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攻めるも守るも結果は同じ



   ***



 いきなりだが失敗のない人間など存在しない、そうノワールは断言できる。


 仮にもし一度の過ちすらなく生きている、と言い切れるやつがいたならば。それはあくまで失敗なく上手くやれている、と錯覚しているだけだ。なぜなら誰だって生きていれば必ず大なり小なりミスはするものなのだ。それが当たり前で、そして誰もがそこから過ちを学ぶ。そうであるべきなのだとすら思う。


 だから何もかもが上手くできている、というやつはとどのつまり。上手く誤魔化せているやつ、ということに他ならないのだから。


 ……と、饒舌に語ってはみたものの。なぜこんなことをノワールが言い出したかというと、それは。


「ふん、よく聞けヴェルメイユ。これからが私の本気だ」


「そのわりには、随分と葛藤やら苦悩が渦巻く光景に俺は見えたのだが。あれでもまだ、君の本気ではないというのか!?」


「ふっ、ヴェルメイユ。私はまだ、本気を三回残しているのだよ」


「なんだと!? 三回もかっ?」


「ああ、だからあんなものは本気でもなんでもないのだよ。つまり、ここからが私の!」


 本気の尋問というものを、お見せしようではないか! ふはははははっ……はあ。はいはいというわけで。この駄犬にあんな無様な姿を見せたうえに、それが本気だなどと言われて大人しく引き下がれるノワールではないのだ。

 

 なのでテイク2を要求する。リスタート、さっきのはなしだ、なし。あんなものを、格式高き帝国軍大佐であるノワールの本気の尋問だなどと思われてたまるものか、と。ノワールは犬のようなポーズでしゃがむヴェルメイユに言ってのけて。グイッと強く眼鏡を押し上げ、レンズがキラリと光り。


「ともかくそこで見ているがいい、ヴェルメイユ。ここからは、私の時間なのだよ」


「おおっ!」


 バッ、と勢い良く振り返り歩みだす。さあ、尋問を始めようか子猫ちゃん……もう、どんな言葉を持ってしても私は揺るぎはしない……そうしてプライドを支えにリリィベルが待つ席へと戻り、そっとリリィベルの顎先を指先でくいっと持ち上げて。


「……あ」


「……さて、先ほどはしてやられたが今度はそうはいかない。どうしてやろうか」


 笑みを浮かべながらの強気な攻め、左胸で暴れる心臓を抑え込みノワールは少しずつ顔を近づけていって。鼻先が触れ合いそうなほどの超至近距離で。


「……知っていることを、洗いざらい吐いて貰えるかな? でなければ、少々辱めを受けてもらうことになる」


 女性の捕虜へのノワールの常套句、リリィベルには絶対言うこと(言えること)はないと思っていた台詞をここで解禁する。だが、ちなみにこれはリリィベル相手には諸刃の剣でもあって。


(……構いません、とか言われたらどうするか。ほっぺくらいなら、擦ってもいいものだろうか? とても軟らかそうで気持ちよさそうだ。いや、それとも大胆だが引き寄せて抱き締めてみるか? 以前抱き締めたときはあまりの心地よさに我を忘れたが……どうする、どうするノワール! いやでも首輪も捨てがたいぃぃっ!)

 

 クールな決め顔で見つめながらも、脳内では自分の発言によって妄想が文字となって横流れ。さながら弾幕のように飛び交っていて――はやく、はやくなにか答えてくれまいか! 無言のリリィベルに、そろそろノワールの決め顔が崩れかけた辺りで。


「……ん」


「!?」


 そっと、落ちた瞼。ほんのり桃色に染まった頬の下、少しだけ尖らせた唇がノワールに差し出されて。


「なんの、つもりだい……?」


「大佐さん、なら……構いません」


 妄想以上の、弩級の甘さが襲ってきて――思わず。


「……ッ」


「……ふえ? え? え?」


 刹那の速さでさっきの誰かさんがしたのと同じ、いやそれ以上の力強さでその細く華奢な身体を無我夢中で抱き締め……のぼせそうな頭で、真っ赤になった顔を見られないように必死にリリィベルの頭を肩先まで深く引き寄せて、そして、そして。


「……私が紳士でなかったら、危なかったことを自覚したまえ」


「あ、あの、大佐さん……?」


 これが辱めですか……? 訊いてくるリリィベルをぎゅうっと、もっともっと力を込めて。ここでノワールがこうするのは予想外だったらしく、あわあわと上ずった声と共に小さな体が動いて。


「苦しい、です……」


 しばらくして、言葉とは裏腹にまったく苦しそうではないそんな声が聞こえて「はあ……」と、ノワールはリリィベルから離れ、すぐさま立てた人差し指をその潤んだ唇に押し当てて。くくっ、と笑って。


「……君は、少し警戒心が足りなすぎる」


「あ、う……すみません……?」


 注意するといい、と言って指を離して。ぽかーんとしたリリィベルの頭を何度か軽く叩いてから、ゆっくりと背を向けて。その視線の先には、わくわくとした表情をいっぱいに浮かべたヴェルメイユがいて。ノワールは黙って近づいて。


「すまない、ここからでは君らがなにを話していたかまでは聞き取れなかった! だが、最後の抱擁のようなものはなんだ? もしや彼女が暴れようとしたのを力ずくで押さえ込んだのか? だとしたらすごいな、ノワール! あんな華奢な少女にも容赦がない! あれが君の本気というわけか!」


 ペラペラと感想を述べるヴェルメイユに、ノワールは。


「ヴェルメイユ」


「何だ、ノワール?」


 呼べばパタパタと尻尾を振る犬のように嬉しそうな声で、返事が聞こえて。ふっ、とノワールは目元を緩めて口元を綻ばせ――貴様はほんとうブフッ、と言いかけたところで吐血して。さっと敬礼。


「……逝ってくる」


「どこへだ!?」


 バタリ、前のめり。血文字で床に「カワイイ」と書き残していつもの場所へと飛び立って――だが、ノワールはここで倒れたことをいつか後悔するのだろう。だって。


「あれ、あれ……? なんでしょうか、顔が……とても」


 熱いです……そう呟いた彼女のその顔を、見れなかったことを。いつかきっと知れば、後悔せずにはいられないはずだから。



 ――帯びた熱の意味は、まだどちらも正しく知らない。

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