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猫みたいです。



   ***



 ――ノワールが今日の尋問に際して用意したのは、大ぶりの首輪。それも基地内に在るものでは最も丈夫なもの、だった。それをなにに使ったかは、まあ置いておくとして。


「……ふう、とりあえず静かになったことだし尋問を始めようか」


「はい……けど大佐さん。あれは、よろしいのでしょうか?」


「気にするな、躾なのだよアレは」


「でも、なんだかかわいそうな気も……」


 ノワールはそ知らぬ顔を崩さすに、リリィベルが心配そうに指差した部屋の隅には気付かぬふり、見えぬふり、知らぬふりの徹底ぶりで無視をして。なにか見えるのかい? と紅茶を淹れたカップに口を付けほっと息をつく。


 すると部屋の隅のほうからジャラリ、鎖の動く音。「大丈夫だ、心配いらないぞ!」と、なにやら紅毛の犬の鳴き声が聞こえてきたので、


「……次に口を開いたら、部屋の外に追い出すからそのつもりでいろ」


「きゅうん……だがノワール、俺は」


「ステイ、ヴェルメイユ!」


「わんっ!」


 厳しく叱り付け、主従を教え込む。しっかりと首輪で繋いであるとはいえ油断は出来ない、少しでも甘やかせばすぐに鳴いて騒ぐし、じゃれつく癖のある駄犬なのだから。これくらいしなければ、まともに尋問など出来るはずもないのだから。


 だが、どうやらリリィベルはあの駄犬を気に入ってしまったようで、関わるなというほど気になってしまっている様子で。


「あの方は、大佐さんのお友達ではなく犬なのですか?」


「そうだ、私の飼い犬ゆえ厳しくするのも首輪を付けておくことも義務なのだ。なので、君はあの駄犬を気にしなくともよい」


「はい、ではあまり気にしないようにします……でも、あとでご飯あげてもいいですか?」


「エサはだめだ、すぐにじゃれついてくる節操のない犬ゆえ近づくのは禁止だ」


「……はい、残念です」


「ノワール、君にとって俺はなんなんだ?」


「うるさいぞ、駄犬。静かにしていろ」


 だめだと言い聞かせるノワールに、しょんぼりと眉を下げてみせて……ふむ、そのしょんぼりした顔も可愛い。手に持ったカップに唇を挟み、んう、と小さく不満げな声を漏らすのもグットだ。と、うるさい犬には目もくれず恍惚とそのしょぼくれたリリィベルの顔にノワールが見とれていると。


「そういえば大佐さんは、猫よりも犬のほうがお好きなのですか?」


 尋問なのに、君が、私に、訊くのか……今更なことをノワールは思いながらも、リリィベルがふと思い出したようにそう訊いてきて。


「ふむ? これまた突然だな」


「いえ、以前からお聞きしようと思っていたのですが。いまあのワンコさんを見て思い出しまして」


「……ワンコさん」


「はい、ワンコさんです」


 すでに犬としての立場を確立したらしいヴェルメイユを、「なんだノワール?」「いや別に……」と少し気の毒に思いながらも、ふむ……? とノワールは思案して。


「まあ、気まぐれな猫よりは忠実な犬のほうが好みではあるな」


「忠実なのが好きなのですか?」


「まあ、気まぐれなやつよりは私に従う素直な者のほうが好意的に接することができるのは間違いないな……ちなみにそういう君は、どちらが好きなんだ?」


「わたし、でしょうか?」


 ノワールの投げかけた質問に、リリィベルは首を傾げて考えてみせて。またじいっとノワールの顔をしげしげと眺めて数秒、そうですね、と口を開き。


「……わたしは猫が好きかもしれません」


 猫が好き、とリリィベルが発した言葉はノワールの脳内メモリがすぐさまインプット。覚えたぞ。と、記憶して。今度大量の子猫を集める計画を立てたところで。


「ほう? なぜだい?」


 考えたことは表に出さず涼しい顔でそう訊いたノワールに、リリィベルはさして表情を変えることもなく。


「大佐さんのお顔は、犬というより猫のようだと思いまして。目元が特に猫のようだなあ、と。なので、猫のほうが好きです」


「……ッ」


 不意打ち、バッとノワールは顔を手で隠しながら逸らして――それは、どういう意味だ。そういう意味なのかそうなのか!? つまりは私が猫のようだから猫が好き、飛躍するなら私のことが好きだから猫が好き、という、こと、なのか……? それって、ようするに? そうか結婚を前提とした告白かこれは! と妄想が加速して。


 チラリ、ノワールはリリィベルを伺い見る。もしかして、もしかする、のだろうか……なんて、思ってしまっていたのだけれど。


「あの、大佐さん」


「な、なんだ?」


「うっかりしていました。もうひとつ、お聞きしたいことがありまして」


 そんなノワールのドキドキなど露とも知らぬリリィベルは、得意のぽやーんとした顔を浮かべたままこちらを見つめてきて。なにか言いたそうに、あのですね、と口ごもって。なにを言うかと思えば。


「わたしにも、首輪をしていただけないでしょうか?」


「本当になんでだ!?」


 飛躍したノワールの妄想を遥かに超える、異次元からの言葉が飛来して。


「いえ、大佐さんの飼い犬のワンコさんが付けているということは、大佐さんの捕虜であるわたしも付けたほうがよろしいかと思いまして……忠実なのがお好きなんですよね?」


「語弊が在る! 待て、今までの会話の流れはどこに捨ててしまったのだ君は?」


「……違い、ましたか?」


「違う、当たり前だろう!」


 ここまでの会話でどういうイメージを抱いたのだ……と、ノワールが頭を抱えると、なぜかリリィベルはがっかりしたような声で。


「……残念です」


 なんて、またしょんぼりとした顔を浮かべてみせて――したいのか!? 首輪を付けられたいのかこの天使は!? そうして一体、私になにをされたいと、させようというんだ!? いやしかしこの反応はしてもいいのか、しちゃってもいいのか? その細い首に、首輪を……あああああっ! 真顔で、しかし内心もがいてみせて。


 ノワールは脳細胞が無駄に活性化して、膨らむ妄想ごと頭を押さえて悩み黙り込むしかなくなって。


 そして、そんなふたりの問答を眺めていた犬は、しみじみと頷いて。


「なるほど、これが君の尋問か!」


 キラキラと輝く笑顔を浮かべて、ひとり間違った納得をして頷いて。



 ――誰かの不毛な悩みに眠れぬ夜が、また一夜増えたことは言うまでもなく。

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