10 働くって楽しい
「さぁ、今日も元気に頑張りましょう皆さん。」
「「「「 はい! 」」」」
キキーモラさんのいつもの号令。
今日も一日が始まったと心のスイッチが入る。
早速俺は中級者向けの扉に手をかけて一度向き直る。皆の顔を見れば既に皆、準備万端の面構え。なんと頼もしい事か。
俺が扉を開くと同時にボナコンを先頭に突入が開始され、すぐに戦闘が始まった。
俺は最適化され、パターン化された攻撃を受けて倒れる敵が落とす素材を素早く回収する。
コインはゴブ吉が回収する。体の差を活かした連携だ。
素材が落ちない場合もあるが、その時にはこっそりとどっちが先に拾うか競争して楽しんでいるのは内緒だ。
だが例えバレてもキキーモラさんは仕事を楽しむ事は推奨しているし『ほどほどにね』と笑うだろう。
今日は金曜日。ツムリンの攻撃がいまいち効きにくいし被ダメージも多いから午前の内に21戦、7クリアが目標になるだろう。
キキーモラさんの作った美味しいお弁当と小休憩で精神を癒した午後は30戦10クリアが目標だ。
金曜日中級という事もあるが、まだモンスターコインのドロップ金額はそれほど高額じゃないから予想収益は1クリアで150~250モンスターコイン。平均200コインと仮定して17クリアだから、3400モンスターコインだ。
「よぉし! 今日も一日頑張るぞっ!」
--*--*--
「ぷぃ~……今日も一日働いたなぁ~……なぁゴブ吉。」
「あぁ、意外とコインも出てきたよな。3650枚だぜ。」
「おぉバッチリだな予想額超えてきたぞ! 明日の夕飯は期待できるな!」
ゴブ吉と拳をゴツンとぶつけ合いながらベースで今日の成果を褒め合う。
ツムリンやボナコンは戦闘をメインにこなしているから、こういった喜びを分かち合いにくく、やはり同じ仕事をこなしている方がなんとなく話しやすいのだ。
チラリと目をやれば、ツムリンやボナコンは横になって休んでいる。
敵を倒した事でレベルも上がって戦闘自体は楽になってきているし『クリア』まで戦えばベースに戻らなくても体力が回復するとは言え、やはり精神的な疲れは溜まる。
俺達が出来ない仕事をやっているのだから、ゆっくり休んでほしいものだ。
そんな事を考えていると、帰ってからも休むことなく働いているキキーモラさんの俺達を呼ぶ声が聞こえ、俺とゴブ吉はすぐに立って夕食を運び始める。
「はい、じゃあコレも持って行ってくださいね。」
料理を運び終わった最後にキキーモラさんが俺に壺を渡す。
「え? ……これって……もしかして!?」
「ふふふ、そうですよ。未登録ユーザーさんに教えてもらった通りなら、そろそろ飲み頃かと思いますし。」
ニコリと微笑むキキーモラさんを背に、俺は壺を持って走りだす。
「うぉい! 蜂蜜酒だ! 蜂蜜酒ができたぞぉ!」
「まじか!」
喜色を孕んだゴブ吉の声。
そう。今日は宴会だ!
壺を置き、たまらず俺は柄杓で掬って、そのまま口に運ぼうとした。すると
「直接口をつけると傷みが早まるんじゃなかったですか?」
キキーモラさんの声が遠くから聞こえた。目もくれていない様子から、どうやら俺の行動はお見通しだったようだ。
俺は柄杓に口をつけることなくそのまま壺へと戻す。そして
「いっけねぇ。」
と、舌を出し頭を掻いておどけて見せる。皆の笑い声が聞こえた。
次はきちんとコップに味見程度の蜂蜜酒を移し舌の上で転がす。
ゴクンと飲みこみ、たまらずもう一杯、二杯とコップに入れて大きく喉を鳴らす。
「あぁ、ずるいぞ! 未登録ユーザー!」
「ボクも飲んでみたいです!」
「はっはっはっは。我も続こう!」
俺の様子がとても美味そうだったのだろう。次々と声が上がり一気に騒がしくなる。
ただ一人、静かにその様子を小さく笑いながら炒った木の実を持ってくるキキーモラさん。
「はいはい、みなさん。おつまみも用意しましたよ。でもまずはご飯を先に頂きましょうね。」
「「「「はーい!」」」」
食事を頬張り、そして蜂蜜酒を味わい、豊かな食生活を感謝し口ぐちにキキーモラさんの腕に賛辞を送る。
しっかり働き、しっかり食べて、しっかり楽しむ。あぁ、今日もいい日だった。
――――
――
―
……ん?
