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   ***



 ――出会う以前から、変わっている方なのだと聞かされてはいた。


 冷酷で冷徹で、血も涙もない非道なる男だと。目的のためならば手段を選ばない、歪んだ笑みを持って人を殺し、冷さめた眼光で他者の心を弄ぶ人間だと。博愛を歌いながら帝国民以外を蹂躙する悪魔、完璧なる帝国主義者、帝国の犬、エトセトラエトセトラ……なんにせよそういう風に、リリィベルは聞いていたから。


 だから、母の軽いお願いだったとしてもここにやってくることに、その悪魔のような方に出会うことに恐れはあった、のだと思う。


 それにあくまで偵察のみとはいえども基地内に潜入する以上は、その人に出会ってしまうリスクだって少しは考えてはいた。その際には、どうすべきかも考えていた。


 ……万が一捕まれば、きっとその冷酷なる悪魔はきっと無価値と知れば自分を容易く殺してしまうのだろう。ならばそのときは、不出来な兵士でしかない、力ばかり強いだけで反乱軍の中でも一番役立たずな自分はどうすべきだろう? それは、たぶん何事もなく死んでしまうのがいいのだろう、と。


 それが一番、誰にも迷惑がかからないから。


 痛いのも、苦しいのも嫌だけれど。死んでしまうことが、殺されてしまうことが一番いいことなのではないか、と。


 敵に捕まって捕虜になり、無価値だと知られればそれはどうしたって終わりでしかないのだから。そういうものだと、あまりよくない頭の自分でもちゃんと知っていたから、と。


 つまりリリィベルは、ある程度の覚悟を持ってここへとやって来ていた。そして捕まり、いざその悪魔のような男に出会った瞬間には、当然拷問されることも、死ぬことも、殺されることも考えていた。


 ――だけど、だけど。


『まずは……君の名前と年齢を教えてもらおうか!』


 その時の顔を、声を。リリィベルはよく覚えている。そしてきっと、一生忘れることはないと思う。


 あの、照れくさそうにしながらも必死に唇を噛んでしかめていた真っ赤な顔を。震えるように、ひっくり返ったように放たれた声を。妙にぎこちない動きを。リリィベルは、本当に鮮明に、瞼の裏側に焼き付けていて。


 ……本当に、変な人だと思った。だって聞いていた通りのようで、その実ぜんぜん違っていて。


 冷たい言葉ばかりなのに、なぜかそうして与えてくれるものはすべて温かくて。威圧的で怖がらせようとしているようなのに、触れる感触はなにもかもが柔らかくて。その人はどれもが優しさを基準に動いているようで。


 そういう人なのだと知れば知るほどに、リリィベルはもう抗うことの無意味さを知って。


 だから奪われるのに、時間はかからなかった。


 奪われてもいいと、奪って欲しいとさえ思うのにも時間はかからなくて。


 そうして気付けば甘えてしまえるほどに、なにもかもは彼の手の中へと吸い込まれていって。今では、もう。


「……大佐さん、かわいいです」


「ふふ……なに、私が本気を出せばこんなものさ」


 彼が見せてくれるすべての表情に、仕種に、言葉に、その全部がたまらなく嬉しくて。そしてなによりも、なによりも。


「……うーわ、本当にあの格好で会いに来ちゃったのね」


「いやしかし、あのコミカルな動きは中々どうして心が弾む……よし、俺も混ざって」


「やめときなさい、帝国軍大佐が揃ってあんなことしてたら火傷じゃすまないわよ」


「見てみたいです、ワンコさん……」


「よしきたっ!」


「ちょっと、リリィ!」


「ブランシュさんは、しないのですか?」


「む……どうだ、ブランシュ?」


「するか! 私まで巻き込むな!」


 こんな、聞いていた姿とはまるで違う軍人さんたちの素顔を見れることや。どこまでもどこまでもゆっくりとした、穏やかな時間の中にいられること。それが、たまらなく幸福であって。


「ふう、すっかりあの紅白馬鹿のせいで騒がしくなってしまったな。では、もう遅いし今日の尋問はここら辺で終わりとしようか」


「……あの、大佐さん」


「ん? どうしたのだ? もしや……君も着てみたくな、」


「いえ、そうではなくてですね」


「あ、そうですか……」


 ――だから、大佐さん?


「……また明日も会えますか?」


 毎日こうして確認しなければならない気持ちを、捕虜のはずなのにこんな時間を、場所を、いつか失ってしまうかもと不安に思うこの気持ちを。


「……最近、毎日のように訊いてくるな」


「……ごめんなさい」


「ああ、いや。別に責めているつもりじゃないんだ。ただ、」


「ただ?」


 いつだって会いたいと、待ち望んでいるおかしなわたしの心を。


「……尋問は、毎日必ずすると言っているだろう? 私は約束を絶対に破ったりはしないよ」


「……はい」


「それにしても……ははっ、君はおかしいな。尋問をされたがる捕虜に出会ったのは、君が初めてだよ。では、また明日」


「……はい、また明日」


 毎日開いては閉じるその扉を、いつだって見つめるわたしの想いを。あなたに、少しでも気付いて欲しいと思うことは我がままなのでしょうか――?



 ――募る想いは、黒も金も同じもの。あとは知るか知らぬかの違いだけ。

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