終わりは近く、幕引きは紐を引く。
***
――さて、この陳腐で面白みのない脚本に沿って進んでいくのにも、いささかうんざりしてきた頃合、ではある。と、ノワールは離れてゆくリリィベルの身体へと名残惜しむように手を伸ばしたままで思う。
なぜなら先の読める展開ばかりの物語など、誰が喜んで読み進めようと、観続けようというのか。そんなものは極少数の、所謂マイノリティな者。つまりは余程の暇人でしか楽しむ事などできはすまい。そして残念ながら、ノワールはその少数ではないのであって。
だから、つまり何が言いたいかというと。
「……確かに娘は、ああ、黒猫さんにはもう偽らなくてもいいのね。ともかくこの不出来なお人形は返してもらったことだし、そろそろ――」
「ふん。外でこの屋敷を包囲した連中を呼び寄せて、すべてを知る私の口封じといくか?」
リリィベルを抱きかかえ、立ち上がり背を向けたこの女がこう出ることはオーディエンスにはわかりきった展開でしかなく。もっというならば、
「――っ、台詞を奪うなんて、ルール違反よ黒猫さん。……いつから気づいていたのかしら?」
「いつから、だと? 貴様のようにひとりでなんでもやれるやつほど、案外群れでしか動けないものなのさ。特に悲劇のヒロイン気取って孤独と不幸のためにペラペラ舌を動かすやつなら、尚のことだろう」
「……人を、寂しがりの子ウサギみたいに言わないでもらえるかしら?」
「なんだ、寂しいのか? だったら壁にでも話しかけるといい、黙っていつまででも話を聞いてくれるぞ」
「っつ……八つ当たり、かしら? どういうつもりでこの子を渡したかは知らないけれど、そういうのを、負け犬の遠吠えって言うのよ。ああ、間違えた。黒猫の、かしらね」
「なら、私が負け犬であれ猫であれ。どちらにしてもその鳴き声に足を止めた時点で、貴様にとっては自ら寂しさを肯定したことと同義、だがな。くくく、真に勝者であれば、否定する必要もないことならば。耳にすら届かんだろう? 負けたやつの言葉なんて、な」
「ふ……ふふ、面白い冗談ね黒猫さん?」
「それは重畳だ、生憎とジョークは苦手な部類だったのでな。ご所望ならば、もう少し披露してみせようか?」
「いいえ、遠慮するわ。あなたとのおしゃべりは楽しくないもの」
こうして安い挑発にも律儀に足を止めて返してくる辺り、この女は明確にノワールの敵であろうとするスタンスは崩さない、ということだ。このタイミングでの登場から生い立ちや過去の悲劇を聞かせたことまで、恐らくは敵としてこのシーンを盛り上げるためのお膳立て、のようなもののつもりなのだろう。と、つまりは。
これまでこうして付き合わされたくだらない悲劇の舞台が、シナリオが。ようはこの女の中には間違いなく、ここまでの展開を描いた構図が存在する、ということだ。
それはリリィベルが倒れ、そこに現れ真実を話した上で敵対し、そしてリリィベルを奪いすべてを知ったノワールを始末する。さしあたってクローンのことを話した辺りから読み取れるのは、大方外を囲うのはリリィベルのクローン達、それに驚愕する自分に真っ赤なカーテンコールが降り注いで閉幕、といったところで――顛末としては、こんな感じのものをお望みとノワールは踏んでいる。
そして、それらが導き出すものは。
「つまらない人間だな、貴様は。悲劇のヒロインに浸るのはさぞ楽しかろう」
「……っつ!」
そういう、与えられた安い脚本の上で踊ろうと、躍らせようとすることしか出来ない女、だということで。この女がそういう人間なのだと、その窓に映った姿を見てそれに気づいたノワールはぐっと眼鏡を押し上げ「くくく、くははは……」乾いた笑いを上げることしかできなくって。
そしてそうだとわかれば、このつまらない悲劇の舞台に幕を下ろすことはひどく簡単な事で。ノワールは立ち上がり窓際へと歩き、そこを背で隠すように持たれかかり、不遜に笑って。
「どうした? なにか思い描いたシナリオと食い違ったか? しかし、くくく……どうやら貴様はアドリブが苦手なようだな。随分と顔に余裕がないぞ?」
「……そうでも、ないわよ。その証拠に、」
パチン、芝居がかった動きで彼女が指を鳴らす。同時に寝室のドアが開いて、十数人のリリィベルと同じ顔をした少女達がなだれ込んできて――彼女が思う、イコールノワールが思う通りに物語は転がって。そして、そうなれば。
「ほら、この通り。さあ、このつまらないおしゃべりに終止符を打ちましょうか黒猫さん……」
その、余裕たっぷりな笑みを浮かべた麗しい顔に、追い詰められたノワールが言ってやれることはひとつ。すっ、と折れた指で作ったひしゃげた指鉄砲。そいつを彼女の眉間に、狙いを定めて――
「……ああ、本当につまらないな。貴様との会話など、彼女との会話に比べれば確かにクソも楽しくない」
「なにを、言って、」
「本当に、つまらないよ」
――バンッ! その冷たく細めた半眼で打ち抜く仕種と同時に、
「……ッッッ!?」
ドウ……ッ!! と、屋敷全体が震えるほどの轟音、地鳴りにも似た激しい振動が起きて。瞬間、驚き動きが止まった彼女とリリィベル達の前、勝ち誇ったように笑ったノワールの背後の窓が勢いよく開き、伸びてきたのは。
「……ノワール、ゲットだぜ!」
「待たせた!」
がっしりとこの身体を掴んだ、ブランシュとヴェルメイユの腕であって。そのまま引きずられるように、ノワールはふたりに背後から窓の外に引っ張り出されて――全身が外へとまろび出されたのと、同時に揺れに耐える彼女と目が合って。
「……これで、少しは面白くなっただろう?」
「……やってくれるわね」
パラパラと瓦礫が降り注ぐ寝室に残った彼女達を見ながら、互いに笑って――これにて一旦、閉幕。言葉にはしなかった、視線だけの会話と鳴り響く爆発音によってこの物語のカーテンコールとしたのだった。
――主役だけでもヒロインだけでも物語は面白くないものだ。いつだって忘れそうな端役がいるからこそ、どんな悲劇だろうと鮮やかで劇的に色付いてゆける。