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愛さないし、愛せないだけの話をしよう。



   ***



 ――暗がりに浮かぶ月のようなその純白のドレスは、誰かの面影を見せるためか。だとしたら今は、少しだけ感謝してやらないこともなかった。



「この香り、嫌いじゃないわ」


 百合の花を思わせるカップから薄煙と共に漂うのはキャンディーの香り、透き通る紅色の水面は静かに反した青い瞳を映しかすか揺らがせて。すん、と楽しむように小さく鳴った小鼻の音に合わせて近づいた桜色の唇はそっと触れて。


 満足げな、吐息が漏れて……その場所に在るその姿に、闇の中であっても眩い金色に一瞬だけ誰かの姿を重ねながら回顧して。瞬間、瞼が重くなる感覚に眇めるようにして目の前の光景を眺めれば。


「……とりあえずいつまでも貴様呼ばわりは嫌だから、ちゃんと名前で呼んでくれないかしら黒猫さん? そう、きちんとリリィベルって呼んで――え? お断り? ……まあ、それもそうね。紛らわしいしね。じゃあ、そうね……」


 ……ダリアって、呼んで貰おうかしら、と。


 口にしたその名に、ノワールは思い出す。華麗、優雅、気品。そして移り気、不安定、だったか確か。と、そんなまるで彼女のための花言葉を思い出していたノワールの考えを知ってか知らずか、携えたその花の名を自らの呼び名に指定して。


 そうして追憶の中、それでも思ったよりも素直に彼女が、ダリアが席に着いたことにドライフルーツのタルトを切り分けながらもノワールは少しだけ驚いていて。けれどそんなことはおくびにも出さず、無言でダリアの分を几帳面な切り口、真っ直ぐに断ったそれを皿に乗せて差し出せば。


「……悪いけれど、ドライフルーツは苦手なの。遠慮するわ」


 細く綺麗な指先が五本、並んで三角の段を描いて突き出されて――まあ、知っていたさ。知っていて、用意したのだから。しかしぴしゃり断られたそれにダリアと彼女の同じ部分と、違う部分を見たのもまた確かで。


 なら、と皿を下げながらもノワールが言いかければ、


「……どうせならそっちのショートがいいわ。苺が乗った、そっちのほう」


 行儀悪く頬杖突きながら、こうこられてしまって……本当に、同じくせに大違いだな、とノワールは改めて思って。だが文句を言うことも無く、また黙って今度はご所望のショートケーキを切り分け始めて。それを皿に乗せ、また差し出して。自分も席に着いて。


 しばし、静寂。無音。やがてそれらがカップの中身と合わせる様に過ぎ去って、


「……それで、こんなおもてなしをしてまでなにを話したいのかしら、黒猫さん?」


 狭い牢内、お茶の並んだテーブルで向かい合う金と黒の画。当然の様にそこにあって、当然ではない過去の再現。絵画にも似た相応しくも異質さ濃く映る構図の中で、口火を切ったのはダリアからで。


「おしゃべり、するのでしょう? つまらなくて、つまらない。傷つけ合うだけの、無意味な言葉の押収。……ふふ、もしかしてあの子の代わりのつもり、かしら。だとしたら、期待には添えられそうにはないのだけれど」


 見透かしたような言葉の刃、軽く撫で斬り。ノワールの左胸に収まったハートを軽く傷つけて、ダリアは真っ直ぐ落ちた金糸のような髪を指で弄り余裕をアピールするみたいに微笑んで。


 しかし憎らしい程に、その笑みは愛らしく。殺したい程に、その仕種は胸をざわつかせるばかりで――だが、そこまで言わせてから、いやそこまできちんと言わせたからこそ。そこまで見たからこそ、見れたからこそ、ノワールは。


「……どうして何も話さないのかしら? おしゃべりしようと誘ったのは、あなたなのに」


 そう言ったその勝ち誇ったような鼻っ面に、ニヤリ、無意識に口元が吊り上って……なぜ、しゃべらないかだと? まるで勝者が敗者を相手取った時のように問われたその言葉が、ひどく可笑しく感じて。


「く、くくく、くはははは……っ」


「……?」


 堪えようの無い笑いばかりが、腹の奥からこみ上げて――おしゃべりをしよう、と言ったのに。なのにあえて、黙っていた。閉じていた口をゆっくりと開いて。


「……ふん、やはり違うな」


「……え?」


「違い過ぎるんだよ、何もかもがな」


 言い切って、そしてきちんと、ちゃんと、しっかりと、なんでもいい。


 ともかく明確になった彼女とダリア、ふたりのその違いを宣言通りおしゃべりという名の戦争を仕掛けるために鉛の弾に変えて。喉の奥に備えたマガジンに、迷うことなく装填完了。くくくく……と予備動作のように喉を鳴らして。そう、違うのだ。なにもかも、違うのだから。


 だから、だから。


「知りたかったのさ、話す前に。彼女と同じようにして、果たして彼女へ抱く感情を貴様にも抱くことが出来るかを、な。それが分からなければ、言葉を選ぶことも出来んのが道理だろう?」


 だから、ここにあるすべてを同じにした。無理矢理にでも彼女と、この女を重ねた。


 そうして、そうして分かったから。


 なにもかも、なにもかもを……その金に輝く長い髪も、宝石と見まごう青い瞳も、透き通るような白い肌も、細く美しい四肢も、端正な顔立ちも、すべてすべてすべてが。


「すべてが彼女と同じだとしても、それでも……一番大切な部分が違うと分かったからこそ、私は言えるのだよ」


 そうだ、すべてが愛する彼女と同じだとしても。矛盾のようだがしかしそれでも違うと分かったからこそ、ノワールはゆっくりと立ち上がる。もう、遠慮はいらないから。溜め込んだ、言葉の切っ先を高らかに掲げて、言うのだ。


 それは、それは。


「もう、貴様を殺すことへの躊躇いはない……なにせ、私は貴様を愛せないからな!」


「……っつ?」


 史上最高に身勝手な言葉の暴力――それを以って、この戦争を開始するのだ。



 ――それとどこぞの馬鹿共は、自分が惚れた女すべてを守りたいなどと思っていると勘違いをしているようだが……生憎自分は、最初から最後までたった一人の幸せにしか興味は無い。

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