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それは誰のせいなんですか?



   ***



 与えられたものが多すぎることは、かえって不幸の要因にしかならないものなのだ。と、彼女は言う。


「誰もが振り返る美貌と、万物を理解せしめる頭脳。それと貴族としての家柄、令嬢としての地位。そんなものだけでも、手に余るくらいだったのだけれどね」


 帝国のとある貴族の娘として生を受け、恵まれた容姿と類まれな頭脳を持った少女、だった。それが彼女の、生い立ちというか身の上話の語り口だった。


 そしてそれだけでも十分に、十二分に人生ってやつは満たされ、幸福で。神様から与えられたギフトは多すぎるくらいだったのに。それなのに、それ以上に。言いながらも彼女はがっかりしたような、呆れたような。やれやれといった仕種、息を漏らし。


「それだけで、本当に十分だったのにね」


「……なに、を」


 先ほどノワールが取り落とした銃を拾い上げ、細くしなやかな白い指先、しっかりと掴んでみせて……未だ病まぬ激痛に顔を歪めるノワールの前。はらり零れた金糸のような髪をそっと掬い上げながら耳元にかけて微笑み、ひどく悲しそうに。浮かべれば、


「ほら、こんな風に、ね?」


「……ッ」


 ぐしゃり、簡単に。まるで紙細工でも潰すように、軽々とノワールの銃をバラバラに握り潰してみせて――不意に、ノワールの脳内にフラッシュバック。いつぞやリリィベルが鎖を引きちぎったシーンが思い浮かんで。


「……生憎、以前すでに似たようなことを目の前でされたことがあってな。驚かそうとしたなら、残念だったな」


 動揺、皆無。とは、いかないが。それでも抱えた彼女のおかげでその光景に、怖じるような痴態は晒さずに済んでノワールは余裕にも似た笑みを漏らす。だが、目の前の彼女は。


「あら、そんなつもりじゃないわよ。ただ……岩を寸断し、粉みじんに砕ききり。鉄を握り潰し、折り曲げ。鋼に穴を穿ち、捻り裂く。そんな、こんな、余計なギフトまでくれちゃったんだから困ったものよねえ、って。それだけのお話よ」


 おかげで私の人生、狂いっぱなしだもの、と。


 また、笑う。ノワールはリリィベルを抱いたまま、激痛の中その姿を見つめるばかりで――それは彼女にとって同情を誘うための悲劇なのか、あるいはこちらの興味を引くための喜劇なのかは知らないが。どちらにせよノワールは、


「ふん……なんであれ貴様の話になど、興味はない。それよりどうせペラペラとおしゃべりをしてくれるというならば、貴様がリリィベルと同一人物などという戯言、そちらについて説明してもらおうか」


 己の指をへし折った女の過去になど微塵も興味などなく、聞く価値もない。と、きつく睨み上げたままに言う。そんなことよりも、そんなことで話を逸らさないでもらおうか、と。


 例え圧倒的に不利な状況の中であっても、決して下手に出る気もなければ媚びるつもりもない。その明確な意思を持って、変わらぬ不遜な態度を孕んだ口調で問い返せば。


「あら、つれないのね? ……けれど物語を冒頭だけ見て駄作と決めつけて否定するのは、物事を多角的に見れない浅慮さを晒しているのと同じよ黒猫さん。それに、その子にも関係のない話じゃないんだから」


「なんだと……」


 返された言葉に、ぴくり、素直に反応して眉を跳ね上げて。ふふ、とその反応を見て彼女はまた可笑しそうに微笑んでみせて。


 くるり、髪をなびかせ回る。立ち止まり、ぺこり、礼をして。


「……昔々、今よりも戦争が激しかった頃。とある帝国の貴族の娘が信じられないような力を持っていることがその帝国の軍部に知れました。その力は凄まじく、見れば小さくか弱い少女が大の男を悠々と投げ飛ばしあしらい、鉄の剣を折り曲げ、鉛の弾を握りつぶしてみせているではありませんか。そしてその事実を見てしまった、戦況としては隣国に押され気味だった帝国の軍人たちは……さて、その貴族の娘をどうしたでしょうか?」


 まるで舞台のナレーションのような語り口からの、ぴっと指を指して観ている観客へ、それはあっけに取られたような顔で見つめるノワールへと。物語に巻き込まんとする質問を、舞台上で舞う女優さながら投げかけてきて。


