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 ――最近、なんだか様子がおかしい。なにがって、自分の、ブランシュの上司兼幼馴染の男が、だ。


 そいつは周囲からは冷酷で高慢だとか冷徹で残虐だとか言われているけれど、その実は昔からいろいろズレていたり、意外に清純だったり、料理が得意だったり面倒見がよかったり、口は悪いが優しかったり、と。知ってみればその内面は中々に表から見た姿とは違う男なのだが。


「失礼します、ノワール大佐。先日の作戦報告書の提出についてなのですが……」


 所用で赴いた彼の自室、ノック数回してきちんと敬礼。ちゃんと副官としての顔で開いたその扉の先で、見たものは。


「……あ」


「あ……」


 互いに見入って、固まって……さすがに、とでも言うべきなのだろうか? この場合。


 なぜならブランシュは、いま――


「……訊いてもよろしくて?」


「……簡潔になら」


「そう、では訊くわ……なぜあなたは、そんな黒猫の着ぐるみ姿でコミカルな踊りの練習をしているかしらっ!?」


 ――上司のあられもなさ過ぎるその姿を、目撃してしまっているのだから……ああ、そうか。これだけ長い付き合いでも今知った。そうか馬鹿なのか、この人は。とりあえずその姿で真顔でこっち見んなよ、黒猫眼鏡。としか声をかけれそうにはない状態であって。


「……む、もしや気付いたかブランシュ」


「……気付かないほうが、無理ってものでしょう」


「そうか……実はこのダンスは、私考案のものなのだが、どうだろうか?」


「いや、そこじゃねーよ!」


 ピンと跳ねた両の耳が付いたフード、ふりふりと揺れる長い尻尾。ぽてっとした丸みのあるフォルムに包まれて、フードの下から覗くのは「どうした、なにを取り乱している?」キラリ、光る眼鏡とキリッと決めたドヤ顔で……ああ、どうしたらいいんだろう? どうしてそうなったとか、ブランシュはそれすら訊きたくなくって。


 しかし、訊かないわけにはいくまい。これでも、こんなのでも、上司であり幼馴染という間柄なんだから。そしていいからまずは、そのコミカルな動きをやめてくれないだろうか。


「……あのさ、ノワール」


「いい、皆まで言うな」


 が、呆れたように額に指を押し付けながら訊こうとしたブランシュに、瞬間に鼻先目掛けてぬうっと肉球がついた丸い手が差し出されて。説明しよう、とそのでかい黒猫は言い出して。


「実はな、これはリリィベルさんのために買ったのだが」


「ふんふん、あの子黒猫好きだものね」


「ああ、それで、コレだ」


 くるん、披露する様にノワールが回る。もう二十歳を過ぎた男が、黒猫の着ぐるみ姿で一回りする光景のシュールさとカオスさにブランシュは頷きながら、なにを言うのかと思えば。


「……購入したあとに気付いてしまったのだよ、ある重大な失敗にな」


「ほほう?」


 ノワールが言う、その失敗とやらは。


「……彼女は黒猫が好きなのであって、別に黒猫になりたいわけではない、ということだ」


 これは、大変なミスだ……! と、でかい眼鏡をかけた黒猫は肉球を顔に当てて顔を歪めてみせて――なんだ、コレ。このまま聞いていなきゃいけないものなのだろうか。ブランシュがこっそり、一歩後ろに下がれば。


 バッと、黒猫は身を捩らんばかりに激しい動き。急に詰め寄ってきて。


「だが、私は諦めなかった! このミスすらもチャンスに変わる方法をすぐに見つけてしまったのだ! ふははは、低能な者たちがつけた二つ名とはいえ、私と並びモノクロの頭脳と呼ばれる聡明な君ならわかるだろう?」


 捨てたい、いますぐにそんな二つ名。今だけはコレと並んで評されたくない、本気と書いてマジで。他人でありたいと心からブランシュは思って。……だからドヤ顔やめろって、むき出しの顔部分だけクールに決まってて怖いんだよ。


 そして、そんな姿にひとつはっきりしたことがある。とりあえずもうだめだこいつは。自分では、どうにもできない。そういうことにして、ブランシュは軍師らしく戦略的撤退開始。踵を返して逃げようとするのだが、


「……用件は、また日を改めるわね」


「ま、待て、待ってくれブランシュ!」


 そんなブランシュの気持ちなど知るはずもない黒猫はさらにずずいっ、と寄ってきて。じりじりと下がっていたブランシュであったが、不覚にも壁際にまで追い詰められてしまい、そのまま――


「……聞いてくれ、ブランシュ」


「……っつ」


 ――ドンッ! と。


 肉球が震える腕で壁を叩かれ、すっぽり覆い隠されるようにされてしまって。ああ、これって、いわゆるあれか。壁ドンってやつなのだろうか。だとしたらコレにときめく乙女の気持ちが分からない自分は、乙女じゃないということなのか。と、そんなことを考えている場合でもなく。


「……まさか、夢にまで見たシチュエーションを黒猫に奪われるとは思わなかったわ」


「逃げずに聞いてくれないか、ブランシュ。私は、ただ」


 ただ、なんだと言うのだろうか? 言い訳でもしたいらしいが、正直その格好でなにを言われたところでなにひとつどうにもなりそうにはないんだよなあ……とブランシュが思っていると。ノワールは、


「……彼女が、先日熱を上げて苦しんだことは知っているだろう?」


「ん? ああ、なんか風邪引いたって言ってたわね」


「そうだ。そしてまだ治りきっていないらしくてな、このところ元気がない様子が続いているのだ」


「……それで?」


「それで、だ! あれでは尋問してもきっと効果が薄い! ならばここはひとつ我が身を投げ打ってこうして黒猫に扮して、彼女を楽しませて陽気になったところで口を滑らせてやろうという計画なのだよ! 見てくれ!」


「……は?」


「そこで、ついでに君に頼みたい! これからこの姿で踊って見せるゆえ、愉快になったかどうか判断してくれ!」


 そこまで言い切ってから、ぱっとブランシュから離れてみせて。チャッチャッチャッ、と華麗なステップを踏みながら耳、ヒゲ、胴、尻尾をリズム良く揺らし始めて。なんとも形容しがたいコミカルすぎる踊り、のようなものを始めてみせて。最後に、


「……どうだ! 愉快になっただろう?」


 ターンからの、片手を突き上げての決めポーズ。きらっと爽やかな汗が舞って、ノワールがブランシュを見つめる。が、そのときにはすでに。


「……あれ?」


 ブランシュはとうに部屋の外、無駄に使ってしまった体力でひいひいと壁を伝いながら自室へと戻っている最中で……お分かり、いただけただろうか? つまり、ブランシュが言いたかったことは。


「……神様、あれが私の初恋相手なんですがどうしたらいいのでしょうか?」


 ……壊れていく愛しい相手に、果たしてこれからも寄り添うべきかどうなのか。その難問の答えは、この頭脳を持ってしても解き明かすことはできないということだ。



 ――千年の恋も、いつかは冷める。それがどんなきっかけかは、人それぞれだろうけど。

 

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