また明日
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しばらく意識が飛んでいたが、ノワールはなんとか現実へとカンバックすることに成功した。しかし、さすがは反乱軍のメンバーか。リリィベル……油断していたとはいえまさかこの私の意識を奪うとは。まだドキドキが止まらない。
「……さて、今日の尋問はこれくらいにしておこうか」
「大丈夫ですか大佐さん、まだフラフラしてます。もう少し休まれたほうが」
「いや、大丈夫だ。問題ない」
むしろこのままここにいるほうが、ダメージを負ってしまいかねない。なのでノワールはふらつきながらも立ち上がり、よろよろと独房を後にしようとする。が、扉に手をかけた瞬間。
「あの、大佐さん……」
「どうした……」
青い顔で、振り向けば。鎖が伸びる限界の位置、なんとか立ち去ろうとしたノワールの服の裾をリリィベルが伸ばした手で引いていて。
「あの……」
なにか、言いたげな。そんな顔、青い瞳がじっとこちらを見つめるから。
「……なにかあったのかい? というかあまり無理をするな、それでは手首を傷めてしまう」
「あ……」
振り返り少し前に出て、ノワールは食い込んでいた手錠部分を優しく撫でる。そんなノワールにリリィベルは何度か口ごもって見せたあとに。
「……どうして大佐さんは、そんなに優しいのですか?」
「ど、どうした、急に? 別に優しくなんてしていな、」
言いかけるが、
「いいえ、すごく優しいです。だから不思議なんです……なぜ大佐さんはわたしを、殺さないのでしょうか? と」
「なっ!?」
まるで重ねるようにいきなり、こんなことを言われてしまって――殺す、と。聞きなれたはずのその言葉に、この少女にはあまりにも似つかわしくないその言葉に。驚くノワールになぜか悲しい顔を浮かべてみせて、リリィベルは続けて。
「正直に言えばわたしは反乱軍でも落ちこぼれなので、軍のことや秘密はよく知りません。それこそこうして捕まってしまうような、ドジですから」
「……そう、なのか」
「はい、なのでたぶん、助けもこないと思いますし大佐さんの欲しい情報なんてなにも持っていません」
そしてそこまで言って、ふう、とリリィベルは大きく息を吐き。
「だから、わたしは大佐さんに優しくしてもらったらいけないのだと思うんです。このまま大佐さんの優しさを、なにもお返しできないのにもらっちゃいけないと思うんです」
「……」
「軍の仕組みはよく知りませんが、本来価値のないものは敵に殺されて当然だと聞いたことがあります」
「……そうだ、価値のない捕虜は生かしておく理由はないからな」
言いながらも……でもだったらなぜ、その事実をノワールに教えたのだろうか。そこまで知っていながら、どうして素直にバラしてしまえるのか。
言わなければ、そうならないのに。
黙っていれば、助かるのに。
どうして、君は。
「つまりわたしは本来殺されているはずなのに、いま大佐さんに嘘をついて生きています。でもわたしは、大佐さんのくれる優しさに嘘はつきたくありません。それにきっとこのままでは大佐さんに迷惑をかけちゃうと思うから……だから、わたしはちゃんと、」
死ぬべき、なんです。なんて。
そんなことを言うのだろうか。
それじゃまるで私の、ノワールのために死ぬと言っているのと変わらないのに――ああ、もう。本当に、この捕虜は。不器用すぎるというか、なんというか。
ひとの気持ちも、知らないで――!
「だから大佐さん、わたしを――」
「――私は君を殺さないぞ」
「はうっ!?」
言い終える前に悲鳴が上がる。なぜかって、ノワールがぺしっと脳天にチョップを落としたからだ。軽く、本当に軽く、だけども。
しかし、いきなり頭上に落ちたその衝撃にリリィベルは心底驚いたのか、目をくるくるさせながら、可笑しいほどに困った顔をしてみせて。
「……え? え? え?」
小さな手を両方頭に乗せて、ちょっぴり涙目でノワールの顔を見上げてきて。ふう、とノワールはため息交じり、飽きれた顔で軍帽をかぶりながら背を向けて。
「……君に価値がないかどうかは、私が決めることだ。ということで、明日もまた尋問しにくるから、そのつもりで」
「でも、わたしは、」
「あ、そうそう……」
「……?」
扉を、開けながら。
「嘘が嫌だと言うなら明日は必ず教えてもらいたいものだ、君の好物をね。今日のケーキ、そんなに好みじゃなかったろう? 特にドライフルーツは、食べれないなら無理して食べず、素直に嫌いと言って欲しかったものだ」
「……っつ!」
「ふふっ……じゃあ、また明日」
手を降りながら、ノワールは背を向け歩き出す。
「……優しすぎ、ますよ。また、明日」
安心したみたいなそんな声が、聞こえた気がして……けれど、優しすぎると君は言うけれど。
――いいや。君じゃなければ、殺していたさ。そう言いかけたことは、秘密だ。