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黒と赤は似ているのです。



   ***



 ――立ち上る湯気は、香り高く。響く音は、刻むリズム。返す手首の愚鈍な鉄と熱に踊る色たちは、熟し変わる四季の如く。手際鮮やかに無駄はなく。ノワールにとって料理とは、戦争以上に腕を見せる場のひとつだ。


「ノワール、身体は問題ないのか? 君はさっきまで、心配停止状態だったんだぞ」


「問題ない。それより早くソースを仕上げろ、そろそろムニエルが焼きあがる」


「おっと、すまないすぐに。ああ、サラダはもう仕上がっているぞ」


「ふん、上出来だ」


 時刻はもうすぐ、昼十二時に迫っていた。


 すっかり慣れた死出の旅を終え、帰還するや否やノワールは心配するヴェルメイユを連れて厨房にいた。男二人、横並び。これでも互いに帝国軍に所属する軍人であり、大佐という階級だ。本来なら包丁の代わりにナイフでも握って、敵兵のひとりでも屠るのが正しいもの、だが。


 しかし今は、そんなことをしている場合ではない。黒と赤のエプロンを忙しそうに揺らしながら、手を休めることなくせかせかとふたりは料理の仕上げに取り掛かる。なぜならば、


「しかし、さすがに四人分ともなると骨が折れるな。給仕長にも手伝ってもらうか?」


「必要ない。捕虜のために作っている料理に、下手に手を加えさせる訳にはいかん」


「なるほど……大切にしているのだな、彼女を」


「違う、捕虜の健康管理すらできぬなどの余計な吹聴を防ぐためだ……だが、なぜ私があいつの分まで作らねばならないかが不満で仕方ないがな」


「中尉のことか?」


「他に、誰がいる? くそっ、あんな死にそうな声なんか聞かなければ、誰があんな変態のために腕を振るったりするものか。大体、人とはしぶとい生き物だ。そう簡単にくたばらんよ」


「はははっ、君が言うと重みが違うな」


 と、いうことで。


 ……それはちょうど、一時間ほど前のこと。ノワールが復活を果たした辺りに、尋問室に設えられた電話が鳴ったのだ。それに、出てみれば。


「……ノワール、おはよう」


「まさか今起きたのか、貴様は。もう十二時近いぞ」


 どうやら前日のヴェルメイユ大回転のダメージは本当に深刻なものだったらしく、尋問を見学するためにブランシュは起きることは起きたのだが昼前までまったく動くことができなかった、ということらしいのだ。


 そして、大丈夫か? と訊いたノワールに、ブランシュは。


「ノワール、お腹空いたよぉ……動けないから、昨日の夜からなにも食べれてないよぉ……」


 半泣き、いやもう泣いていたか。メソメソと情けないそんな声と、鼻をすする音。ついでにシーツかなにかに包まったまま電話をしているのか、わずかに衣擦れの音が受話口からノワールは聞こえてしまって……はあ、と。大きすぎるため息が漏れて。


 仕方なし、ヴェルメイユを迎えに行かせてブランシュを尋問室へと運び込ませ。ぐずる子供のようなそいつの相手を(なぜか警戒するように、いつもより間合いが遠い場所にいる)リリィベルに頼んで。


 そのままヴェルメイユを引き連れて、こうして厨房で四人分の料理をこさえている次第なのであって。


「なんだかんだと、相変わらずブランシュには甘いなノワール」


 ヴェルメイユが、皿を用意しながら笑う。ノワールは、ふん……と納得しかねる顔で鼻を鳴らし。


「……いっそ放置しててもよかったのだが、ブランシュに死なれてはアレの父君がなにをするか分からんからな。そういう意味では……むっ、色合いがいまひとつ……食わせる以上は料理も……ハーブを添えてみるか……手が抜けんのが厄介だ」


「ノワール、話しながらもはや職人の域に達しそうな飾りつけだな」


 長い箸で精密作業のように一皿づつ飾り付けていく。料理は味ももちろんだが、見目もおろそかにしてはいけないがノワール持論だ。


 ちなみに今日は白身魚のムニエルと、リリィベルが好きなエビを香味野菜で和えたサラダだ。そしてそれらを四皿分すべて彩り豊かな品々へと作り上げると同時に、よし、と肩を鳴らして――いや、違ったか。一皿だけは、ノワールではなく。


「……妙に気合が入っているな、ヴェルメイユ」


「ん? そうか?」


 ブランシュの分だけは、なぜかどうしてもやらせて欲しいと懇願されて、ならばとヴェルメイユに任せてあって。だがその、一皿の丁寧さというかなんというか。ともかく見た目からして、この大らかで大雑把な男の手によるものではない美しい見た目であって。


 ……もしやあの変態の体調不良が自分のせいだと責任を感じ、この男の性格から律儀にも美味い料理でも振舞って罪滅ぼしでもしたいのか? などとノワールは思ったのだが。


 ヴェルメイユはそんなノワールの視線に気付くと、ポリポリと鼻の頭を掻いて笑ってみせて。しかしその瞬間、忘れていたもう一品。グラタンの焼き上がりを知らせるオーブンの音が重なって。


「まあ、いつだって好きな相手にはなにごとも本気でいきたいものだろう!」


「ん? すまない、なにか言ったか?」


 なにか言ったヴェルメイユの言葉は、グラタンに気を取られていたノワールの耳には届かなくて。


「おおっ、そんなことより焼きあがったのかノワール! どうだ、うまく焼けたか?」


「パーフェクトだ、ヴェルメイユ」


 二人で拳を軽く合わせて、笑ってみせて……このとき聞き逃した言葉がなんなのかをノワールが知るのは、また別の話だ。



 ――誰かの気持ちをすべからく正しく察することが、なにも正しいこととは限らない。

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