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めでたしへと、歩くのです。



   ***



 ――想像以上に、芳しくない状況であった。


「……大佐さん」


「……静かにしていてくれ……くそっ、冗談ではない」


 あの最初の轟音より、ものの数分だった。


 地下を抜け、廃屋の入り口へと戻ったノワールがそっと扉の陰から窺い見た外の様子。やたらと静まった、静まり過ぎていた。ふたつの軍が混在しているにしては、争っているにしてはあまりに似つかわしくない静寂。違和感、いや異様さたるや――それ以上になぜだ、なぜそこには、誰の姿もない?


 疑問符は雨のように降りしきる。胸元に抱え込んだリリィベルへと回した腕に、知らずに力が篭る。状況が、把握できない。まったく。ノワールは、さらに目を凝らしてみるが。


「誰もいない、ようだな……戦線が移動したのか? いや、あるいはブランシュのことか。こちらから目を逸らさせるために、あえて撤退という形で敵を引き付け引き離した、と見るべきか?」


 敵であれ味方であれ誰の姿も見受けられない現状で立てられる推測は、こんなところだった。


 すなわちリリィベル確保の知らせと同時に、ふたりから注意を移すために戦線ごと移動、あえてふたりの帰りを待たずに敵に背を向けて追撃を誘った……と、ブランシュならそうするだろう、という予測。だが、それはあくまでも、


「……もしくは反乱軍に、いえ母に殲滅されたのかもしれません」


 いいほうの、都合のいいほうの考えでしかなく。悪いほう、考えようとはしなかった最悪のケースを胸元のリリィベルは小さく呟いて。


「……現実味のない話だな。一個人に潰されるほど、我が部隊は脆弱ではないよ」


 扉の陰で重なったまま、ノワールもまたそれを否定するように潜めた声で囁いて。しかし、


「ですが大佐さん、母は、」


「……しっ、誰か来る」


 更に言葉を繋げようとしたリリィベルの口元に、ノワールは手をそっとかぶせる。身を引いて、壁際へと隠れれば確かに何者かの足音が聞こえてきて――どっち、だ? 銃を取り出し構えながらも息を潜め待てば。見えたのは、聞こえたのは。


「こちらアンチ5、周囲に残存兵力発見できず。どうぞ」


 見慣れた黒の軍服でもなければ、聞きなれた部隊コールでもなく。いかにもゲリラ兵といった風貌の、銃を構えた数人の集団で。それは、すなわち。


「アンチ……母の部隊、ですね」


「……っ、反乱軍の者か」


 この周辺にいるのは、残っているのは、敵勢力のみだということに他ならず。……しかし、だ。


『――了解、女神の手で黒猫の集会は散った、繰り返す女神の手で黒猫の集会は散った。アンチ5は哨戒を終え、逃げた白毛と赤毛の猫を追え。どうぞ』

 

「了解、直ちに移行する。通信終了」


 少なくとも、リリィベルの母によってノワールの部隊は散開するハメになった。それは間違いないだろう。だがこの敵の無線のやり取りを聞く限りは。


「……ふっ、どうやら君の予想は外れたようだな」


「……はい、よかったです。大佐さん、嬉しそうですね」


「ふん……そんなことはない」


 いいほうの予想が当たった、ということであって。


 そしてあの紅白の馬鹿ふたりは、まだ無事だということでもあって――悟られぬように、しかし確かにノワールは胸を撫で下ろして。不覚にも、少しだけ安堵の笑みが漏れる。いや、進行形で敵に追われているのだからまだ安心、とは呼べないかもしれないが。


 ……それでも、まあ。


「……ともかく、ハッピーエンドとは言わずとも一区切りか」


 なのだろうと、ノワールは思えて。


 そうして壁伝いに反乱軍の連中が、立ち去る音を確認して。そこでやっと、息を吐く。ノワールの中で張り詰めていたものが切れた感触。リリィベルを抱いたままで、壁に背を預け。まるで長編の物語でも読み終えたような疲労感に浸って。


 無意識、金色のなめらかな髪を撫でる。くすぐったそうに、同じく緊張が解けたらしいリリィベルが顔をくしゃり、緩めてみせて。そんな顔に、また少しだけノワールは笑って。


「……出来ればここで、栞を挟んで一休み、といきたいところだがな」


「しおり、ですか? ……少し、休みますか?」


「そうしたいのは山々なのだが……ここが戦地である以上、続きはまた後ほど、という訳にもいかないな。また敵が来ないとも、言い切れはしないのだから。すぐにでもここを離れるべきだろう」


「……どこへ、いきましょうか?」


「ふむ? そうだな……」


 行く宛てを聞かれ、ノワールは髪を撫でながらも考える。離れることは違いなくとも、遠すぎて元いた場所へは戻れそうにない。だが寄る辺の止まり木探しは実はこの瞬間まで考えちゃいなくて……数秒、思案して。 


 さて、どこへ向かおうか――?


 追われる紅白ふたりの背を追う事は、正直考え辛い。なにせそのすぐ後ろには敵の団体様のおまけつきなのだから。しかし良く見ればボロボロなリリィベルを引き連れて、それらをかわし遠回りで歩いて基地へと帰るというのも酷過ぎる。だからといって、このままここにいたところでそれも彼女のためにもならず――だったら、いっそのこと。


「……そうだな、では」


「では?」


 では、から始まる提案は。


「……ほとぼり冷めるまで、逃避行でもしてみるか。よし、しばらく君と私。ふたりで暮らすとしようか」


「……へ?」


 例えばの、そんな提案……ふたりでどこか、静かに暮らそうか? なんて。冗談交じりに放った言葉に驚く彼女の、リリィベルの手を引いて。返事は聞かずに、けれど握り返された手が、しっかりと絡めるように結んだ手が戸惑いながらもその返事だと受け取って、ノワールは歩き出し。


「あの、その、大佐さん、どこへ行くのでしょうか?」


「さて、どこだろうな?」


「……質問に質問は、いじわるです」


「ならば、この手を離して立ち止まってみればいい」


「……もっと、いじわるです」


「はは、褒め言葉だよ」


 並んで歩く、どこへ行こうか、その答え。


 彼女の拗ねたような顔があんまりにも可愛かったから、もう少しだけそれを見ていたいと思ったから……それはまだもう少しだけ、秘密にしておくことにした――。



 ――長い物語も栞を挟めば、立ち止まる。この物語の続きは、一度閉じたその後にでも。

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