警戒心なき一撃
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接待……じゃなかった、尋問しておいてこういうことを言うのもなんだが、このゆるいというかふわっとした捕虜にどうしてもノワールは言いたいことがあった。どうしても、苦言を呈したかった。それは、
「君は、警戒心という言葉を知っているか?」
「警戒心、ですか?」
そうだ、警戒心だ。ノワールは眼鏡を押し上げながら強く頷く。パチパチと目を瞬かせながら、リリィベルがきょとんとした顔を浮かべる。
そのまましばらく考えるような素振り、形の良い顎に指を当てて「……?」ノワールの言葉を、リリィベルはちゃんと考えてみせて。ややあって、手に持ったカップを置きながら。
「どういうことでしょうか……? あ、大佐さん。おかわり飲みますか?」
「いただこう……って、だから。そういうところだ。なぜ君はそうも警戒心がないんだ」
「……?」
先ほどより大きく、首を傾げて。はあ、とノワールは頭を抱えて。仕方なく、といった感じで。
「ここは、というか私は君の所属する反乱軍の敵、帝国の人間だ。そしてここは、私が管理する基地の独房、その中で最も厳重な場所だ」
「はい、知ってます」
「いや、君はわかっていない。ここには、私と君しかいない。それはつまり、敵である私がその気になれば、君を殺すことも……いや、さすがにそれはしないがともかく、どうにでもできるということなんだよ?」
「どうにでも……?」
「そうだ、その、つまりは……たとえば今君が食べている物の中に、毒を仕込んだり、とか」
「!?」
ポヤーンと緩んだような形をしたリリィベルの目元が、くわっと見開かれて。
「……忘れてました、大佐さんは怖いひとでした」
ずざっと後ろへ身を引かれ、さながら逃げる猫の如し。両手に鎖で繋がれた手錠が付いているので、もちろんこの部屋から逃げることは出来ないけれど――なん、だろうか。
その、怯えた目。ノワールは必死に自分自身を守るように体を抱きしめながらプルプルと震えるリリィベルの姿を……自分を拒絶するその姿を見るとこう、なんだろうか。胸の辺りが痛くなって。
「すまない、冗談だ。あくまでもしもの話であって、私は君にそんなことはしないよ……約束する。だから、あまり逃げないでくれると嬉しいんだが」
「……本当、ですか?」
「本当だ。怖がらせるつもりじゃ、なかったんだが」
「じゃあ、なんでそんなことを?」
「それは、」
それは、ただ。
「君があまりに警戒心がないものだから、いざというときに私の理性が持つ保証がない、なんてね。なのでもう少し、警戒してくれると嬉しいんだが」
ということで。
「……?」
「あ、いや……わからないなら、いまのは気にしないでくれ」
残念ながら、そんな気持ちはリリィベルには正しく伝わらなかったようで。はは、とノワールは軽く笑ってみせながらも……はあ、とため息をついたとき――
「って、私は捕虜相手になにを、言って――え?」
「ごめんなさい、わたしあまり頭がよくないもので」
――ぎゅっと、突然手を握られて。うるっとした瞳で見つめられて。そのまま――
「……」
「でも、わたしのせいで大佐さんの元気がなくなったのはわかります」
「……」
「……敵なのに大佐さんの優しさに甘えて、こんなによくしてもらってるのに、ごめんなさい……あの、大佐さん?」
「……」
「目は開いてるのに、寝ちゃってる……?」
――手を握られただけで、ノワールの脳が強制シャットダウンを起こしました。