 それに対してノワールが思ったのは……先ほどの、小さな疑問。


 この彼女の語る話は、喜劇か、あるいは悲劇か。どちらでも構わないことに、変わりはないが。それでも、考えてみる。この場合は。


「……答えは簡単だ、それ程の力があると知れば無茶苦茶なこじつけでもして少女を浚い、敗戦の色滲む自国の勝利のために、とでも銘打って軍事兵器に利用せんと研究でもするだろうな」


 ――悲劇、として進めるのが正解、なのだろうと。だとすれば、この先の展開はそう多くもなく。むしろひとつしかありえはせず……そこまで理解したところでノワールが、そう答えを口にすれば。ぱんっと、手が叩かれて。


「そう、正解よ黒猫さん。そしてすぐにその答えを出せたなら、もうこの物語の結末は予想がつくんじゃないかしら?」


 舞台の上の女優は結末の語りを、観客の黒猫に。つまりは自分へと委ねて来て……暗闇包む観客席で不意にスポットライトに照らされたような気分。しかし、ふん、と。その中でノワールは鼻を鳴らして――つまらない、やっぱり駄作じゃないか、と。


 随分とありきたりで、随分と新鮮味のないストーリー。控えめにいっても良くある話、どこにでもある不幸な少女の話ってやつだ、これは。こんなのじゃ、カタルシスにも浸れやしない。そんなモノだ。


 だがノワールは、答えを待つように見つめる目の前の彼女に舌打ちをして。


 ……仕方なし、語るのは。


「……浚われた少女は、大方ひどい人体実験でもされたのだろう。そして、それをしたのはとあるもくそもない、この国。この帝国で、だから貴様は反乱軍となって反旗を翻した……そんなところだろう。そして、その物語に貴様とよく似たリリィベルが関わるというのなら、それは、」


「そう、それは」


 つまり、つまり、


「行われた実験は、クローン技術……つまり、言葉通り文字通りに、リリィベルは」


「化け物みたいな力を持った私のクローン、複製。だから私と同一人物、ということよ」


 そういう、ひどく面白くないもない結末に辿り着く、ということで。


 そして、そして。


「そして黒猫さんなら、知っているでしょう? 帝国の技術じゃクローンっていうのはね、どれだけ完璧に複製出来たとしても」


「……特殊な延命薬なしでは、一月も持たない、だろう」


 それがいま、リリィベルが血を流して動かなくなった理由に他ならず。同時にリリィベルがノワールと出会ってからの、月日そのもので。


「でも、その子は他の子と違って不良品なのよね。きちんと薬を与えなければ、一月でそうやって簡単に死にかけてしまう。常人以上であっても力は他と比べたら弱いし、なにより性格がね。抜けてるというか、おっとりすぎたのよ。だから、役に立たないからギリギリまで放置してたんだけどね」


「……なるほど、合点がいったさ。なぜリリィベルが私の基地で捕虜になっても貴様が助けにこなかったのか、リリィベルが助けは来ないなどと言ったのか、がな。一月は持つ、だからリミットを迎えたあの日、あの廃墟の戦闘まで手を出してこなかったわけだ」


「そう、大正解よ黒猫さん」


 まあ最悪、壊れてもいいと思っていたけど――そう言って彼女が浮かべた笑みはひどく、あまりにひどく、冷たくて。凍りつくほどに、冷ややかで。そんな自分以上に冷徹怜悧なその女の姿に、ノワールは。


「……ふん、ふはははは」


「……?」


 笑いが、腹の底からこみ上げてきて。ふはははっはははは! 止むことのない、いつもの不遜な高笑いを上げ続けて――ああ、よかった、と。眼鏡を押し上げてリリィベルの黒髪をそっと指先で撫でて、そしてその横顔を見つめて。だって、だってだ。


 ……こんな事実を、君はまだ知らないのだから。君が眠ってくれていて、本当によかった、と。それだけは、それだけが救いなのだと。


 そして、出来ることなら一生知らずにいて欲しい、と。それだけを、静かに願って。そして、ノワールはひとつの決断をする。それは、


「……薬は、持っているのか?」


「ええ、けれどひとつだけしかないわよ? なぜなら、」


「……私が貴様から薬を奪い、リリィベルを手放さないことを防ぐために、だろう? ふん、ちゃちなシナリオだな。だが、心配するな。私は、」


 言いかけて、言葉を切る。そう、ノワールは、すでに。


「……連れていけ」


「……なんのつもり?」


 ――そっと、受け渡した動かない君の手を離すことを、決めているのだから。



 ――雨は、まだ降り止まぬ。けれどこのくだらない悲劇の終わりまでは、あともう少し。

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