壊れてもいいんです
***
真実は、いつだって人の想像を超えてゆくものだと誰かが言っていた。
「カエルの子はカエルか……」
「いえ、大佐さん。カエルの子はおたまじゃくしです」
「そういう意味ではないのだがね」
母が怪物なら、娘も怪物だった。知りたくなかったそんな真実に生まれて初めてかいた冷や汗を拭きつつも、ノワールはスペアの眼鏡を胸ポケットから取り出してかけ直す。ちなみに平静を装っちゃいるけど内心では、ちょっとビビッてるのは内緒だ。
というか、あんなもの見せられてビビらないわけがない。屈強な、筋骨隆々とした大柄の男が同じ事をしてみせたとしたならば、「ふん、それがどうした?」と意にも介さないだろう。けど、それをしたのが目の前の華奢な少女だというのだからノワールは慄いているのだ。
だって、だってだ。リリィベルは、さも簡単に。まるで、
「……いつの間に、うちの軍は手錠をこんにゃくで作るようになっていたのか」
「もしそうなら囚人の方や捕虜の方は、嬉しいですね」
そうだと思うしかないほど易々とこの鉄製の手錠を引きちぎってみせたのだから。
……いや、でももしかしたらこれは本当にこんにゃく製なのかもしれない。ぷるんぷるんで、噛めば程よい歯ごたえのアレなのかもしれない。でなければ、こんな少女に壊せる物ではないのだから。
ならば、と。確かめるためにノワールはさっき眼鏡に当たった破片を手に取り、ゆっくりと口元に運んで――
「……む」
――カリッと、音がして。結論。
「……どういうことだ、このこんにゃく硬いぞ!」
「大佐さん、落ち着いて」
それは、ただの鉄の塊です、と当たり前のことを当たり前に言われて……知っているさそんなことは! 知っててやったのさこんな茶番! せいやあっ! とそのままテーブルの上に投げ捨てて。もう、なんなんだこれは。両手で顔を覆い隠して。
「やはり、壊してしまったのがまずかったのでしょうか。すみません」
「違う、壊した君は悪くない。壊れたこれが問題なのだ」
「……といいますと?」
「君のような少女に壊される手錠など、もはや手錠と呼べる代物ではないじゃないか……こんなものはただのこんにゃくだ! そうに決まってる! いや、決まっててください! こんにゃくであってください!」
そうでないと、天使が化け物になってしまうから。イメージが崩れてしまいそうだから。嫌いには、ならないが。それでも、それでも。手錠のせいにでもしなければ、こんにゃくだなんてばかな話にでもしなけりゃ、ノワールはやってられなくて。それが真実であって欲しくて。
でも、そんなノワールの心情を察してかどうかは知らないが。
「そう、なんでしょうか? でも確かに鉄製にしては柔らかかったですし……では、わたしも確かめてみましょう」
「はい?」
言うなりすっ、とリリィベルはノワールが投げ捨てた、先ほど口にした破片を手に取りそのまま――
「……はむっ」
「……!?」
――柔らかそうな唇で挟んでみせて、ちんまりとした前歯で噛み始めて。ふう、と吟味してみせたあと、口から取り出して。
「おいしくはないですね。大佐さん、やはりこれはこんにゃくではないようです」
「……」
「疑問が解決しましたね……大佐さん? なんだかお顔が赤いですね、風邪でしょうか」
「誰のせいだと思ってる……」
唇と唇で確かめた、こんにゃくの真実もまた想像を遥かに超えていて。
――破壊力がすごすぎて、あっさり恐怖も疑問も吹き飛ばされました。