夢録3 淀み
昔、人に扱ってもらう一振りの刀に霊が宿りました。
武士にとって命よりも大事な刀といえど彼は人斬り包丁。刀に宿った魂の殆どは迷い嘆くことも多々あります。
しかし、その刀は人斬り包丁であることを踏まえて自分のことを誇りに思っておりました。自分の使い手を己の本体で守ることが何よりも嬉しかったのでしょう。
彼は良い扱い手に恵まれたのでしょう。折れることなく現世を渡り歩くことになりました。戦場はもちろん、時には家宝として飾られたり、納物として献上されたりしていたそうです。
そんなある時、彼は一人の使い手とめぐり逢いました。それが彼にとって地獄の始まりになってしまったのです。
新たな使い手はあった時は普通に武士でした。しかし。武士は恋仲の人と無理やり引き裂かれ、一人になってしまいます。
残された武士は恋敵を呪うようになります。呪いは闇。闇に侵された魂は物にも影響を及ぼす。常にそばにある物達は負を溜めてしまう。溜まった負はやがて持ち主へ帰るんです。
人を呪わば穴二つ。
刀は武士の負の感情を溜めてしまった。望んでもいないのに自分の主を呪ってしまう。その苦しみは千年の時を超えてきた刀自身を滅ぼしてしまうくらいに。
美しい刀は見るも無残に崩れてしまった。
全て持ち主次第。物を壊すも救うも永らえさせるも人間なのです。
しかし、忘れないでもらいたい。物達は魂が宿っても話せないし動けない。人間から受け続けるものを溜めていくしかないのです。
どうしてこんな話を貴方にしたのか。きっと貴方にはもう分かったことと思います。
いえ、此処から先は私が話すことは何もありません。貴方がどうしたいか、です。協力できるものなら私も力を貸しましょう。でも、決めるのは貴方です。私ではない。
ええ。虐められている貴方が悪いわけではない。貴方を怒っているわけではありませんし、虐めているものを許せと言うつもりもありません。貴方の心境を考えてみることもできます。
でも一つだけ言いましょう。世界は貴方が見ている一つだけではない。前と後ろだけではなく、横にも広がっている。物とは違って選べるのですから。辛かったら逃げてもいいのです。
そうですか。それは良かったです。貴方は今やっている黒魔術をやめるのですね。
それは私も嬉しいですよ。多くの子が苦しまずに済む。それは私にとっては良いことなのです。羽を休めるためのこの店。でも人間が道具を大事にすればこの店は必要なくなるんです。
まあ、難しい話ですがね。
もう、貴方はお戻りになってしまうのですか? いえ、少しだけ名残惜しくて。何かあった際は是非またいらして下さい。
ここは何よりも近く、何よりも遠い店。来ようと思ったら来れるかもしれませんし、今回のように急に呼ばれるかもしれませんよ。
ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております。
さて、こんな感じでよかったかな、夜叉白鶴?
「君な勝手に話していいとは言ってないぞ」
そうだね。でも、夜叉白鶴。守れたんだよ。君が呼んでくれたおかげで彼女のまわりの道具も彼女も救われたかもしれない。誇りに思っていいんだ。
「……本当に救えたわけじゃないさ。彼女は取り敢えず君の話に頷いて開放されたかっただけさ。君だって薄々気が付いていたんだろう?」
まあ、そうだね。だけど、彼女の呪いに対する認識は少しならず揺らいだわけだ。後は簡単なことで黒魔術をやめることになる。
ありがとう。
「嗚呼、まあ受け取っておくのも悪くないな」
そうだろう? さあ、今日はもう寝ようか。お休み。
「結局、言葉だけで片付けてしまいましたか。やはり厄払いなど要らないではありませんか」