見た目じゃないんだ、パワーなんだ。
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いきなりだが、リリィベルは控えめに言わせてもらっても最高に可愛い少女だ。とても可愛い。とんでもなく可愛い。世界一、いや宇宙一、いやさ銀河一可愛いだろう。
「……大佐さん、どうしましたか?」
「いや、気にしないでくれ。さ、お茶のお供にクッキーをどうぞ」
「いただきまふ」
手触りの良い絹のように柔らかく光沢を帯びたその金色の長い髪も、やや幼げながらも彫刻のように均整が取れた整った顔立ちも。さらにそこに嵌る丁寧に磨き上げた宝石に、星々を散りばめたかのように輝く青い瞳も。
粉雪のように汚れのない白い肌も、触れれば容易く手折れてしまえそうな細い四肢も。潤む果実のようなふっくらとした唇も。クッキーをかじるちんまりとした白い歯も。なにもかもが、愛らしく、愛くるしい。
なんだったらこのままこうしてただクッキーを食べるその小動物めいた可愛さを、一日中鑑賞していたい、ビデオに収めて繰り返し見ていたい。それだけでいい。と、ノワールは思っていて――いけない、油断したらにやけてしまいそうだ。なんて破壊力なのだ、ただ食べてるだけなのに。
「……大佐さん、あまり見られると恥ずかしいのですが」
「大丈夫だ、食べている姿も(可愛いから)問題ない」
「いえ、わたしが問題あるのですが……」
「気にしないでくれ。さあ、もっとお食べなさい」
「……はい、では」
「素直だな、君は」
ぱくり、薦められるがままリリィベルはクッキーを頬張って。
このとおり性格は、とても温和で温厚。やや、いやかなりぽやんというかぽわんというか……ともかくどこか緩いというか、のんびり屋さんとでも言うべきか。基本的に表情も声も口調も、なにもかもが緩まっているのがデフォルトで。危機感とか警戒心といった類は皆無だ。
と、それがノワールから見たこの少女、リリィベルという女の子の実態なのであって……つまり一言で言うなら天使。そう、まさに天使と呼ぶべき存在で――だが、しかし。
だからこそ、こんな少女だと知っているからこそ、ノワールは。
「君の母君は、なんていうのかな……女神のような方を想像していたんだがな」
この娘の母ともなれば、信じられないほど淑やかで清楚で、つねに微笑を浮かべた聖母のような母親を想像していた。そういう親の元で育ったからこそ、このおっとりさんが出来上がったと思うのだ。
だが、先ほどの話の続き。明らかになった真実はといえば。
「破壊の女神で間違ってないですよ? たしか、母はそういった通り名ももっていましたから」
「だから、どうして君の母君のエピソードはそういちいち豪快なんだい?」
これである。リリィベルの口から語られる母親の情報は、こんなのばっかりで……まあ、女性だてらに反乱軍を率いるほどだ。生半可な人物ではないと思ってはいたが、なんといおうか。
「基本的に母は腕力ですべてを解決するタイプなので。たぶん、その気になれば腕っぷしひとつで鉄板程度なら引きちぎれる程度には強いと思います。昔、何枚いけるかやってみせてくれたので」
「そんな新聞紙を何枚重ねて破けるか、みたいなノリなのか」
「はい、でも三枚でギブアップしていました」
「いや、常人は一枚たりとも破けはしないものだよ、それは」
聞けば聞くほど、化け物じみていて。とてもじゃないが、人類というカテゴリーに含んではいけない生き物のような気がして――それ以上にどうしたら一体、そんな怪物からこんな華奢な少女が生まれるというのか。不思議でならなくて。
いっそ、冗談か作り話なんじゃないかとさえノワールは思っていた、のだが。
「……まあ、親が強いからといって子も強くなる、というものでもないか」
「そうですね、残念ながらわたしは母とは比べ物にならないくらい弱いですから。せいぜい、」
「……ん?」
リリィベルが小さな握りこぶしを作ってみせて、そのまま細い両手を引き伸ばす。チャラン、と金属音。それほど太くはないとはいえ鎖で繋がった手錠がぴんと張った――次の瞬間。
「……よいしょ」
ゆるい、掛け声。バッツン! と鈍い音が鳴り響き、簡単に繋がった鎖が千切れ飛んで……カツンッ、と弾けとんだ鎖の一部がノワールの眼鏡にぶつかって。ひび割れて……はい?
「このくらいが、限度です」
「……」
「あ、ごめんなさい大佐さん……破片がぶつかって眼鏡に傷が……怒ってますか?」
あわあわと心配そうにするリリィベル。ひび割れた眼鏡の奥、じっと見つめながらもしかしノワールはもうなんにも、言えなくて。言えるわけが、なくて。瞬きすら、出来はしなくて。
――冷や汗が、止まりませんでした。