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昔話のはじまりはじまりです。



   ***



 ――長々と、昔話でも語り出すかと思った、と。


 これまでの経緯を簡潔に語ったノワールの話を聞いた、その後に。少しだけ残念そうな、そのくせほっとしたような声がして。まん丸に束ねてまとまった白髪が左右にぽより、ぽよりと揺れて。


「ふん……多くを語れるほど、そこには大した出来事など詰まってはいないさ。ただ分かるのは、ダリアと私が出会っていた。それだけの話なのだから」


 甦ったノスタルジーに浸ることも無く、視線を落として本棚の前でぱらぱらとファイルを捲りながら。さもつまらなそうに言ったノワールにブランシュは「そんなものかしらね?」と、パタリ、ソファに倒れてみせ。


「でも、初恋は誰のものか……ってね。それってどれだけ昔の出来事なんだとしても、さ。案外、女の子からしたら重要なことだったりするのよノワール」


 立てた人差し指、くるりくるりと回って……わかる? なんて言ってきて。


「……理解しかねるよ。こんな戦時の世で、それを重要視する感情など」


 そんなブランシュに、ノワールは肩を竦めてみせて……わからんさ、そんなもの。開いたファイル片手に振り返り、ブランシュを見れば。


「あら、戦時だからこそ、じゃないかしら?」


 だらしなく遊ばせた両足、ぱたぱたと。それでいてすっぽりで、べったりと。小さな体躯をソファに預けて、先ほどの写真を眺めながら。ふひひ、と小さく並びのいい歯を見せてブランシュは笑ってみせて。


「そういった些細な出来事でさえ、生きる気力になる。明日を見るための、向かうための原動力になれる。それがこんなご時勢の中、本気で恋をした相手のことだったなら尚更じゃないかしら……そういう気持ち、誰かへの恋のために戦争を起こそうとしてる今のあなたなら、分かるんじゃない?」


「……む」


 意地の悪い、揚げ足取り。してやられて。


「まあ、それはともかく。朝から長話は遠慮したいけれど、こーんな性悪そうな子供がした初恋なんて、どんなものだったかちょっと興味あるかも……」


 ……私が知るあなたは、そういうものとは無縁なはずだったから、と。そんなことを、言うものだから。ふう……聞きたいのか、聞きたくないのか、どっちなのだこいつは。下手なねだり方をされて、ノワールはしようがなく、といった感じになって。


「なんだ、語って欲しいのか? みなしごだった少年と、悲劇に魅入られた貴族の娘の……不幸でしかないふたりの物語を」


 そんなに聞きたいのなら、語ってやろうか? ……言いながら、パタンッとファイルを閉じて眼鏡を押し上げて。ブランシュはそんなノワールに、寝転んだまま「あなたの望むままに?」と茶化してきて。


 そうか、ならば、と。まるでそれが合図のようにノワールはティーセットを棚から取り出して。合わせた様にブランシュが身体を起こして、きちんと座りなおしたところで。


「……長話は、遠慮したいのだったな。だが、だとしたら残念だな、長くなるぞ」


「あら、お茶を出す準備が見えた時点で、そうだと覚悟はしていたのだけれど?」


 流石は幼馴染、といったところか。伊達に一番長い付き合いだけあって、自分のことをよく理解している。まあ、そういうところが憎らしくもあるのだけれど……それはともかくとして。


 開け放った棚から取っ手に指を通してまとめてカップをみっつ、取り出して。もう片手で、三枚の受け皿を同じく取り出して手際良くテーブルへと並べる。それを見て「ひとつ多くない?」と言ったブランシュにふん、と鼻を鳴らして。


