ぬくもりに、とろけたいのです。
***
最初の出会いはともかくとしても、いやそうであったからこそ、というべきなんだろうか。
パチパチと音を立てて燃える炎、暖炉の中。石造りのそれの前、真紅に金の刺繍が施されたのカーペットの上で。そっと伸びた真っ白な指先が、頬を撫でて。
「真っ黒な瞳……深くて、吸い込まれそうな夜空の色……」
はらり、耳にかかっていた金色の髪が零れるほどに前のめり。吐息すらかかる、香る、寄ってくる小さな顔と青い瞳。息が詰まりそうになって。
「……嫌い、かな?」
「ううん、すごく好きな色……」
何度か父に連れられて屋敷を訪ね逢瀬を重ねるたび次第に、初めは怯えた小動物のようだった彼女と、リリィベルとノワールの距離は確かな感触を以って……その触れた指先の滑らかさ、くすぐったさに実感できる程に。小さなふたりの心は触れ合い近づいて。
――傷を抱えた者同士、出会う運命だったのだ。だから似た者同士なのだと知らずとも惹かれ、知ったことで魅かれ合ったのだろう。噛み合い動き出す歯車のように、ぴたり合わさる番の型金のように。
そして、そんなにも近づいたからこそ。ふたりは、
「……でも、たった独りで生きてきた君の……君の心の痛みが映ったようにも見える、かな」
「……痛み?」
「……ううん、傷跡、かな。孤独で、孤独で、孤独に染まったような……そんな色。独りきりに慣れて、他の誰の色も受け入れない……受け入れられない……だから誰かから奪うことでしか満たされる方法を知らない……殺すということでしか、命を保てなかった、真っ黒に塗りつぶされたような、君の傷跡」
「……」
「……まだお父さんを、殺したい?」
「……そんな必要は、もうないよ。いまはもう、与えてくれるひとだから」
「なら、必要になったそのときには……わたしも、殺す?」
「……っつ」
幾重に言葉を重ね、そして時に沈黙の波間を漂い。そうして、そうしていくことで。
「たとえ殺したいと思ったとしても……僕じゃ君を殺せないよ。それは君が、一番よく知っているじゃないか」
「……皮肉ね、もしかして怒ってる?」
「怒ってなんていないさ……ただ、羨ましいのかもしれない」
「……なにを?」
「……満たされた中にあるひとつの不足を悲しめる君が、かな。僕にはずっと、なにもなかったから」
「……だってわたしは、こんなのいらなもの」
「なら、僕が代わりにもらってあげたいよ」
「……もらって、どうするの?」
「君が喜んでくれるじゃないか」
それは幼さゆえの無知、無垢、そして無恥だった。互いの傷口を、見せ合い、触れ合い。だけれど、舐め合い癒し合うことはまだ出来ず。けれど過去の悲劇も、今ある不幸も、隠して伏せて秘するべきあれこれを。さらけ出し合うことで繋がりを、
「……ねえ、ノワール」
「なんだい?」
小さな互いの掌を、離れぬようにと結ぶだけで――背後の暖炉の中で焼けた木片から火花がぱちり、弾けて。その数だけ生まれた熱が、じんわりと背から伝って終わりの無いほどに深い冬に置かれた身体を温める。けど、それだけじゃぜんぜん足りなくて。
暖かな春を知らない、春を迎えることの出来ない小さな身体を隙間無く寄り添い温め合う。それだけが、それだけしか今はまだ、方法を知らなかったから。
壊すことしか知らなくて、壊したくないのに壊してしまうようなふたりには、ふたりだから。
「……わたし、たぶんノワールのことが好きよ」
「僕もたぶん、君が好きだよ」
その言葉の意味も、正しく知らないふたりだったから。
初めて知ったその味の甘さに浸って、沈んで、墜ちていって……運命とか永遠とか、そんな口当たりのいい言葉を信じてしまいたくなっていたから。だから、
「……なら、ノワール」
だから、だから、だから――
「もしもわたしが、どうしようもなく苦しくなってしまったら。そのときは、」
「そのときは?」
「……君は、わたしを助けてくれるのかな?」
――君が見せるその弱々しい光のような笑顔を守るナイトになれると、なってくれると。
「……ぷ、あはは、そんなこと改めて言われなくたって……あのさ、初めて君を見た瞬間からずっと、ずっとだよ」
「……?」
不出来で出来そこないな、凍えるばかりで春を待つふたりは、愚かにも。
「……一目見て大好きになった君を、守りたいって思っていたんだ」
「……じゃあ」
結んだ小指、約束の証……守られるはずのない、そんな約束を。
「僕は、リリィベルを守りたい」
誓い、信じてしまっていたのかもしれない。
――ふたりが立つ薄氷を溶かすのは、春の暖かさだけとは限らないのに。