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わがままなんです。



   ***



 ――今夜は、ずっと一緒にいてください。


 そうだ一緒にいるだけ、それだけのことだ。別になにか起きることもなければ、普通に過ごしていればいいだけの話なのだ。例えば、こうやって。


「ふむ、おかゆくらいなら口に出来るようだな」


「……おいしいです」


 作ってきたおかゆを、少しずつ冷ましながら食べさせてやったり。口元を拭いてあげたり、薬と水を飲ませてあげたり。熱いです……着替えます……おもむろに服を脱ごうとしたリリィベルの動きを察すると同時に、ダッシュで背を向けて部屋の外に駆け出したり。扉の外で、いろんなものが砕けたり爆発しそうになったり。もがいたり、悶絶したり。壁に頭を何度も打ち付けたり。


 するとそのタイミング、相も変わらず鬱陶しいほどの爽やかスマイルの赤毛の犬、ヴェルメイユが呑気にやってきて「ノワール、俺も仕事が終わったので尋問に参加さ……」「ふんっ!」「ぐあっ!」流れるようにそいつにも打ち付けて、ノックダウンさせて。


 引きずって、階段の方へとこう、ポイッと。捨てて、よし! 額の汗と血を拭ってみせて。尋問室へと戻り。


「……パジャマだな」


「はい……パジャマですね。ところで大佐さん、額にケガをなさっています」


「気にしなくていい、少しばかり邪魔者を排除しただけだ」


「……ご苦労様です?」


「ああ、しかし……素晴らしいな」


「はい?」


 ベットに座るリリィベルに、一瞬で心ごとすべてを奪われて。


 束ねたシルクのように美しく透けるような金色の髪、顕になった細く少し汗ばんだ首筋。ふんわりとしたシルエットのその白いパジャマ姿。あしらわれたフリルは、ノワール的には高評価。可愛らしくも幼すぎず、かといって露出過多でもなく。可愛い、とにかくもう可愛い。恍惚と見入って。


 どうだ、見事な普通ではないか。大丈夫だ、なにも問題はない……しかしそろそろ、天使のパジャマ姿を見すぎていたせいか、危険なので。


「さて、ではそろそろ寝たまえ。これ以上は私の色々なものがもたないからな」


 ノワールは、眼鏡を押し上げながら提案する。しながらも今日はソファで眠ることになるな……と、シーツを丸めて抱えながらソファの方へと歩き出す、が。


「……はい、では」


 ころり、横になったリリィベル。なぜかベットの端のほうに寄って大きく自分の右側にスペースを作ってみせて。ポンポン、と払うように何度かそこを叩いてみせて――


「……どうぞ」


「……!?」


 ――声も出せずに砕け散った、なにが、ノワールの眼鏡が。弾けて、キラキラと宙を舞って。


「……どうぞ、とは?」


「……一緒に、いてくださるんですよね?」


 招くように、催促するように、リリィベルは震えそうな声で訊いたノワールにまた何度か叩く仕草をしてみせて。しばらく冷や汗ダラダラで呆然とノワールがそれを見ていると、慌てたみたいにかかっていたシーツを顔元まで引っ張って、覗くように目元だけが見えて。


「傍に、いて欲しいです……」


 熱のせいなのか、今日の彼女はちょっぴり大胆なご様子で……だめ、でしょうか? 追い討ち。くぐもった声で、そんな声まで聞こえて。ノワールの中で、なにかがぷつんっと切れた音がして。


「……ふ、ふはははは」


 しゅるり、笑いながらネクタイを外し、軍服を脱ぎきちんとコートを畳んで。カチャリと眼鏡を外してみせてから。そっと、明かりを落としてベットに横たわって。暗闇の中でリリィベルと、眼鏡がないせいでよく見えないが目が合った気がして。


 ふっ、と微笑み、からの一言。


「……おやすみなさい!」


「はい、おやすみなさい大佐さん……」


 ぐるんっ! すぐさま反転して……なんだこれはなんだこれはなんだこれはなんだこれはなんだこれは!? にやけそうやら泣きそうやら恥ずかしいやらが渾然一体になった崩れた顔を見せまいと、背を向けて。


 まずい、まずすぎる……笑みが止められない、どれだけ力を込めても口元が緩む。心臓がうるさい、汗が止まらない。照れくさすぎて、もう振り向けない。プルプルと震えながら、ノワールは必死に諸々の感情を堪える。たぶん、いまきっと自分は酷い顔をしている。


 弱ったリリィベルの甘えるようなお願いだったから、つい勢い任せで飛び込んでしまったが。いかんせんこんな状態で、到底。


(寝れるわけがない……!)


 で、あって。


 しかもしかも、しかも。


「……大佐さん」


「……どうした?」


 そっと、指先の感触を背に感じて。シャツを引っ張られるような感覚がして。


「すごくドキドキするけれど……一緒にいてくれて、ありがとうございます」


 おやすみなさい……囁きが、指先から伝って心臓を打ち抜いて。


「……こちらこそ」


 ありがとう、そして、おやすみなさい。


 ……永遠に。そのままノワールは夜が明けてリリィベルに起こされるまでの間、夜空の星になっていたことは言うまでもない。


 

 ――誰かと一緒に過ごす時間で大切なのは、その時の長さではなくどれだけ濃密であれたかだ。

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