教えてください天使さま!
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何事も経験が大切なのだと、食後のお茶を楽しんでいる際にある変態は突然言った。
「さっき料理を待っている間にリリィから今までの尋問について聞いたけれど……ぜんぜんダメね、ノワール。尋問をするにしてもまず相手の気持ちになることが、知ることこそが重要だということよ。それが出来なければ、相手だって本当のことを話せないものだもの」
と、この女にしては珍しく真っ当なことを言っている、気がしなくもない。が、まずそれよりも論ずるべきは。
「……それはともかく、なぜ貴様は今日も私の服を着ているのだ?」
で、あって。ノワールは食事を終えてすっかりいつもの調子、元気になってしまったブランシュに呆れ顔。なぜ、貴様はそんな格好をしているのだ、と。上官としても幼馴染としても苦言を呈さずにはいられなくって。
「でゅふふ、どうノワール? この萌え袖。そそるでしょ?」
なぜならそう言ったブランシュの格好は、本当に、本当になんといおうか。
ダボダボとした、明らかにサイズの合っていない黒の軍服。裾も袖も余りまくり、ミニスカートのせいもあってかオーバーニーに包まれた細く白い脚だけが見えているような、そんな状態で。こんなのが中尉なのかよ、と突っ込まずにはいられない装いであって。
しかも座ったまま行儀悪くブーツの踵を合わせて鳴らし、なにが楽しいのか知らないがひとつ結びになった白銀のような髪がふりふり揺れる。赤い両の眼はノワールを見据えたまま、半円を描き悪戯っぽい笑みが浮かべて。感想待ち、なんだろうか? なにかノワールの言葉を待っているようで。
「ふむ……そうだな、いまの貴様を見ての感想は」
「うんうんうん」
……どう見えるか、と考えれば。素直なところブランシュは、さながら森にすまう悪戯好きの妖精、とでもいうべき愛らしい見目に違いはない。それは、認めるし異論はない。だが、なんのアピールかチラチラと脚を組み替えて見せるブランシュを、ノワールは鼻で笑って。
「……あいにく、私に幼女趣味はないらしい」
「おい、幼馴染。誰が幼女か、私はもうすぐ十九歳よ」
「むしろその歳だからこそ、貴様のその姿に言葉を失いかけているんだが……しかし発育とは、均等に割り振られるものではないのだな。うむ、勉強になった」
「ちょっと、なんでリリィと見比べた? ねえ、ノワール? なんでいま交互に見比べたの」
小さな山より、大きなお山。なんのこととは言わないが、その搭載した兵器の戦力差は歴然だ……いや、それがなにかとは口にはしないが。残念だがノワールは断然リリィベルさん派だ、とだけ言っておく。
それに、別にノワールが興味なくとも需要はちゃんとあるようで。
「ブランシュ中尉、大丈夫だ! すごく素敵だぞ? ……俺は小さいほうが好みだ! ナイス、手のひら!」
「てのひ……馬鹿にしてるのかしら? ああ、つまり喧嘩を売っているのねヴェルメイユ大佐。よーし買ったわ、その喧嘩」
「よし、では勝負だな? ではまた回すとするか!」
「やめっ、だから抱き上げるなって、あ――――っ! らめえぇーっ!」
「あははははっ! ゲットだぜ!」
言い方はアレだが、欲しがるひともちゃんといるようだ。いっそそのまま持って帰って、人目につかない場所で末永く大切に保管していただきたい。なんなら今すぐにでも嫁入り道具一式を私財を投じてでも用意して――と、ノワールが紅白の馬鹿のじゃれあいを眺めているとき。
「……ん?」
不意に、視線を感じて。
「……」
「……ど、どうしたのだ?」
振り向けば、そこには黙ってこちらを見つめるリリィベルの姿があって……しかし、目が合うや否や。
「……見ないでください」
「なっ!?」
純白のドレスから覗く胸元をさっと両の腕で隠す仕草と、目をそらしながらのぷくり、膨らんだミルク色の頬。これは、つまり。
「ちがっ、見ていないぞ!?」
もしや先ほど胸元を見比べていたのを怒っていらっしゃる? 慌ててノワールはリリィベルに釈明を求めて手を伸ばす、が。
「……近づかないでください」
「ぐふっ!」
身体を椅子ごと大きく仰け反らせ、その手はスカッと空を切ってしまって――あの無警戒な小動物のようだったリリィベルが、あからさまにノワールを警戒してみせていて……いけない、これは、間違いなく。ぬ、う、とノワールは言葉を失って。
「……いまは大佐さんが近づくと、頭が真っ白になって、胸がモヤモヤと苦しくなるので近づかないで欲しいです」
「かはっ……!?」
ぷいっと背けられた顔、それは大口径の銃で打ち抜かれたような衝撃。つまりいまリリィベルは怒りで頭が真っ白になって、イライラで胸がもやもやと不快な気分だということらしく……つまりは、自分は、リリィベルに。き、き、き、
「……嫌われた」
ということに間違いはなくて。ゴトリ、椅子から手を伸ばしたままのポーズで硬直して横倒しに倒れて転がって。暗転していく意識の中で、でも、なんでそんなことでそこまで……? 考えて。
だって、他にもたくさんドレスは用意してあるじゃないか、とか。もっと露出の少ないもの着ればいいじゃないか、とか。そもそも胸を見る以上のこと、それこそ何度か抱き締めたりしたりもしたけどそれはセーフだったじゃないか、とかとかとか。
いったい、どうしてここまで嫌われてしまうようなアウト判定を食らったのかがノワールはまったくわからなくて。
「……なぜだろう、捕虜の気持ち、わからない」
「おお、ノワール素晴らしい辞世の句だな!」
駄犬の鳴き声の中、その句を最後に瞼が落ちて。
もうみんな慣れてしまったのか、誰ひとりとして駆け寄る者もいないまま。ノワールは床で冷たくなっていくのだった。
――学ばねばいけない、学ぶことでしか人は成長できないのだから。