬です! 俺が女体に飢えているにも関わらずキャッキャウフフしそうなゲロ甘な雰囲気にメラっときました。」
「なんだよワケわかんねぇな……」
殴り疲れたのかゴブ野郎の手が止まる。
「それに嫉妬て……ゴブ美は幼馴染で妹みたいなもんだぞ? 嫉妬する要素もねぇだろうが。」
「要素てんこ盛りでフラグビンビンかこの野郎っ!」
蹴った。
「あああああああ~~」
放物線の落下地点に綺麗に10点満点の着地をするゴブ野郎。
またも俺を殴るつもりだろうか憤怒の形相で俺に向かい走り始めている。
野郎ブチギレてやがる。
だが俺もブチギレているぞこの野郎。
俺は腰の後ろに回した短刀に手をかけた。
その様子に気が付いたゴブ野郎は急ブレーキをかけ踏みとどまる。
「さぁ来いよこのゴブ野郎……俺ぁもうキレちまったぜ……
なにゴブ野郎が『近所のあの子が俺にホレてるみたいだけどどうしよう』的なタイトルが付きそうな主人公っぽい振る舞いしてやがる……俺にはもう女体を手に入れる機会なんざねぇんだぞ……ははっ、もういい。この『吸血のダガー』の錆にしてやんよ……クソハーレム野郎はブチ殺す。」
「てっめぇ……ワケわかんねェが、いつにも増してマジでヤベェヤツだな。」
「ほら来いよ。『角』に続く『角』、そして『角』、からの『爪』、最後の最後の望みでようやく出た俺が使える唯一の『SR』武器だ、ハンパじゃねぇぞ、へへ、へ、へへ。」
「くぅっ……」
ギリリと歯噛みするゴブ野郎。
対する俺は薄笑い&半笑い。
結局、武器のレアガチャの結果はひどかった。
最初にレアリティ『SSR』の角が出たが残念ながら『角』を装備する事は出来ないから再度引かざるを得なかった。
結果、次に出たのは『R』の角。無言で投げ捨てもう一度引くと『SR』の角。
意地になってもう一度引いたら『SR』の『爪』ですよ。
ご期待の通りやっぱり装備できませんでしたー! 爪!
もうね。ワザとかと。バカかと。
悪意しかない運営ですよ。
結局俺の望みが叶いそうもないと感じながらも、覇道を捨てきれず泣きの最後の一回で出たのが、この『吸血のダガー』
使えました。
ようやく俺も使えました。
攻撃力に若干の不安要素は残しつつも攻撃毎に謎回復するという仕様のお茶目さん。
結局のところ必殺技を食らえって事ですね運営死ね。わかります運営死ね。
こうして俺は10連ガチャ以外で女体を求める事が不可能になってしまったのだ運営死ね。
そんな俺の前で甘酸っぱい青春キャッキャウフフを演じるなんざ宣戦布告にも等しい行い運営死ね。
「あぁ、発作みたいですね。ツムリン。」
「は、はい!」
突如ヒザカックンされたかと思いきや俺の視界が真っ暗に変わる。
それと同時に、ふにゅっとした両頬の感触と優しく頭に回される手。
オッパイハンター的にこの膨らみはCプラスかDマイナス。おおよそDの方に近い素晴らしいモノだ。
やわこいよう。やわこいよう。落ち着くよう。最高だよう。
……だが、俺は知っている。
この柔らかな胸の持ち主が嘴狼の顔であることを。
あぁ信じたくない。現実はなんて残酷なんだろう。
だが男として夢であっても薄い希望の元、触れるオッパイの価値がどれほどの物か確かめたくもなる。
柔らかさを堪能しつつもオッパイの持ち主の顔を確認しようと見上げる。
「よーしよしよし。」
「?????」
ツムリンの顔があった。
「いい子ですね~未登録ユーザーちゃんは~」
「???????」
なぜキキモラさんのオッパイなのに、ツムリンの顔が見えるの?
ツムリンの身体は女体になったの? 可愛い顔でちゃんと女体なの? それは素晴らしい! やったぁ!
