表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/100

暗転、次へと至るために。



   ***



 ――ふたりを重ねて、ふと思い出す。



 外した鎖の意味など、とうの昔に忘れてしまっていた。


 最初は、拘束のため。逃げ出さぬように、捕らえ続けるために。そのためだけに、繋げていた。


 そうしなければ、指から滴る雫の様に簡単に毀れて消えて、緩やかに無くなってしまうもののように感じていたから。喪失、消失、恐れたのはきっと、そんな感情か。


 だが重苦しいそれが、そのか細い両の手首を縛っているだけで、安心、安堵、そんなものに満たされて。その繋がった先には、自分の両手が必ず結ばれているような気すらした。していた。


 そんなあまりにも脆くて、細くて、浅い。その程度の繋がり。


 だけど断ち切ったのは、引き寄せたのは、きっと。


「……大佐さん、もう一度わたしを貴方のものにはしていただけないのでしょうか?」


「……」


 屋敷の入り口でそっと、差し出すように両手を差し出す君だった。君だけ、であって。


 なのに代わりに結んだ、その手すら。この手すら。


 ――離すときは、一瞬で。


 それを知りながらも声も出せずに、ただその手を握る。優しくも、確かに。小さくて、暖かい。細い指先へと、絡めるように指先を潜り込ませながら。離さぬように、離れぬように、と。それでも出ない声に、言葉に、歯がゆさに。


 心の奥底で降り積もるものは、形にならず消えるばかりで。ただ、唇を噛み締めながら。


「……お声を、聞かせてくれないのでしょうか?」


 悲しそうな、声音が響く。


 ……鎖で繋がったままだったなら、こうはならなかったのだろうか?


 思いとは裏腹に君の声に、俯くばかりしかできなくて。そうして鎖すら断ち切れ、吹いた風に木々のざわめきが一層、より濃さを増した辺りで。


「……大佐さん」


 まるで、世界を包む音すべてとは隔絶されたように。何者にも遮られることもなくどこまでも、透き通った声がして。この耳に、届けられた、瞬間には。顔を、上げたところで。


 するり、まるで力など最初から入っていなかったかのように。浮かべた微笑は、いつかと同じ、悲しみの色ばかりで。あ……と、遅すぎた声も言葉も、とっくに手遅れで。


「……さよなら」


 大佐さん。


 振り返ることもなく、自分ではない誰かに手を引かれて立ち去る背中を、ただ見つめるばかりで。


 それしか、できはしなくって。


 それだけが、君のためなんだと信じることしかできなくて。


 やがて見失った背を、それでもまだ追い縋るように見つめながら……さよなら、たった四文字の残響を何度も何度も繰り返し。血が滴る程に、噛み締め。


「……私にどうしろというのだ!」


 殴ったのは、物言わぬ壁か。あるいは、何も出来ない無力で無能な自分か。どちらにせよ殴り倒してしまえたなら、殴り倒せるものだったなら、どれだけ救われたのだろうか?


 そして、無言で無能で無力なそいつに打ち勝つことが出来ていたのなら――どこで、なにを間違えてしまったのか?


 その答えを、得ることが出来るとでも言うのだろうか。


 なんにせよすべてはもう手遅れでしかないのだけれど――これは崩れた屋敷を背景に、同じく崩れ落ちるばかりの無能がひとり、取り残された日の話。



 ――君が黒髪に染めたように、自分も君の色に染まればなにか変わっていたのだろうか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