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戦いは、いつも非情です。



   ***



 効果的な戦術が見つかった場合は、それを最大限に利用するのが最も効率のよい戦い方だとノワールは思っている。


 そして幸運にも、これまで散々苦戦を強いられてきた相手へのその戦術を知ることが出来たのだ。ならばそれを使わない手があろうか? いや、ない。それに元々ノワールは戦いにおいて相手の弱点を一転集中で攻め立てる術に長けていた。


 なので、最近のノワールは。


「……ふむ、黒猫ぬいぐるみ三点セットか。ほう……しかもサイズは大きいものから小さい手のひらサイズまで。しかも枕やシーツなどもあるのか……くくくっ、これは使えるな」


 パソコンの前でカタカタとしきりに指を動かし、次の戦いに必要な物資の注文に勤しんでいた。注文、注文、注文! ノワールのクリックする指は止まらない。勝つためならば、金銭など惜しまないスタイルだ。


 ――だがこれで彼女は、もう抗うことなどできはしないだろう……この圧倒的な物量作戦の前には、む、黒猫の着ぐるみ、だと……ふざけるな! こんなもの、買わない訳がないだろう! くそっ、だが最短でのお届けは一週間以内だと……馬鹿な、今すぐ用意しろ! ええい、こうなったら取扱店に直に買いに行くしか……と、立ち上がりコートを手に取った時。


 自室の時計が、重く鈍い鐘の音を打ち鳴らす。そこでノワールは我に返って、顔を上げ。


「おっと、そろそろ尋問の時間か。すぐに向かわねばな」


 パタン、とパソコンを閉じて軍服を正す。そのままクロゼットへと向かい、開け放ち。所狭しと並んだ武器の数々を眺めながら、さて今日はどれで攻めようか……顎に手を当てながらほくそ笑み。


「……よし、今日はこれだな。漆黒の獣と、鮮血の茨よ。存分にその力、振るうがいい」


 くくくっ、と喉を鳴らしながら右腕に黒猫を一匹、抱える。そして左手にはバラの花束を持ち、完全武装完了。軍服の裾を翻し、いざ戦場へと向かわん――ノワールは早足、急ぎ尋問室へと向かう。


 ……どうだ、すべてが完璧だ。ふははははっ、と自画自賛。これから彼女がどんな顔を浮かべるか、ノワールは楽しみでしょうがなくて。


 そうして尋問室の扉の前、逸る心を押さえながらノック数回。捕虜とはいえ、女性の部屋に違いはないのでその辺のマナーはきっちりと。もしも着替え中だった場合を考えると、それをうっかり見てしまったとき自分がどうなってしまうかも鑑みて、というのもあるが。とにかく危機管理にもぬかりはなく。


「……失礼する」


 ノワールは、ついに今日も戦地へと足を踏み入れる。さあ、今日はいったいどんな攻撃を仕掛けてくる? この両手に武器を携えた私に、どんな攻撃も効きはしないがな! と、踏み込んだ瞬間。


「わー」


 と、ひどくのんびりとした声。ぷにゅんっ、と衝撃とも呼べない柔らかな感触がノワールの胸元辺りにぶつかってきて――


「……びっくりしました?」


 ――キラキラと瞬く青い宝石に、見上げられて。すっぽりと収まった小さな体躯は、ぴったりと寄り添うようにしていて。ノワールは、その姿に言葉を失い。ギシッ、と固まって。


「……ふ、ふふっ、中々の攻撃だ。しかし甘いな、その程度では私を殺すことなどできはしな、」


「……びっくり、しませんでしたか?」


 うるんっ、としてきゅるんっとして。


「したさ、ああしたさ! くそっ、だからその潤んだ上目遣いをやめてくれ、本当に死んでしまう!」


 抱き締めたい気持ちを必死に抑え、震えながら顔を逸らしてお願いすることしかできなくて。不覚にも、武装したせいで両手が塞がってしまっている。これでは手が出せない、反抗できない。くそ、しくじった! ノワールは悶えるしかなくなって。


 ――本当に、毎回なんて凶悪な可愛さの攻撃をしてくるんだ。なんだ、なにが目的なんだ。殺す気か、そうなのか。私の理性を殺しにかかってきているのか、これじゃあ今晩も眠れないじゃないか。いったい、彼女はなんの目的でこんなことをするのだ? そして可愛い、可愛いよリリィベルさん! ふおおおおおっ、と色々乱舞しかけて。


 そんなノワールの内心を知るはずもないリリィベルは、あれ? と胸元に収まったままそう言いたげな顔で首を傾げてみせて、なにがしたかったかと思えば。


「どうしたのだ? いったいなんでこんなことを」


「……大佐さんの驚いたお顔が見てみたくなりまして」


「驚いた顔……?」


 なるほどちょっとした、悪戯心みたいなものか。なんだ、そんなことかとノワールが少し笑ってみれば。


「……あと、その」


「ん?」


「……こうすれば、くっついても怒られないかと思いまして」


「……ふはっ!?」


 きゅっ、と小さな手が掴んだ軍服の胸元を握ってきて……「だめ、でしょうかやはり」と囁くような声が聞こえて。ドサドサ、と両手から武装が落ちて、ノワールは。


「……そうか、なるほどな。私を驚かせたかった、そしてくっついてなにかをしたかった、ということか」


「いえ、なにかしたいということではなかったのですが……」


「ふむ、だがせっかくの君の攻撃だ。反乱軍の戦術を知るためにも、ここはきちんと味わっておかねばなるまい。ということで」


「……?」


 ガチャリ、ドアを開けて。


「入りなおすのでもう一回、やってみよう」


「……!?」


 リテイク、要求して。


「え、あの、その……それはちょっと恥ずかしいといいますか……」


「ほう? だが反論は受け付けない、というわけで私が納得するまでは何度でもするつもりなので、そのつもりで。では」


「あう……」


 ……だがこれは反乱軍の戦術を知るためであって、決して趣味ではないとだけ言っておきたい。そして、その後。


「大佐さんが、いじわるです」


「仕方ないだろう、これは尋問なんだから」


 そのまま四回ほどやってもらったあたりで、満足して。たっぷりとノワールは、反乱軍の戦術についての情報を収集することが出来たのだった。



 ――もう一回は、大抵もう一回だけでは終わらないものだ。

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