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忘れ物は、いつだって見つからない。



   ***



 終幕の前、また少しだけ場面転換とする――。



 帝都からほどなく離れた荒野の端、寂れた町の一角。小さな一軒屋、その一室。リリィベルが母と二人で暮らすそこで。


 ……なんとなく、嫌な予感があったのだ。うまく言葉には出来そうにはないけれど、ひしひしと、とても小さく、けれど確かな不安の種は胸の内側に芽吹いていて――


「大佐さん……どうしてあんなことを……わたしには、わかりません」


 ――だから、という言い訳。


 でもそれは多分、きっと。長く一緒に過ごしていてなお初めて目にした母の激情を、この身に浴びたせいであり。そして大切なひとが自分の知らない一面を見せてきたことの、両方が原因なのだとリリィベルは感じていて。


 だから、だから。繰り返す、すべてが大丈夫になれる魔法の呪文のように。


 そして言いながらもリリィベルは、いけないことと知りつつ絶対に触れるな、といつも厳命されていた母の部屋にある机の引き出しに手をかけた。不安に負けて、繋がりそうにない点と点を結ぶなにかを探して。


 そのために深夜、帰ってくるなりまたなにも告げずに出て行った母の後姿を見送ってから、こっそりとここに忍び込んだのだ。あれほど強く侵入を禁ずる場所だから、ならばこそそこに、なにかあるかもしれないと。なんの確証もなかったけれどそう思って。


 ……けれど我ながら、大胆なことをしているな、と。ばれたらきっと、母は烈火の如く怒るだろう。下手したら怒鳴られるか、最悪叩かれる可能性だってあるのに、と。そうも思う。なのに。


「……大佐さん、大佐さんとお母さんになんの繋がりがあるのでしょう? どうして大佐さんは、あんなことをしたのでしょうか?」


 大佐さん、どうしてですか? ……絡まるようでその実ひどくシンプルな疑問は、やっぱり彼のことでしかなく。そして彼のことになると、どうしたってリリィベルは大胆で、強欲になってしまうらしくって。


 だって彼のことを、もっと知りたいから。彼の知らない部分を、もっともっと覗いてみたいと思うから。離れているからこそ、そんな部分だけでも近づきたくて。それだけで、それだけが一杯で。


 だから躊躇いはあれども、止まろうとは思わず。ぷるぷると黒髪揺らして小さく首を横に振って、よし、と小さく頷いて。ぺたり床に座り込み、そっと音を立てぬように母の机の引き出しに手をかけ。そして、意を決して。


「あ……」


 と、力を込めてみれば。予想外に鍵もかかっていなかった、パンドラの箱でも開ける覚悟で望んだ割にはするり簡単に開いたその中にあったのは。


「……これは、アルバムでしょうか?」


 古ぼけた、淵に添って囲うように金の枠が描かれた黒色のカバーで包まれた大判の一冊のアルバムで。


 リリィベルはそっとそれを取り上げてみせて、何気なくぱらり開いてみれば。そこには、


「……わたし?」


 としか思えない、もう失ったとはいえ見慣れた真っ直ぐ伸びた長い金色の髪と、青い瞳が印象的な自分の幼い頃にそっくりな少女の姿と。その横には、


「黒髪の、男の子……?」


 写った少女よりも一段低い背丈、両手を組んで顎を不遜に上げた目つきの悪い黒髪の男の子の姿。そのふたりが大きな屋敷の前で並んで写っている写真だった。


 しかもそのアルバムには、なぜかその写真だけが大切そうに仕舞い込んであって。まるでこの大きなアルバムが、それだけを守る宝箱かなにかのようで……けれどリリィベルはこんな写真を撮った覚えはなくて。不思議に思いながらも、それを窓から差し込む月の薄明かりを頼りによくよく目を凝らして見てみれば。


「……もしかして、これはお母さんの小さい頃でしょうか?」


 そう、リリィベルは思って。


 だって自分でないのなら、これほど自分に似通った少女など幼き日の母以外には在り得ない。もしこれが血を分けた相手でなければ、それはもうドッペルゲンガーというやつでしかないだろう。だとしたら、自分はそいつに出会った瞬間にはきっと、死んでしまうことになるけれど……なんて。


 ぼんやりとそんな面白くも笑えもしないことを考えながら、それでも今度この冗談を大佐さんにお話してみよう……笑ってくれるでしょうか……と、ぼんやりにぼんやりの重ね技。ぽやーんとこんなときでも彼のことを考えながら、ふと視線は写った少女の隣の男の子へと移って。


 ――え?


 と思ったのは、果たして彼のことをちょうど考えていたからなのか、はたまたただの偶然だったのかはわからないけれど。それでも、どうしてだろうか? なぜか、瞬間。


「……大佐さん?」


 この写真の中の黒髪の少年が、見たこともない彼の幼き日の姿のように思えてしまって――この黒髪は、珍しいものなのさ。帝国の中でも、自分以外では出会ったことがないな。そんな、いつだったか彼が話していた言葉を思い出して。


 リリィベルは自分が少しでも彼に近づこうと、彼だけの色だと知っていたから無理矢理に染め上げたこの黒髪を指先で触れて……あれ? と首が綺麗に横に落ちて。


「……なんでしょう、なんだか、すごくモヤモヤします」


 うまくまとまりそうにない、けれどなにかが繋がったような奇妙な感覚。アルバムに収まった一枚のその写真を眺めながら、しかしなにか閃くでもない、それでいて分かったような分からないような曖昧さにただただ、首を傾げることしかできなくて。


 ――そして、そんな思考の絡み合う輪でこんがらがったリリィベルはまだ気づけない。


「……」


「……」


「……」


 窓の外、じっとこちらを見つめるその瞳に。


 月夜に浮かぶ爛々と輝く青い無数の瞳に。


 けれど自分と同じ姿をした、その少女たちの姿にもしも気づいたならそのときは――


「……え?」



 ――彼はきっと、笑わない。

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