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短編

魔女が子供を拾う話

作者: カズキ

「そんなに嫌なら、アタシの家、くる?」


そうして差し出された手。

これが、始まりだった。



卑屈で、自分には何も無いんだと言い聞かせ続けていた彼の始まりだった。

どこにでもある公園。

その遊具に座って泣いていた彼の横に、いつのまにか彼女はいた。


「イジメられた?」


そう彼女は訊ねた。

夕陽が落ちて行く。

暗くなっていく空は、まるで彼の心情そのものだ。

彼は首を横に振る。


「ただ、家に帰りたくないんだ」


「そりゃまたどうして?」


ぐすぐすと鼻を啜って、彼は口を開く。

彼の家は所謂富豪の家、お金持ちの家で、父親が若い時に始めた事業が大成功した。

成金、と陰口を叩かれる事も珍しくない。

でも、一代で富を築きあげた父を彼は尊敬していたし、怒ると怖いけど優しい料理上手な母の事も大好きだ。

彼には、兄が二人いた。

一番上の兄とは五歳離れている。二番目の兄とは双子なので同い年だ。

二人は自分と違って頭も良いし、学校の成績だってつねにトップだった。

一番上の兄と比べられることはそこまでなにも感じなかった。

でも、最近、双子の兄と彼は両親によく比べられた。

成績だって頑張って勉強した、でも成果がでない。

体力だって頑張ってつけるように特訓した、でも成果が出ない。

どんなに頑張っても、どんなに努力してもそれ以上に努力している双子の兄には叶わなかった。


――もっと、がんばりなさい――


彼の、成績表を見た父の言葉が深く突き刺さる。


――頑張ったディーは、お祝いをしないと――


嬉しそうな母の笑顔が深く、深く心に突き刺さる。

いっぱい頑張った。一回だけ双子の兄と同じ成績になったこともある。

成績が上がったのだ。

でも、その時は誉められなかった。

兄の成績が下がったのだと言われた。

そこから、頑張っても意味が無いように感じた。

注意される双子の兄を、冷めた心で見ていた。

すると、そんな彼を唯一誉めてくれたのが、努力を認めてくれたのが一番上の兄だった。

嬉しくなかったわけじゃないのに、なぜか泣きたくなった。

一番上の兄は、彼の双子の兄の事も同じように誉めていた。

成績が下がった彼を注意するでもなく、頑張ったな、と労い誉めていた。

双子の兄の為に用意された料理。両親と一番上の兄の嬉しそうな顔。

それは、けっして彼に向けられる事はなかった。


「だから、ここでイジけてるんだ?」


彼女の言葉に、彼は少しムッとして顔を上げた。

そこには近くの高校の制服姿の少女がいた。

幼年学校三年、9歳の彼にとってみればお姉さんである。

一番上の兄よりも彼女は年上ということだ。


「そんなに帰りたくない?

もうすぐ、日が暮れるよ?

暗くなったら、危ないし送っていくよ。

おうち、どこ?」


彼女の申し出に、彼は嫌々と頭を振った。


「夜と昼の間はね、お化けが出やすいんだよ。

どことも知れない場所に連れて行かれちゃうよ?」


「それでいい」


彼女の脅しに、しかし屈せず彼は答えた。

そして、冒頭のセリフに繋がるのである。



少女の申し出に、彼は不思議そうな表情を浮かべる。


「え?」


「だから、アタシの家来る?

こう見えて、アタシお化けなんだよね。

昼と夜の間、この黄昏時だけ活動できるお化け、【魔女】なんだ」


少女が手を差し出してくる。

白い、でも、温かそうな手だ。

家族の誰よりも、温かそうな手。

魔女、と少女は名乗った。

彼女は魔女らしい。

悪魔と姦通し、契約を交わした、神様から嫌われた魔女らしい。

魔女の少女は笑っている。

少女である魔女は笑顔を浮かべている。

彼女が本物の魔女なのか、それとも偽物なのか彼には判断出来なかった。


「なんで僕を誘うの?」


「いや、帰りたくないって言ったのは君だよ。

家に帰らないと危ないよ、お化けもそうだけど世の中には、君みたいな男の子を好きすぎて食べちゃう変な人もいるし。

家にどうしても帰りたくないなら、一時的に保護するのも大人のつとめだしね」


大人、と彼は声に出さず呟いてみる。

両親は兄たちの方が大好きだった。

一番身近な大人は、どんなに頑張っても彼を見てくれなかった。

どんなに彼が大好きでも、それが返ってくることはなかった。

でも、魔女を自称する彼女は彼を見ている。

真っ直ぐ、彼を見て、手を差し出している。


「ウソだ」


「ウソ?」


「だって、大人は優秀で才能のある良い子が好きなんだ。

お姉さんが大人なら僕を選ぶわけない。頭が悪くて成績がビリの、才能がない、努力しても成果がでない僕を保護するなんて有り得ない」


大人が、両親が彼に求めたのは努力だった。

もっともっとと、先の見えないゴールだけを示される。

どれだけ頑張って努力しても、それは報われない。

至れないゴール。

でも、そこを目指せと言われる。出来レースを延々と終わりなくやらせられるのは、疲れるのだ。

やがて、その努力が、努力をする過程そのものが兄たちとの差別化をはかっているのだと気づいたのはいつだっただろうか。

底辺の自分を兄たちに見せる事で、こうならないようにするための、ただそのための存在なのだ、と彼は心の底から思っていた。


「ひねくれてるなぁ」


魔女は苦笑する。


「君は頭が悪くて才能がない、そして努力してもそれが結果にならないって決めつけてる」


「決めつけてない、事実だ」


「それは、どうかな?

で、どうするの?

ウチくる?

今日はシチューの予定だったんだけど。お腹減ってない?

他に食べたい物があったら用意するけど」


「え?」


「ん?」


「僕のために料理を用意してくれるの?」


「ウチくるならお客様だしね、おもてなしってやつかな。

お腹が減ってるから、嫌なことを考えるんだと思うし」


「知らない人に付いていくなって昔言われた」


「あれ?

あれあれれ?

君は、頭が良くない、才能のない悪い子だからそれには該当しないんじゃないかな?」


「ゔ」


「ほらほら、早く決めないとお腹と背中がくっついちゃうんじゃない?」


おずおずと、彼が魔女の手に触れる。

魔女の手は柔らかくて、温かった。


「そうだ、君、名前は?

私はシェリル」


魔女の手を握ると、彼は返した。


「僕はイルリス。イルリス・ジルフィードっていうんだ」



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