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踊らされるよりも、躍らせたい



   ***



 ――自責の念はあれども、ノワールに立ち止まる時間はなかった。むしろ敵が何者であるかが分かったからこそ、急がねばならなかった。


「……リリィベルを奪ったのが反乱軍でないと知れた今、悠長に構えている時間はもはや一秒足りとてないと思え」


「わかってる、急ごうノワール」


 基地内に伸びる長い廊下を、ノワールはヴェルメイユとその肩に乗ったブランシュを連れ立って急ぎ進んでいた。目指すのは、作戦室だ。そこですぐにでも部隊を編成し、可能なら一秒でも早く敵の元へと向かわねばならない――そんな焦りが、ノワールの足を更に速める。


「……反乱軍ならば、味方である彼女が傷つけられる心配はないと踏んでいた。そしてこれほど焦る必要もなかったのだがな。私としたことが油断した」

 

 なぜなら言葉通り、今リリィベルが捕らえられているのは彼女のホームではない。ノワールがここまで残り少ない冷静さを維持出来ていたのも、敵が彼女の身内。つまりは彼女の身の安全が確保されているという前提があればこそ、だったのだ。


 しかし、事実は違った。現在彼女は文字通り、字面通り……敵の手に落ちてしまっているのだから。すでに状況は一刻の猶予もないといえるだろう。思いながらもノワールは廊下を抜け、作戦室に入るなり基地内放送のマイクを掴むと、大きく息を吸って。


「第一種先頭配備、基地内の全兵は武装し待機せよ! ハリーハリーハリー! 急げ愚図共、この間ここを襲った馬鹿者どもに報復に行くぞ! 遅れた者は銃殺だ!」


 ハウリングなどお構いなし、すぐさま基地内へと怒気を孕んだ強い口調で指示を飛ばす。同時に基地内部が、うねる様な騒がしさに包まれてゆく。慌しく走り回る地鳴りのような足音が、基地全体で響き渡り……よし、これでいい。ノワールは振り返り、休む間もなくブランシュとヴェルメイユへ視線を移し。


「ブランシュ、君はすぐに敵の本拠地特定のための情報収集とそれに伴う奪還作戦を練ってくれ。私は急ぎ将軍閣下へ連絡し、進軍の許可を申請する。すまないがヴェルメイユも、ブランシュを手伝ってやってくれないか? まだ病み上がりだ、頼りはするがあまり無理はさせたくない」


「ああ、こっちは任せてくれ」


「ええ、任せてちょうだい……でも、ちょっと待って」


「なんだ、時間が惜しいと言っただろう? いったい、なにを」


「だから、待ってってば! ――これって」


 そんなノワールに、なぜかブランシュは手のひらを突き出し待ったをかける。なんなのだ、と。なぜか食い入るように作戦室内に設えられたモニターを見つめるブランシュの横に立ち、同じようにそれを見れば。そこには、


「グレイッシュ将軍より直接の進軍要請。帝都南部郊外十キロ地点にて、大多数の反乱軍が武装し大挙中。目的地は帝都南部の廃墟群、目的は不明だが反乱の動きに間違いなし。当基地もこれに武力を持って対抗、殲滅せよ」


「なっ?」


 父からの、グレイッシュ将軍からの進軍命令であって。しかも、しかもだ。


「……しかもどうやらこっちの事情の進軍申請は、必要ないみたいよノワール。ちょうどいま判明したんだけれど、だってここリリィさらったやつらの本拠地だし」


「……馬鹿な」


 反乱軍の目的地は、まさに自分たちの進軍先と同じであって。つまりこれから向かう場所は、敵対する三者が入り乱れる地獄と化す、ということに他ならず。


 そんな最悪な偶然ってやつは、止まることを知らぬ勢いで降り注いできて――なぜ、こうも重なるのだ? 馬鹿げてる、映画やドラマの世界じゃないんだぞ? そうそう都合よく、こんなことが起きるはずがないだろう。と、ノワールは苛立ったように眼鏡を押し上げて。


「……くそっ、考えろ、考えろ」


 ……落ち着け、ノワール。取り乱すな。冷静に考えれば、リリィベルの母親が、反乱軍のリーダーが娘を取り返すために動いた、というのが妥当だろう。いったいどうやってその情報をこちらより早く手に入れたかは、知らないが。ともかくそんなところだろう。


 だが、タイミングが悪すぎる。あまりにも悪すぎやしないか? これでは間違いなく、三つ巴の泥試合だ。こんなもの、こんな状況では打って出たところで何の得もなければ、リリィベルを取り返すことも不可能に近い――いや、待て。待て、ノワール、よく考えろ。


 そこまで思考を巡らせたところで、ぴたり、ノワールの動きが止まって。


 リリィベルを、取り返す――? 大前提としてあるそれを、それが、なにかノワールの中で引っかかって。待て、待て待て待て、ちょっと待て。急に冷めた脳みそが静かにまた回りだして。


 ノワールは、リリィベルを取り返したい。


 反乱軍も、リリィベルを取り返したい。


 反帝国思想の組織の連中が、さらったリリィベルを、だ。


 そして偶然にも、その三者がこれから同じ場所で合間見える……そうなれば、目的が同じであれ帝国軍と反乱軍は間違いなくしがらみから戦闘になる。そしてどちらかが、あるいは両方が壊滅する。そうなれば、最後に残るのは……?


「……くそが、そういうことか」


 ああ、そうか、そういうシナリオか。はっ、と笑って。ノワールの中で感情によって鈍らされていた判断力が戻ってくる。わかった、もうわかった。これは、これはつまりは。


「ノワール?」


「……ブランシュ、我らは危うく幼稚な陰謀に踊らされるピエロになるところだったわけだ」


 く、くくく……と、可笑しそうに喉を鳴らして笑い、ノワールは傍にあった椅子に乱暴に腰を落とす。そうかそうか、そういうことか、と。分かってしまえば、気付いてしまえばなんとも不出来なその目論見ってやつが見えてしまって。


「……馬鹿者共が。随分とこのノワールに舐めきったマネをしてくれる」


 ふははははは……作戦室内の全員が見つめる中、ノワールは目元を手で覆いながら更に声音を上げて高笑いしてみせて――そして、突然ぴたりと止めて。


「ブランシュ、将軍からの要請も、奪還作戦もどちらも予定通り行う。……指揮は君とヴェルメイユで執れ。頼んだぞ」


 それだけ言って、席を立ち作戦室から出ようとして。


「ちょっ、あなたはどうするのよっ?」


 呼び止めるようなブランシュの声に振り返り、ニヤリと口角を吊り上げて。


「……なあに、少しばかりご両親への挨拶を早めてくるだけさ」



 ――ただ無駄なく、潰す。鼻先の問題も後顧の憂いも、まとめて潰す。それが帝国軍人らしさってやつなのだから。

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