でもあれ? いや? さっきまでは全然。 あれ? でも
混乱の極致に至り、俺は――
スヤァ
--*--*--
未登録ユーザー様はキキーモラさんの胸を何度も頬で堪能しながらボクの顔を見た。
その目はどうみても混乱している。
そして目が激しく泳ぎ始めたかと思うと、瞼が閉じた。
「キキーモラさんの肩からボクが顔をのぞかせてただけなんですけどね……」
「この方は、ご自分の見たい物を見たい所しか見ませんから。」
キキーモラさんが一気に脱力した未登録ユーザー様をしっかりと抱き支え、そして自身の胸に抱いたまま頭を撫でた。
コレはここ数日、なにかにつけては自暴自棄になりがちな未登録ユーザー様を落ち着かせる為に編み出したボクとキキーモラさんの合わせ技。
ボクがヒザカックンをすると同時にキキーモラさんが抱きしめて胸で視界を奪い、そしてその間に僕がキキーモラさんの肩から顔をのぞかせて、キキーモラさんは顔を逸らして未登録ユーザ様の視界に入り難くする。
未登録ユーザー様はキキーモラさんの身体は好きだけど顔が怖い。ボクの顔は好きだけど身体が怖い。だからいいとこどりしてみせたのだ。
この技を食らった未登録ユーザー様は、なぜか途切れたように眠るのだ。
ボクはキキーモラさんの肩に顔を乗せながら、静かに未登録ユーザ様の頭を撫でる仕草に少し頬を膨らませる。
ボクの膨れた頬を気にする事なくキキーモラさんは口を開いた。
「ボナコン。」
「はっはっはっは。」
近づいてきたボナコンに未登録ユーザー様をそっと乗せるキキーモラさん。乗せ終えると数回ボナコンに優しく手を触れた。
「未登録ユーザーさんが目を覚まさないように運んでくださいね。」
「うむ。わかった! 気をつけよう。 はっはっは。」
「ゴブ吉も御免なさいね。
未登録ユーザーさんはこういう方ですし、それに今はまだ武器が思ったように手に入らなかったショックが残っているようなので、あまり怒らないであげてください。きちんと落ち着けば武器に手を伸ばす様な事はしない方ですから。」
「ったく……キキーモラさんに言われちゃ仕方ないよな。わかったよ。」
「有難うございます。では帰りましょう。」
キキーモラさんの声で皆が動き出す。
「あぁそうだツムリン。さっきゴブ奈さんがお酒を分けてくれると仰ってましたから家に帰ったらゴブ奈さんの所へお使いに行ってもらっても良いですか?」
「……はぁい。」
ボクは少し不貞腐れ気味の返事をする。
そんなボクが珍しいのか、キキーモラさんはじっと見てきた。
こうしてキキーモラさんがじっと見つめてくる時は、大抵の場合『何を考えているだろう』という推測をしている時だという事をボクは知っている。
なのでボクは考えていた事をそのまま口に出す。
「ちょっとキキーモラさんの身体が羨ましいと思っただけです。」
「あら? そうですか。それはまたどうして。」
「だって未登録ユーザー様は、キキーモラさんに抱きしめられるとすごく嬉しそうになるんだもの。」
「……ふふっ。」
珍しくキキーモラさんが笑った。
ボクはちょっとむくれてしまう。
「おかしかった?」
「いいえ、御免なさい。
私にはどうにもその後の絶望したような顔の方が印象に残っているもので。つい。
私の身体を羨ましいと思うという事は、この顔も羨ましいと思う事になってしまいますよ? ツムリン。」
「羨ましいよ。
……だって未登録ユーザー様はボクの身体には全然触れようともしないんだもの。」
その理由は分かっている。
ボクの身体は雄性器と雌性器があり、そしてその二つが正常に機能している。
そして未登録ユーザー様はこれまでの反応から見るにボクの雄性器を嫌っている。
ただ、嫌っているのが分かっても、これがボクの身体の作りだからどうしようもない。
「はぁ……」
やるせなさにため息が漏れる。
「なるほど。ツムリンは完全に女の身体になりたいのですね。」
「……うん。」
「そうなのですか。覚えておきましょう。
あぁ、もう家ですね。お手数ですがお使いお願いします。お酒はなんの果物を使ったのかも聞いておいてくださいね。」
「はぁい。」
ボクは諦めたように返事をし、お使いに頭を切り替えるのだった。