「……って違うよね!」
俺の突然の叫び声に、おつまみを齧っていた皆が静まり返る。
俺もあまりの事態に悪寒を感じてしまい自分の両腕を摩りながら続ける。
「焦ったー! 焦ったわー! 俺めちゃくちゃ労働の喜び噛みしめてたわ! なんだか生きる喜び感じてたわ! 些細な幸せが大きな幸せに感じてたわ! いや違うよね! 蜂蜜酒飲んで気持ちよーくなったせいで逆に色々思い出して素面に戻ったわ!」
「……お、おい? どうした未登録ユーザー。」
「うっさいゴブ野郎!」
「わぁ懐かしい言い方!」
俺の言葉に驚きながらも怒りと嫌気を混ぜた返答をするゴブ吉。
「どうかしましたか? 未登録ユーザーさん?」
「どうもキキーモラーさんいつも美味しい料理を有難う貴方のおかげでいつの間にか普通によく訓練された社会人生活を送ってました。が、そうじゃなーい!」
「はて? モンスターコインを集め、充実した食生活を送る事が違うのですか?」
いつも通り冷静に俺の興奮などどこ吹く風の対応のキキーモラさん。
「いや、ちーがーうでーしょ! なんの為にモンスターコインを集めてるのって話ですよ! もう一体ぜんたい何枚貯まってる勢いだってのよ!」
「41,500枚程でしょうか。色々と生活用品を買い足しましたから減ってますね。」
「はい! 過剰! 行き過ぎた貯金! 一体何日の時間を費やしたのやら!」
「約3週間ですね。早めに中級に入っていれば5万枚は貯める事ができたと思います。」
「はい。明確な回答を有難うございます仕事のできるキキーモラさん! そんなに貯まってるなら早くガチャ回しにいこうよ!」
軽く首を傾げるキキーモラさん。
「ガチャ?」
「そう! 通常ガチャ! 10連1000コインだったと思うし、もう40回回せるじゃん! そもそも俺の目的はガチャでエロい女の子を手に入れる事だったんだから!」
「あぁ、そういう方面が目的だったのですね。」
俺はキキーモラさんのお叱りに備えファイティングポーズを取る。
「おっと止めても無駄だぜキキーモラさんよ! ちゃんとやる事やってれば優しい事はもう分かってる! これまでは『あれ? 食べられちゃうかな?』的なストックホルム症候群と、いい感じの飴と鞭で使われてたけれど酒に酔った気持ちよさで快楽を求める本能に目覚め女体を欲した俺はもう止まらん! そうやすやすと止めれると思うなよ! ガチャを引かせてもらえるまで徹底抗戦だっ!」
「そうですか。良かったですね。では向かいましょう。」
「え?」
キキーモラさんはスっと、ボナコンはいつも通り笑いながら、ゴブ野郎はさも面倒くさそうに、そしてツムリンは飲み過ぎたのか眠そうに片目を擦りながら立ち上がり移動を始める。
構えたままの俺はその場に残されるのだった。
「え?」
--*--*--
俺はベースで机に突っ伏している。
ツムリンはぐっすり、ゴブ野郎も横になり、ボナコンは時折寝言を言っている。
キキーモラさんはいつも通り明かりもつけずに台所で明日のご飯の仕込みをしている。
通常ガチャを回した。
しっかり回した。
10連を40回、しっかり回して400の結果を得た。
結果
ゴブリン×42匹
犬人×37匹
猫人×15匹
蜥蜴人×22匹
樹人×18匹
魚人×23匹
蟻人×11匹
飛虫人×8匹
というレアリティ『N』の雑魚モンスターが176匹。
普通の剣×22振
普通の槍×21本
普通の牙×24本
普通の爪×18個
普通の角×15本
普通の短刀×16振
普通の投げナイフ×19本
普通の弓×15丁
火縄銃×12丁
というレアリティ『N』の武器が162個
ホブゴブリン×9匹
豚人×6匹
スケルトン×7匹
大猪×5匹
岩人×4匹
ハリネズミ×1匹
レアリティ『R』のモンスターが32匹。
グラディウス×3振
ショーテル×2振
十文字槍×2本
薙刀×2本
尖った牙×2本
固い牙×1本
するどい爪×3個
毒の爪×1個
尖った角×2本
ダガー×3振
スティレット×2振
棒手裏剣×1本
十字手裏剣×2個
ショートボウ×2丁
ロングボウ×1丁
マスケット銃×1丁
レアリティ『R』の武器が30個。
尚、強制収容所の収容数は100で、限界に達するのが意外と速かった。
その為『N』の雑魚はツムリン、キキーモラさん、ボナコンに全て食わせた。
この『食わせる』はスマホゲームで言う『経験値にする』『レベル上げの養分にする』という意味合いで、実際に食わせたワケではない。レベルを上げる為の材料になってもらったのだ。
もちろん俺はそう指示しただけで、実際どうやってレベル上げの材料にしているかは不明だ。
俺の指示を受けたみんなが強制収容所に行って帰ってくるだけ。なんとなく見たくない気持ちがあったから見ないの。うん。
どこか諦めたような表情の『N』達を見ちゃうと。もう俺、怖くて詳細聞けない。知らない。
『R』のモンスターについても、ボナコン程の当たりは無く結局食費の関係もあるから極力待機メンバーは少ないに越した事はないので『あ、メシなくても大丈夫ですんで』と言ったスケルトンと岩人を除いて養分になってもらった。
尚、なぜか出てきたハリネズミは強制収容所内の癒し系ペットとして保護してある。
つまり、今は強制収容所を見に行くと、骨と岩の人が横になっていてハリネズミがうろちょろしているというカオス。やだ怖い。
ちなみにボナコンがこれまでの討伐と食ったせいで最大レベル30に達し『覚醒進化』という名の成長素材を基にした最大到達レベルUPを行った。
実際はただ素材食っただけだったけど。
なのに、なんとなく見た目は立派になったような気がしないでもない。
キキーモラさんとツムリンはまだ最大レベルに到達しておらず、まだまだ敵を倒すかモンスターを食わせるかの強化が必要だ。
そして武器についてだが、武器は武器のレベルを上げる養分にできる。
工房に保管できる数が100だったので、ツムリンの装備できる牙で攻撃力の高い『尖った牙』、キキーモラさんの装備できて強い方だった『毒の爪』、ボナコンの装備できる『尖った角』の強化に使った。
ちなみに鍛冶は、俺は指示を出すだけでゴブ吉がやってくれた。
最初に心配したのは所詮杞憂だったようだ。
ただ強化といってもレアリティ『R』の武器程度だとそんなに強化もできず、Rは全種類残して3種類の使用武器が最大強化できた。
わぁい。
ガチャを回して一気に強くなったよ。
しかも全体的に。
「やっぱり女体が無かったわけだけれど。」
静かに泣いた。