「……なあに、そろそろ来るだろう」


「……ああ」


 ふたり揃って、ドアの方を見やれば。近づいてくるのはなんとも騒がしい足音、狙ったようなタイミング。開かれたドア、そこにはもちろん。


「おはよう、ノワール! すまない、昨夜夜更かししてしまったせいか寝坊してしまった!」


 キラキラとしたオノマトペをたっぷり浮かべた爽やかな笑顔、さらりとたなびく真紅の髪。なにがあってもどこまでいっても悪びれゼロの、無垢さ全開の男。ヴェルメイユで。


「別に来いと命じた覚えはない。貴様が毎日、勝手に来ているだけだろう」


「ん? そうだったか?」


 まあ、気にするな! 顔を見れる幸せは、毎日だってあればいい! ……朝から暑苦しさも全開で、ノワールの予想通りやってきた、というわけで。


 そして、役者は揃った、というわけでもないが。ポットのお湯も沸き茶の準備も出来て、いつもの顔ぶれが揃ったところで。


「……さて、それじゃあ話してやるとするか。だが、その前に、」


「ん?」


 思い出語りだす、その前に。ちらり、横並びに座ったブランシュとヴェルメイユを対面に座ったまま見る。人の一人も割り込めそうに無いくらいに、ぴったりとくっついたふたりを見て。こほん、咳払いをして。


 ノワールは、どうしてもこのふたりに言いたいことがあった。だからこそ、ふたりが揃うのを、ヴェルメイユが来るのを待っていた、というわけであって。その、理由はといえば。


「……まあ、なんというかだな。ちょうど初恋だなんだと、普段は貴様らとしそうもない話題を語るゆえ、いいタイミングだと思ってな」


「なによ?」


 その、理由は、といえば。


「……昨夜、あれだけ私がドンパチしていたというのに気づきもしなかった貴様らを責めるつもりはない。なにせ地下深い牢の中だったしな。それはいい、仕方の無いことだ。だがな、」


「うん、なんだノワール?」


 きょとんとした顔浮かべるふたりに、言ってやりたいこと、それは、それは。言いたくは無い、言いたくはないのだけれど。友として、幼馴染として、ノワールは。


「……人目に触れないように部屋をこっそり出るなら、早朝ではなく深夜にしておけ。逢引の基本だぞ」


「……ッ!?」


 詳細は省かせてもらうが今朝、実は目撃してしまっていたふたりのとあるシーンについて、のことであって……いや、本当に偶然に。たまたま見てしまったのだが。ある意味不幸なバッティング、だったのだけれど。しかし、見てしまった以上は言わざる得ないということで。


 ……だが、ふたりもいい大人。そして自分もいい大人。苦言というか助言を呈するにしても、ぐだぐだと言って聞かせるのも悪いというものだ。なので、ノワールはそれだけ言ってパン! と手を叩いてみせて。さらっと。


「……それだけだ。さて、話題を切り替えようか。そうだな、彼女と初めて出会ったのは――」


「待て待て待てっ!」


「ちょっと待ってノワール! その流れで綺麗な思い出話に移行しようとしないで!」


 とっとと本題へと移ろう、それが優しさだ。と、思ったのだが。


 しかしふたりはひどく慌てた様子、真っ赤な顔で粒になるほど汗をかき。勢い良く立ち上がり詰め寄ってきて。なんだ、五月蝿いな……と、ノワールが眉をしかめれば。


「……いつから、気づいてたの!?」


 なんて、ゆっさゆっさと揺らしてきて、語る気まんまんの話の腰を折ってまでどうでもいいことを聞いてくるものだから、ノワールは。


「……いつからもなにも、キスマークは見えないところにつけておけ。いや、恋仲であれば首元がマストなのだろうが……ふふん、どうやら揃って貴様らは独占欲が強いらしいな」


 ニヤア、と悪魔の笑みを浮かべてみせて。同時に、


「……かはっ!?」


 打ち抜かれたように、首元押さえてばたりばたりと紅白が床に倒れて。揃って顔を両手で覆い隠しながら、ごろりごろりと転がって……ふふん、ざまあみろ。脚を組んでみせて、見下して。


 実は昨夜自分が銃撃の中死にかけていた頃、お楽しみ中だったふたりを内心少しだけ不満に思っていたこともあり、足元転がるその様子に満足げにノワールは紅茶をすすって。


「……さあて、甘い大人の恋の後だ。口直しに、苦い子供の恋でもいかがかな?」



 ――そのノスタルジックは、少々苦味がきついから。甘味も多少は、含ませないと話せない。

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