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戦争も恋も、等しくあれば。



   ***



 こんな時になにを、と言われてしまうかもしれないが。それでもこんな時だからこそ気付くというか、再認識することってやつは確かにあって。


「第三から七までの右翼小隊、敵前線部隊の鎮圧に成功しました!」


「オッケー、なら進路は変えずにそのまま前進させて! ヴェルメイユの部隊は左翼の援護に回してちょうだい! あいつなら少数でも下手な小隊より早いもの!」


「了解しました!」


「中央の部隊は現状の戦線を維持することに集中させて! 引き付けて引き付けて、前に出ず下がらず動かずよ! ふひひ、支柱は決して折れちゃいけないもの――ん? なによノワール?」


「……いや、なんというか」


 例えば、今相手取っているほとんどが戦争経験のないずぶの素人、民兵ばかりだとしても。それでもダリアが集めた帝都周辺に身を潜めていた反政府組織の連中や、まったく別組織として活動していた他のレジスタンス達を含めれば二万近い数の、その敵たちを。


「……赤子の手を捻る、とはこういうことなのかと思ってな」


「はあ? 当然じゃない、誰が軍師をやってると思ってん――右翼! また押されてるわよ! 至急中央戦列から後方支援を送って! 左翼の進軍スピードに追いつけないんじゃ意味ないんだから!」


 この見目麗しい銀色の妖精と揶揄される女ひとりに、その目まぐるしく飛ぶどこか舌ったらずな声に、磨き上げた紅玉のような瞳に――なにもかも見透かされ、いいようにあしらわれているという事実と。普段がどうであれこの女が、やはりというべきか。


 ノワールが頬杖つきながら、見守ったほんの一時間かそこらで。


「ブランシュ中尉! 左翼、右翼、共に戦列が敵後方部隊に届きました! ……円形包囲、完了です!」


「……っし!」


 あっけなく、なんては言わないが。


 それでも瞬く間に反乱軍を包囲しせしめてみせるほどの軍略を披露する、紛れも無い天才であることと。そして小さくガッツポーズ、にっかりと無邪気な笑顔を浮かべて。


「どーよ?」


「……お見事、パーフェクトだブランシュ。いつ見てもその手際のよさに、私は舌を巻くしかなくなるよ。戦力差があるとはいえ、こと戦争における貴様の軍略だけはとても私には真似出来そうにないな。なにかコツでもあるのなら、ぜひにご教授願いたいものだ」


 滅多にないノワールからの称賛の軽い拍手を浴びながら、ふふん、と誇らしげに鼻を鳴らして。


「あら、簡単よ。ぶつけた命の残り数を数えるだけ。そしてその差分をどれだけこちらが多く取れるかを見積もってやるだけよ。千に千を当ててゼロにするのではなく、千に五百を当ててこちらだけが三百残る方法を……博打ではなく計算してあげるだけよ。犠牲の数を、消える命のその数を、ね」


 こんなことを、さも当然のように言ってのけられる女であるということで――すっぱりと何事も割り切れる性格、あるいは淡白であるとも取れる、そんな性格の女であるというも事実であって。それは同時に、


「くく……私なら、罪悪感で押し潰されてしまうかもしれないな」


「……罪悪感? やだ、そんなものがあなたにあるとは到底思えないのだけれど?」


「ふはは、遺憾だな。私は悪魔かなにかか?」


「かもねえ? でも罪悪感なら、私は人並みに感じちゃいるわよ。ただ感じても、」


「感じても?」


「……足を止めないだけよ。それを背負った上で、前に進むようにしてるだけ。割り切って、切り替えて、いつだって前だけを見るようにしてるだけなのよ」


 届かないのなら、届くものにだけ手を伸ばすの――と。


 それはあの、昇降機での会話。ブランシュがノワールからヴェルメイユへと切り替えた、その話のままで。思い出せばなんだか、ノワールは笑えてしまって。


 結局、そうなのだろうと。自分で言ったのに、その自分の言葉にひどいくらいに合点がいって。く、く、く、く、と込み上げるように喉を鳴らして。


「くははっ……だとすればその切り替えの早さは、色恋沙汰にもよく出るのだな。結局は恋も戦争も、似たもの同士でしかないのかもしれないな」


「……かもね? でも言ったでしょう? 私はさ、」


 その一割が、わかんないし、わかっちゃいけないと思うのよ、と。そーいう人間だからさ、そうじゃなきゃ戦争も恋もまともにできないもん、とも。ブランシュは肩を竦めてみせて、乾いた笑いを響かせて。


「けれどあなたは違うんでしょう、ノワール?」


 半眼から、真紅の瞳が漏れて光る。どこか嘲笑うように、こちらを見る。その視線があの話でいうところの、妬み三割、八つ当たり四割、自己嫌悪二割の割合、なのかは知らないが。


 それでも、そうであっても。


「……さて、な?」


 そのブランシュがわからない、わかりたくない一割のためにノワールは立ち上がり歩き出す。「行くの?」というブランシュに小さく頷いて、カツカツと迷い無くブーツの踵を鳴らし、勢い良くテントの入り口へと歩を進め。


 ねえ、と背後で聞こえた声に、わずかに立ち止まり。


「行く前に、これだけは教えてくれない? ……見えなかったのに、どうしてあなたはあのリリィを『違う』とわかったの?」


 こんなことを、訊かれたから。ノワールは、ふははは、と笑って。少しだけ振り返り、眼鏡を押し上げて。


「……私はな、ブランシュ。例え幾千幾万里離れていようとも、『彼女の』匂いを、仕種を、声を……どれひとつだって間違えることはないんだよ」


 それだけ言って、背を向ける。そんなノワールに、ブランシュは一瞬、ぽかんとした顔を浮かべてみせるが、しかしすぐに可笑しそうに口に手を当てて小さく笑って。


「ふひひっ……それって、結局どっちなのよあんた」


 答えは言わず、ノワールはまた歩き出す――。



 ――戦争と恋が同じなら、結末は言葉にする必要性を持ち得ないのだから。

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