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いろんな色と形があるんです。



   ***



「たぶん妬み三割、八つ当たり四割、自己嫌悪二割の割合なんだと思うな」


 ――と。基地内部の昇降機の中で、横に立ったブランシュが言う。


 それはこの女なりの、あの前日の宣戦布告の中継を見たことへの感想というか、考察のようなもので。ゴウンゴウンと重たい音と共に鉄の箱で引き上げられる感覚の中、ノワールは「ふむ?」と顎に手を添えて頷いてみせて。


「では、残り一割はなんなのだ? それではすべて合わせても九割にしか満たないのだが」


 三足す四足す二は、当たり前だが九になる。これは単純な、子供でも分かるそんな足し算だ。だが、このままでは満たない、満たされない。十には辿り着かないし、届かないままなのだが。


 そんな極々当然の疑問を投げかけてみれば、しかしブランシュは「あー……」と気の抜けたような声。どこか空ろな真紅の眼差しは、どこともない宙へと逃げて。指先で綺麗に落ちた長い白髪を弄び、そっかそっか、と呟いて。


「……そっか、そうじゃんね。これじゃ九割だよね。足りないよね、一割」


 んじゃ、その一割はなんなんだろうね? なんて、フヒッと笑って。自分が生んだ問題に、解ではなく更に問いを重ねてくる。そんなブランシュに、思わずノワールはカクッと膝が折れかけて。


「……阿呆め」


 眼鏡を押し上げながらシンプルな罵倒、ぱすっと軽く形のよいつむじの辺りに手刀を落とす。だが、いつもならばここでぎゃあぎゃあと騒ぎながら反論なり反撃なりをしてきそうなものだが、しかし今日は少々様子が違う。


 ブランシュは脳天に置かれた手刀を払うでもなければ、反論するでもなく。その形のまま、まるで型と型が噛み合い収まったように動かず、大人しく。じっと一点を、真正面を見据えたままであって。


 無機質な昇降機の上昇音だけが、響いて。ややあって、


「……そういえばさ、私って実は昔からずっとノワールのこと好きだったのよね」


 唐突に、脈絡も無く。ぽつり、そんなことを引き出してきて。


 ノワールはわずかに、視線を横に向けてみせる。ツンとしたその妖精のような横顔を見る。赤い瞳は、しかしこちらを見ようとはせず。


「でもさ、私は割りとあっさりと見切りをつけられたのよね。あ、これは勝ち目ないや、って……ううん、でもちょっとはムカついた、とは思うよ。けどずっとずっと恋焦がれて夢中になってたのにさ、いざ無理なんだと思ったら、本当にあっさりさっぱり、びっくりなくらいに、」


 冷めてくって、こういう感じなのかなー、みたいな。そう淡々と、そして誰に向けてかも曖昧に。隣に立つノワールに話し続けて。


 ノワールはそんなブランシュの言葉に、相槌を打つことも、返事を返すことも、割って入ることもなにもせず。ただ同じように正面を見ながら、耳を傾けて。


「ああ、こんなものなのかな、っても思った。んで、それ以上に……そのことに悲しんだり、へこんだり、傷ついたりする暇も無くさ。あっという間に次の好きなひとが見つかって、あーこのひとが好きだなあ、みたいに思える自分が、ちょっとだけ嫌いになったのよ。でも、そんな風であっても本気で好きなんだなって感じて、離れたくないし離したくもないって思っていて……」


 ……まあ、そんだけの話なんだけどね、と。


 そう言ったブランシュの声は、どこか自虐的にノワールには聞こえていて。そしてそこから数秒、狭い箱の中に再び沈黙が流れて。ふう、と吐かれた小さな吐息。こりこりと鼻先を掻きながら、ブランシュはむーっと顔をしかめてみせて。


「あー……だから、なんていうかね」


 こう、うまく言えないのだけれども、とブランシュは前置きして。そこでやっと、赤い瞳をこちらへと向けて。何度か言葉を捜すみたいに口をパクパクさせ、指先を宙で揺らしてみせた後に。


「それがたぶん、さっきの話。足りない一割……あのふたりみたいに私がノワールに抱けなかったもの……それこそがダリアがリリィをこの戦争に巻き込んだ理由だと思うのよ。そう、それはきっと、」


 きっと……そう、言って。しかしその、きっと、の続きは繋がらなくて。


「……なんなん、だろうね?」


 また、問いに問いを重ねる。ここまで話しても、どうやらブランシュの中にはそれを正しく伝え、言い表すための言葉が存在しなかったらしいのだ。その分かっているのに、それを伝えられないもどかしさが、ブランシュからひしひしと伝わってきて。


「ごめん、うまく言葉にならない」


 だから、だろうか? ブランシュはそれきり口を噤んでしまって、下唇を甘く噛んだまま、俯いてしまって――しかし、それでもノワールには。


「……まあ、貴様の言いたいことはなんとなくは分かったさ。本当に、なんとなく、だがな」


「って!」


 十分すぎる答え、であって。だからそのお礼に、頭に乗せていた手刀をわずかに浮かせてもう一度、今度はちょっとだけ勢いつけて落としてやって。ここまでのその下手くそな話だけでも、言いたいことはちゃんと、ちゃんとわかったような気がしていて。


「な、なんでちょっと強くしたの!?」


「……ふん、なんとなく貴様にフラれた気分になったからさ」


「はあ?」


 そして、そこでちょうど昇降機が止まって、扉が開いて。ゴウッ、と吹き込んできた風に、目を眇めれば。


「……遅かったな、ふたりとも。もう、準備は出来ているぞ」


 開け放たれた扉の先、現われたのは見慣れた爽やかな笑顔と風に揺れる真紅の髪。基地の屋上に用意されたヘリの前、ノワールたちを待っていたヴェルメイユの姿で。


「……ふん、主人を待つのが犬の役目だろうに」


 見るなり毒を吐き、そのまま横を通り過ぎようとしたノワールにヴェルメイユは。


「――本当に、いいんだな?」


 すれ違い際、呟くようにそう言ってきたから。


 ノワールは、ふっ、と笑ってみせて。横切りながらヴェルメイユの肩を軽く叩いてやって。


「――してみせるさ」


「え?」


 言葉をかける、だがその声は高速で回転する四枚の羽の風きり音に掻き消され、ヴェルメイユには届かなかったようで……だが、聞き返すように振り返ったヴェルメイユに後ろ手を振りながら、ノワールはヘリに乗り込み。そして、


「……戦争なのだから、それくらいシンプルなのがちょうどいいのさ」


 浮き上がり空へと舞い上がったヘリから見下ろした、地表に伸びた巨大な黒い列を眺めながら――これから始まる、もう止められない大切な彼女と彼女との「戦争」ってやつに、向かうのだ。



 ――葛藤は、未だ止まず。けれどだからこそそこで、執着、してみせるさ。誰よりも、誰よりもな。その意味は聞こえたところで、分かりはしないだろうけども。

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