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リメンバー・ミー?



   ***



 一夜明け、翌朝。


 あの銃撃戦のすぐ後で基地内にある自室に戻ったノワールは、眠ることも無く延々と唸るか黙るかの繰り返し。本棚の前でその並んだ背表紙を追う様にしながら目ばかり動かし、顎に手を添えてしかめっ面を浮かべ続けていた。


「……なにを見落としている? いや、ダリアの言葉通りに受け取るならば、なにか忘れているのか私は? だが、それは一体なんだ……?」


 そんな夜を越えてまで続ける、何度目か数えるのも馬鹿らしい自問自答を呟いて。今度はうろうろと、思案する脳の動きに合わせるみたいに顎に手を添えたままで歩き回って。


「あの口ぶりからすれば、過去に接触があったと考えるのが妥当だろう。だが、どこでだ? ダリアの過去については大方洗い終えている……しかしそこに、私とやつとの接触があったらしい痕跡は見つからなかった。ならば、やつと私はどこで出会っている?」


 出会った記憶もなければ、記録もない。おまけに唯一の手がかりであるダリアの言葉も、あんな支離滅裂な感情をそのまま乱射したような言葉では、糸口のひとつも掴めやしなくて……まいっている、本当にまいっていて。


 せめてもう少し整理されたものだったなら、順序というか順番というか脈絡というか。ともかくあとほんのちょっとでいいから道筋が通っている言葉だったのなら。ああもヒステリックに喚き散らされていなかったなら。


 それならばなにかとっかかりのひとつふたつは、見つけ出せたというものだが……お手上げだ、なにもわかりやしないのが現状であって。これだから、感情的なやつは苦手なのだ、と。頭を掻いて。


 はあ、と深い溜息が漏れたところで。ふと、思うのは。


「……どうして、こうも胸が騒ぐ。なぜこんなにも、あの女の涙が離れない」


 あんな女、ダリアのことなどどうでもいいじゃないか、と思うのに。それなのに、どうしても彼女の言葉が、仕種が、涙がこの胸から離れてはくれそうになくて……また、溜息。ギシリ、いつもの座りなれたチェアにどっかり腰を落として。カチリ、取り出し咥えたタバコに火を着けて。


 ……あーあ、だ。こんなのは。前髪を掻き揚げて、瞼を閉じて天を仰いで。


「……ふん、笑えないな。こんなにも胸を騒がせるのは彼女だけだと知ったその日に、違うと断じたもうひとりの彼女にも同じ気持ちを味合わされるなんて、な」


 いや、そもそも彼女は彼女で、彼女あっての彼女なんだから当然か。ならば逆もまた然りで当然だ。つまりどれだけ否定しようと、否定してみたところで、こうも簡単に覆り、思い知らされるばかりだということで。堂々巡りじゃないか、これじゃあ、と。


 それに、それにだ。気づけば今、己はリリィベルのことよりもダリアのことで一杯になっているじゃないか、と。それがひどく、我がことながら滑稽に思えてしまったからノワールは。


「終わったと思えばまた同じところでぐるぐるぐるぐると、出口はいずこにあるのやら……」


 くくく……言いながらも知らず可笑しくなって、笑いが零れて。彼女だけだと思った矢先、形はどうあれ彼女以外で満たされている自分が、ここにいるというその事実に。まさかこんなことになるなんて、思いもしていなかったから――おかしくて、可笑しい。だから、笑ってしまって。


 と、そのときだった。


「……ノワール、起きてる?」


 コンコン、と聞こえたのはそんな声とドアをノックする音で。それがブランシュの声だとすぐに気が付いて、「……ああ、起きている」と面倒そうに言って、天仰ぐ体勢はそのままにしばらく待てば。


「……おはよ、ちょっといい?」


「……ん?」


 どこか神妙な声、目元を隠していた指の隙間から見やればゆるくまとめたお団子ヘアにした、ブランシュが入ってきて。なんだ、と背もたれに預けていた身体を起こしてみれば。


「……あのさ、これ。さっき、私の部下が基地の外で見回りしているときに見つけて持ってきたんだけれど」


 そう言って、デスクの上にそっと差し出したのは――


「……これって、小さい頃のあなたと……リリィじゃないの?」


 ――古ぼけた、黒髪の少年と金髪の少女の姿が写った一枚の写真で。ブランシュの言葉のままに、そう見える、そうとしか見えない写真であって。むしろ幼馴染のこいつが、自分の幼少期を見間違えるわけもなく。と、それはともかくノワールは、そっとそれを掬い上げて。


「私はこんな写真知らないし、もしかしたらあなたのなんじゃないかと思ったんだけれど……違った?」


 そう言ったブランシュの前、しばらくそれを眺めて……そして。


「……ふん、ああ、そういうことか」


「……え?」


 細めた目で、半笑い気味で見つめて。ブランシュが持ってきたその写真の右下……明らかに最近書き足されたであろう、黒字のペンで書かれた真新しい文字に目を移して。ふ、と笑って。


「……分かり易いことをするものだな」


 直接的すぎる、そのメッセージ。それは誰が落として……いや、置いていったというのが正しいか。とにかく誰の持ち物なのか、そして誰に対してのものなのかが一目でわかるように仕組まれたものであって。


 そこに書かれていた、言葉は。


「リメンバーミー……私を忘れないで、か」


 それは切なる願いか、はたまた遠い過去から続く約束か。


 なんであれ、それを思い出すきっかけとしては、十分すぎるメッセージ――。



 ――写真の中で、繋いだ小さなふたつの手。その繋がりは、温もりは、他の誰でもない君との記憶。

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