それは人間ですか?
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「すまない、取り乱した……」
「いえ、大佐さんが楽しそうでわたしもうれしいです」
楽しいかどうかはさておき、だ。こほん、とノワールは咳払い。さて、このゆるふわ捕虜に、まずはなにから言うべきか。悩んで。
「とりあえず、君の情報の価値観については後ほどゆっくり話すとして……母君のことを訊いても構わないだろうか?」
「母のこと、ですか?」
そうだ、とノワールは頷いて――これは、訊いておかねばならないだろう。タナボタとしか言いようがないが、知ってしまったからには尋問である以上詳しく話してもらう必要があって。
……だが、なにせこれだけの重要情報だ。もしかしたら重々しい雰囲気で問えば、いくら鈍い彼女でも警戒して話さなくなる恐れがある。慎重にいかなければいけない。
「もちろん話せる範囲でかまわないよ」
「そうですね……」
だからノワールはあくまで柔らかい物腰を崩さない。深刻な話題ほど、柔和な態度で臨まなければならないのだ。それが相手の真実を引き出す、一番の方法なのだから……だがしかし、そうは思いながらも訊いてしまってもいいものか、という心配もあった。
なぜならこれは無自覚にとはいえ彼女に、リリィベルに母親を売り渡す行為を促していることに他ならないからだ。自分は帝国の人間、つまりは敵方で。その自分に反乱軍のリーダーである母親の情報を流すということは、それは間違いなく裏切りと呼ぶ他ないだろうから。
だから、本当は事の重大さに気づいて欲しいと、躊躇って欲しいともノワールは思っている。いっそ話せませんと、首を横に振って欲しかった。
そしてそうやって情報を出し渋ってくれれば、もう少し、いやずっとこのまま彼女との尋問を続けられる……そう、思ってしまって。いや、それよりも、それ以上に。
つい、悪い想像を思い浮かべてしまったからか。
「母は、」
「ああ、やっぱりちょっと待ってくれ。その前に、話さなければならないことがあるんだ」
話し出したリリィベルの言葉を、手のひら突き出して遮って。
「……君は、もう少し自分の立場を考えるべきだ」
「立場、でしょうか? それでしたら、知っています。わたしは、」
「そう、捕虜だ。それには違いない。そして君は反乱軍のメンバーだ、それも違わない。だが、」
「……?」
だが、それでも。
「君は、娘だろう。反乱軍のリーダーは、君の母君だろう? そして私は、帝国の人間だ……わかるだろう? 君が母君のことを私に話してしまえば、私は、」
「……大佐さんは?」
私は、ノワールは。
「君の母君を、娘である君の密告によって殺さなければならなくなるということだ」
「……!」
そしてそれは、つまり。ノワールは、きつく拳を握る。眉間にしわを寄せ、まるで振り絞るようにして、
「なにより私は、君が母君を失って悲しむ姿は見たくない……見たくはないんだ」
それだけは絶対に、絶対に見たくはない、と。顔を歪めて見せて。リリィベルがもしも悲しみ泣いてしまったらと思うと、なぜかこの胸は刃物でも突き刺されたかのような激しい痛みを伴って。
苦しく、なって――こんなに、弱い人間ではなかったはずなんだけれど、自分は。不思議といまは、リリィベルを前にすると強気な台詞も言えそうにはなくて。なによりも、
「……君は、私に君を傷つけろというのか?」
「……大佐さん」
リリィベルに傷を負わせることが、ノワールはなによりも嫌で仕方なくて――こんな風に誰かを想うのは初めてで。でもこれじゃあ軍人失格で。そんなことはわかっていて。
だけどノワールは、この胸の内にある初めての感情がなにかわからなくて、どうしていいかわからなくて。誰かを悲しませたくない、なんて。今まで考えたこともなかったから。こんな気持ちを、知らないから……と、柄にもなく情けない顔で肩を落としたとき、リリィベルが突然。
「……大丈夫ですよ、大佐さん」
「……っつ」
鎖のせいで、伸びきらないであろう細い腕を目いっぱいに伸ばして。そうして届けた手で、優しくノワールの頭を撫でて。微笑んで、くれて。
驚いたノワールが、リリィベルを見れば。
「うちの母は、たぶんミサイルを数百発降り注がれても笑いながら走ってくるようなひとなので問題ないです。むしろ殺せるなら殺してみて欲しいくらいです」
「待て、君の母君はほんとうに人間なのか?」
――心配する以前にどうやら敵は、思ったよりも強大な相手のようだった。